「トリアージ」される就職氷河期世代

 今週からGWまでの予定がカツカツでしかも気管支炎で喉の調子がヘンなままのParsleyです。ごきげんよう。

 俺ら就職氷河期世代ってもう忘れ去られたのかな (追記あり

 この増田のエントリーを読んで胸が痛くなったので、メモがわりに。

 2015年頃には、政府が働き方改革実現会議の一貫として氷河期世代対策が遡上にのぼって就労支援が提案されているけれど広範に実現されているというまでには至っていないし、同じ頃にビジネス誌なども関連して特集を組んでいたりもしたけれど、最近では見なくなった。だから、この増田の見立ては間違いっていないと思う。

 ※参考 アラフォー男子が自信が持てない理由

 「失われた20年」で、大学・専門学校を出ても就職先がなかったというのは過去の話になったし、その後に派遣社員やアルバイトから正社員になれずにそのままサバイブしなければならなかった人はたくさんいる。リーマンショックのタイミングなどで会社が倒産したり、解雇される憂き目にあった人も多いだろう。一度レールから外れると、再度立て直すのは簡単ではないし、自分のように心身を壊す人もいる。

 この増田は「何を努力すればいいのかわからない」と記しているが、これこそが氷河期世代の困難を物語っている。履歴書で見栄えする経歴がなく、ただ転職歴が長々と続く状態になると、正規雇用として雇われにくくなるが、過去は変えられない。資格を取るにしてもお金が必要だし、職業訓練所に通う時間を捻出するには今の仕事を一度辞めざるを得ないだろう。完全に袋小路に入って身動きが取れないまま、ただ年月が過ぎていく。

 おそらく、ベーシックインカムが導入されない限りは、多くの氷河期世代を救うことはできないだろう。そして社会保障が予算を逼迫しているこの国でベーカムが取り入れられることはおそらくない。そういった意味からも、我々の世代を「トリアージ」していくという判断は合理的だし、そうなっていくのだろう。

 そんな中でも、時たま「蜘蛛の糸」が垂れてくることがあって、自分はたまたまそれを掴む運に恵まれたから何とか状況を改善することができたけれど、これは本当に運でしかない。願わくば多くの同世代に「蜘蛛の糸」を掴む機会が得られますように。

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どうせなら良い「踏み台」になりたい

 今年もというべきか、お釈迦様の誕生日に歳を重ねた。20代の頃は毎年「死に損なった」という感覚でいたけれど、今はつらいこともあるけれど基本的に人生を楽しんでいると思うし、これまで生きてきた期間よりも死を迎える時間の方がたぶん短くなっているのだし、せいぜい自分の生きたいように生きようと考えるようになった。

 正直、自分の気分ではまだ25歳くらいでいるし、見た目も(ちょっと白髪が出るようにはなっているけれど)そんなには変わっていないから、前厄だという実感に薄いのだけど、体力は明らかに衰えた。ちょっとしたことでもベッドから起き上がれないという日もあるし、ハードワークをした次の日に何もできなくなるという事も増えた。19歳の時から新聞奨学生として社会を見る機会はあったものの、学生でなくなったのが26歳と遅かったということが影響しているのかもしれない。若い子と付き合っていると、「また勉強し直したいなぁ」と思う時も多いけれどね。

 それにしても。40過ぎでもフラフラとした立場でいるというのは、「なんだか人生失敗しているな」と感じるし、実際に同年代で活躍している人を見ると上手くいっているとは到底言えないのだけど、それなりにいろいろなところで売文しつつ、社会に何らかの寄与をするという幸運に恵まれている身としては、自分よりも若い子だったり、何らかの手段で世の役に立とうとしている人の後押しをしなければいけないな、という意識が年々高まっている。自分はこれ以上の栄達が望めそうにないということはなんとなく理解しているし、伸びしろも今後どんどんなくなっていくだろう。だからまぁ、せめて自分を「踏み台」にして、世に出る人の役に立ちたい。

 「踏み台」といっても、0.1cm程度の高さしかなかったなら、その人が「飛ぶ」役割は果たせないから、せめて10cm程度の「踏み台」になりたいし、できれば内部にバネが入って、その人のジャンプを助けたい。そのためにメディアは存在していると思うし、ネットメディアの隅っこで売文している身としては、そうならないといけないな、と改めて考えた誕生日だった。

 ちなみに、写真は洗足池の散った桜で彩られたベンチ。どうせなら、皆がぱっと咲いた後の残り香を感じつつ、彼らの活躍を見守りたいと思う今日このごろだったりします。