森友学園をネットメディアが取り上げるのは難しいと思う件

 安倍晋三総理の奥さんの昭恵さんが名誉校長だった森友学園の瑞穂の国記念小学院。教育方針を読んだり園内にあるという瑞穂神社を籠池泰典理事長自らが斎主をつとめたというくだりに「ないわー」とゲラゲラ笑うくらいには不謹慎なParsleyではあるのですが。まとめサイトが森友学園問題をスルーして民進党叩きをしているという話を読んで考え込んでしまった。

 痛いニュース、ハム速、はちま、JIN……大手まとめサイトが森友学園問題を軒並みスルーで民進党全力叩きの怪(BUZZAP!)

 自分が森友学園を取り上げるなら、どういう切り口で出すか。国有地関連の問題を指摘するか、安倍総理と日本会議との関係性を指摘するのか、それとも教育方針がトンデモ(だと少なくとも自分は感じる)だと指摘するのか……。いろいろ考えてみたのだけど、民進党や維新の「失点」を叩くほどアクセスやSNSでのシェア数の獲得できず、なおかつ素材を集めるコストがかかるので、労力に見合わない、という結論に達しざるをえなかった。
 とはいえ、例えば『ハイフィントンポスト』はこの森友学園問題を継続して追っている(参照)。ただ、朝日新聞提供の記事もあるし、画像なども国会の画像(ハフポにとって著作権がクリアになっているもの)を使うことができる。多くのネットメディアには、それがない。
 一方で、匿名掲示板や『Twitter』でのまとめ=ネットでの反応を記事にしようとすると、不確かな情報(安倍総理と日本会議の関係も、「実証」されていない)や党派性の強い発言、単に「安倍嫌い」なだけの書き込みなどが多く、なおかつ「数」が十分でない。そもそも、日本会議の存在をわかりやすく説明すること自体が至難でもあるし、国有地が安く払い下げられたことに対する違法性をどこに求めるのか、正直なところ自分には手が余る。各新聞社の土地だって、かつては国有地では破格で譲られているわけだしね。

 唯一できるとするならば、森友学園問題についてのユーザーの関心度を明らかにするために、アンケートを実施することだが、それも「そこまで皆にとって重要なトピックなのか」と自問自答してしまう。数が集まらないかもしれないし、それを明らかにするだけのコストをかける価値があるのか、何ともいえないな~という結論になってしまう。

 つまるところ、まとめサイトは結局のところ「皆の反応」を抽出することしかできないし、多くのネットメディアにとっては、「調査報道」をするだけの体力がない。オールドメディアの皆さん、頑張ってください、というしかなくなる。すべてのメディアが同じ問題意識でいる必要もないのだし、それぞれの得手不得手もあるわけだから、、森友学園問題をネットメディアが取り上げづらいというのは確かなのではないかな、と思った次第。

 ただ、政権批判をネットメデイアがしないか、といえばそんなことはない。著作権問題や表現規制、TPPといったところではどこも相当に踏み込んで発信している。一方で野党批判ばかりというのは、単純に脇の甘い議員の数が与党よりも多いというだけの話で、与党議員でも不可思議なツイートをすれば食いつくだろう。そのあたり、メディア戦略が自民党に比べて他の党が稚拙だという話でもある。

 そんなこんなで。森友学園問題をネットでピックアップしていくには、知識が発信側にも読み手にも必要で、コストをかけただけのリターンがあるか微妙だという以上の話ではない。ならば他のトピックにリソースを割く方がいいということになっているだけなんじゃないか、と思うわけです。

 以上、ネットの現場からお送りしました。

「フリーランス」は荒野で戦う姿勢が不可欠ですよ

 久々に早起きでして、ひと仕事を片付けることができたので、さっくりと『弁護士ドットコムニュース』で5回に分けて連載されていた「フリーランスの光と影」の感想を記しておきたい。

 「会社勤めはイヤ」自由な働き方の裏側にある厳しい現実【フリーランスの光と影・1】(弁護士ドットコム)

 まず、大前提としてフリーランス=個人事業主という働き方は、「労働者」にあてはまらないため、労働法が適用されない。例えば、いつ・どこで仕事をするのか自分で決められるということは、使用従属性における「勤務時間、勤務場所の規律に従っている」ということに当てあはまらないことになるし、成果報酬だった場合、報酬が労務に対して支払われるというのに外れている。このあたりは連載の5回目で今泉義竜弁護士が解説している(参照)。

 私Parsleyの場合だと、2010年に勤めていた会社を解雇になって、なし崩しにライター業をするようになったというのが実際のところだった。最初の頃は転職活動をしていたけれど、150件以上面接して内定に至ったのがゼロという状態で心が折れた(摂エントリー参照)。そうこうしているうちに心身ともに身体を壊したし、普通に満員電車に乗って通勤する体力に自信が持てなくなっていった。
 一方で、幸運なことに「書き物」のお仕事は切れ目なく各方面から頂けるようになった。正直、メンタルが万全でない中で不安定な収入、不規則な生活になるというのも良いことではないと分かっていたけれど、当時の自分には選択肢がなかった。選べないとなれば、腹をくくるしかない。今もそうだけど、必死にネタを見つけて書くしかない。

 そんなこんなで、やむを得ずに「フリーランス」になった自分だけど、働き方は気に入っている。身体の調子が悪い時はいつでも横になることができるし、体調が戻ればまた作業に向かえばいい。ちょっと行き詰まりを感じたならば、首都圏から離れて温泉にでも行って、そこで作業する(ついでにネタも拾ってくる)。最近ではしゃかりきに働くのではなく、一日の作業時間をなるべく短く調節することもできるようになった。
 とはいえ、そういう状況もお仕事の発注のされ具合でいつひっくり返るかわからない。だからその時のために準備(もっと言えば貯金)が必要だし、誰からも守ってもらえないという意識は常に必要だ。要するに、「フリーランス」という身分になったからには、荒野で戦い続ける覚悟が不可欠なのだ。ここを理解していないと、上流の発注側に「捕食」されて終わる。

 今後のことを考えれば、一度フリーランスになって実績を重ねて、そこから契約社員なり正規雇用に「戻る」という選択肢も出てくるような労働市場になるべきだと、個人的には考えている。もっと言えば、労働法の外の「荒野」で戦ったということ自体が「評価」の対象になるような社会になると嬉しいなぁ、と思ったりもする。なにせ、リーマンなら確定申告すらする必要がないしね。

 ……と、ここまで書いて今年の確定申告がまったく手付かずだったことに気づいた。こんなこと書いている場合じゃなかったな。そんなわけで、今朝はこの辺で。

「有名・無名」の物差しにとらわれずにいたい

 ちょっと仕事が一段落したので、ココアを飲みつつ。
 少し前に、『文春オンライン』がスマートニュースの藤村厚夫氏のインタビューを出していて、内容自体も興味深かったし、『週刊文春』が「文春砲」として存在感を発揮している中でユーザーへの「伝え方」をテーマにした記事を出している、という事自体も面白いな~と思っていたのだけど、一点だけ気になった箇所があった。

 誰が書いたかが、重要な時代になってくる  おしえて、ウェブのセンパイ! (文春オンライン)

 書き手の価値はむしろ高まっていくんじゃないですかね。もちろんソーシャルな空間で、詠み人知らずで書かれたがゆえのおもしろさもあるんだろうとは思いますが、信頼性という意味でも「誰」が書いたかは重要な指標であり続けるだろうと思います。ネット空間の匿名の書き手も、プライベートな個人情報は開示しなくてもヴァーチャルな人格は同定されていきますし。

 私自身もネットのコンテンツの信頼性の拠り所として「誰が」というものが問われるようになっているように感じるし、そんな中でブロガーからライターになったという「何者でもない」自分の居場所はどこにあるのかな、ということはずっと考えているわけなのだけど。私のことよりも気になるのは、「有名人でないひと」≒「匿名・ハンドルネームのひと」の発言や声は、どこに行くのか、ということだ。
 現状は『Twitter』があるし、『はてな匿名ダイアリー』からは昨年「保育園落ちた日本死ね!!!」が流行語大賞トップテン入りするといったこともあって、無名の人の声が、その人自身の言葉として発信される場というのは存在している。
 一方で、友人しか見れない『Facebook』や、『LINE』メッセージアプリのグループなど、非公開の場で発信される事象も今後増えていくだろうし、そういったものは不可知のまま流れていくこともあるだろう。
 こういった「無名の声」を受信して、必要があれば取材してオピニオンにするというのもメディアの役割だと個人的には思っている(藤村氏のいうところの「ゼロ次情報」という概念に近いかもしれない)のだけど、近年のネットメディアは、有名人≒テレビの情報をネットに流す、ということでPVを稼ぎ出していて、むしろ新聞社や雑誌社の方が、そういったオピニオン化するということに意識的なような気がしてならない。まぁ、ネットメディアといっても千差万別だけど。

 私自身は、ネットがあったおかげで物書き仕事ができるようになった身でもあるし、ずっとブログをやってきた身でもあるから、有名無名といった物差しに頼らずに、「何を言っているのか」ということに敏感であり続けたいし、そういった感受性を武器にして、これからも仕事が出来ればいいな、と思っていたりする。

 仕事が一段落したと書いたものの、終わっているわけではないので、まとまりがないけれど今夜はこの辺で。

『Yahoo!ニュース個人』はまとめブログ並になっちゃうかもね

 しばらく体調の浮き沈みが激しくてしんどいParsleyなのだけど、どーしてもモヤモヤしたので簡単に記しておく。
 上智大学の水島宏明教授の『Yahoo!ニュース個人』の記事なのですが。

 MXと似てる?TBS「ビビット」もヘイト放送!(水島宏明)

 実際に番組を見ていないので、内容については触れない。個人的に無茶苦茶気になるのは、番組の内容の画像を大量に使用していること。
 まず当然ながらテレビ番組の著作権はテレビ局にある。今回の場合もTBSが権利者となるだろう。そのため、ネットでは各ポータルサイトやメディアはホームページのキャプチャーや出演者を自前で撮った写真などを使用するか、著作物の利用の許可を得るなどの工程を経るなどしている場合がほとんどだ。個人的には、番組を録ったりテレビ画面に写したりした一般ユーザーのSNS(とりわけTwitterのツイート)の使用も避けている。

 『Yahoo!ニュース個人』の場合、特にスマホなどではYahoo!のトップに他メディアのニュース記事などと同じにリンクが並ぶ。そして画像のキャプションが表示される。つまりポータルサイトであるYahoo!のトップに、水島先生の記事のトップで使われている『ビビット』の番組内画像が載るということになるのだけど、いいんですかね……? 

 おそらく、著作権の「引用」の範疇で番組がヘイトであるというオピニオンを出した、というのが水島先生の立場なのは理解できるのだけど、ネットの世界ではまとめブログがさまざまなテレビ番組のキャプチャーを許可なく使っているという実態がある。さらに『NAVERまとめ』や『Spotlight』などのまとめサイトやキュレーションメディアの著作権違反の問題のほとぼりが収まっていない段階で、元テレビ局ディレクターで現職大学教授としてジャーナリズムを教える側が、堂々とそれらのまとめブログと変わらずに番組の画像を使用しているというのは、正直に言えばショックだ。もっと言うとテレビ局のHPのキャプチャー使うのにも気を使ってやっている自分がバカバカしくなる。

 前にもエントリーにしたが、個人的な意見として著作権はフェアユースにしてしまえ、と思っているので(参照)、重箱の隅をつつくようなことはしたくないのですが。現行法は現行法として守らなければいけないというのが法治国家の前提だし、メディアあるいはジャーナリズムもそうであるべきだろう(もちろん、「現状を変える」というオピニオンを出すのはまた別として)。

 まぁ、『Yahoo!ニュース個人』にも著作権コンテンツの使用に関する規定があるし、Yahoo!ニュースの編集チームがどのように今回の事態に対処するのかは、ワクテカで見守りたい。仮にコレが通るということになれば「そういうことなんだ」と思うし、自分がTBSテレビのキャプチャー使って著作権料請求されたり、『Yahoo!ニュース個人』に記事を書いて編集サイドから「待った!」がかかったなら「あーダブルスタンダードなんですね」と思うことにします。

 こちらからは以上です。