なんとか生き残った・2016

 そろそろ「こいつ、いつもなんとか生き残っているな」と言われそうだけど。2016年もどうにかこうにか大晦日を迎えることができた、というのが偽らざる感想。4月と11月に大きく体調崩したし、「完調!」という日はもう年に数えるほどしかないんじゃないかな。そういった中で、このお仕事をしていく難しさを日々感じている。

 お仕事の方は……。正直ぱっとしなかった。数はこなせなかったし、特筆するようなアウトプットを出せたかというと、もうちょっとできたんじゃないか、と思うところもある。そういった反省なり悔しさを来年に活かしたいところだけど、体力がな~。

 なんにせよ。2016年もいろいろな方々にお世話になりました。改めてありがとうございます。
 2017年も、皆様にとって何らかの佳いことがありますように。

元新聞奨学生の思い出と、終焉に向かう新聞個配ビジネス

 約20年前、私Parsleyは某新聞の奨学生だった。都内の専売店に配属されて今ごろは中継所で自転車の前かごに新聞を丸めて積んでいた時間だ。
 自分のいた専売所には、10数人の奨学生がいた。その多くは近隣の音楽専門学校やアニメ専門学校の学生で、大学生は少なかった。そして、彼らのほとんどは卒業することがなかった。かといって実家に帰るわけではない。奨学金を返す必要が出てくるため、「専業」=販売所に雇われた社員扱いになるのだ。
 朝3時には起き、4時に配達に出て、遅くとも6時半までには専売店に戻ってくる。その後にまかないの朝食を食べて、自室に戻る。そして夕刊を配るために15時には再び専売所に行き、17時まで配達をして、夕飯を食べる。
 一言で配達といっても、おそらく想像以上に過酷だ。雨が降ろうが雪が降ろうが、配達しなければならない(しかも濡らさずに)。自分も台風の日に配る新聞の半分が風に飛ばされて川に落としたこともあったし、雪の日に新聞を積みすぎて滑って転んでほとんどの新聞をびちょびちょにしたこともあった。
 また、仕事は配達だけではない。毎月の集金もあるし(私の場合はヘルプだったけれど)、新規契約や再契約のために自分の割当てられた地区を回ることもある。主にそれをするのは平日の夜や休日の昼だった。まぁ、当時は新しくできたマンションで新しい契約を取ってくるのが楽しかったけれど、今振り返ってみれば契約になかったことだったし労働基準法的にもグレーだろう。
 
 こんなことを振り返る気になったのは、新聞通信合同ユニオンが産経新聞などの新聞奨学生の不当労働行為があったとして、東京都労働委員会に救済の申し立てをしているから。

 産経新聞奨学生の労働問題解決へ救済申し立て(新聞労連 新聞通信合同ユニオン)

 ここで問題視されている点を見ていくと、朝刊業務が労働契約書では2:30~5:30(約3時間)だったのが2:00~平均7:30(約5時間半)だったという。販売店の朝の業務は、配達の前に折り込みチラシを一軒ぶんずつ入れていく作業が発生する。配達もだいたい300軒前後に2時間~2時間半はかかるから、3時間ですべてを終えるのは相当に上手くいった日か、選挙翌日のページ数が少なく薄いくらいだろう。あと、配達する人の体力(もっといえば走力)によっても配達時間は変わってくるし、割り当てられた配達地区の地形によっても変わってくる。だから、そもそも契約で「3時間」とするあたりが無茶でしょ、と思わざるを得ない。
 販売店には大抵の場合「代配」と呼ばれる、持ち場がある人が休みの時に代わりに配達する役割の人がいるはずだが、彼らはあくまで穴埋めであって、誰かが怪我をして長期に休むという代わりにはならない。自分も配達中に打撲をしたことは何度もあったが、足を引きずってでも配達するのが「当たり前」だった。当然、本業のはずの勉学への影響はあった。だから、今回の一件で「打撲の怪我を負った際、配達業務の免除を行わない一方で大学を休むようアドバイスするなど学業を妨げる言動」があったというのはさもありなんという印象を受けた。宿舎に監視カメラがあったというのには驚いたけれど。夜逃げ対策かなあ(実家に逃げるといった事件はよく起こる)。

 いずれにしても、今回救済を申し出た奨学生は大変勇気のある行動に出たと思う。とはいえ、多くの販売店の実態は私が経験した20年前とさほど変わっていないということが見て取れるし、氷山の一角に過ぎないとも感じる。

 私が奨学生をした当時でも、既にどの販売店も「押し紙」(配達されず販売店に買い取りさせる分)は存在したし、自分の所属していた専売店でも人口は増えているにもかかわらず部数は減っていった。そのために人員を減らしてひとりあたりの配る区域を増やすといった対策を取っていたから、しわ寄せは末端の販売員に行く。

 そんな中、朝日新聞は『出前館』を運営する夢の街創造委員会と資本業務提携して、販売店の宅配網で弁当などを配達するのだという。

 朝日新聞社、配達網使い食事を宅配 夢の街創造委と提携(日本経済新聞)

 これ、どう見ても販売所の職員に過度の負担を増やすだけだとしか思えない。おそらく昼間の時間が余剰に見えるのかもしれないけれど、翌日朝の折り込みチラシの用意や集金といった業務もあるし、なにより睡眠の時間を削られる。奨学生を多く受け入れている販売所ならば、彼らを学校に行かずに働かせる懸念があるのではないか。
 ここまで書いてきたように、多くの販売所は新聞を配るだけでカツカツの人員しか配置(雇用)していない。それでいて折り込みチラシも減少しているし、販売店への本社からの補助金はカットされる傾向にある。だから「多角化」ははっきり言って無茶だし、おそらく過度の長時間労働が現在よりもさらに問題視されるようになるだろう。

 新聞を取る人も、配達をする人も高齢化が進んでいるし、日本の新聞社による個配ビジネスが、いよいよ終焉に向かっている。私にとってはそんなことを予感させるニュースだった。

 とはいえ、私が新聞奨学生をやっていたことに後悔はあまりない。スポーツ新聞や専門業界の新聞も読み放題だったし、給料は本や映画を見るのに全振りしていて、学校に通うよりも勉強になった。何より、1円稼ぐという重みを知ることができた。
 まぁ、誰かに相談されたなら「新聞奨学生だけはやめておけ」とアドバイスしますけれどね。身体を削るお仕事だし、勉学がおろそかになる可能性が高い、リスクの大きいお仕事でもあるので。そういう意味でも、さまざまな奨学金に関して議論が高まっているのは、良い方向なんじゃないかな、と感じている。

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「1円ライター」から抜け出すためのはじめの一歩

 『マガジン航』の記事が話題になっていたので、その感想をざざっと記しておきたい。

 1円ライターから見た、キュレーションサイト「炎上」の現場 (マガジン航[kɔː])

 私はもともとこのブログを目に留めてくれた編集者さんにお仕事を頂いた2006年からライターというお仕事をはじめている。それまでは「書く」ということで食べるということは思いもよらなかった。だが、2010年に広告企画会社を解雇になって、転職活動に失敗し、結果としてライターや編集のお仕事が本業になってしまったという裏街道を歩んでいる。だから、「とにかくライターになりたい」という気持ちでクラウドソーシングサービスでの案件に手を出して、結果的に今回のDeNAや各社のキュレーションメディアでの騒動に巻き込まれたひとたちのことは他人事と切って捨てるのは躊躇われる。

 だが、残念ながらこの「1円ライター」の記事を書いたひとが、他のメディアで通用するかと言われると、しないと思わざるを得ない。
 理由は2つ。まずは「私たちが1円の仕事を辞退すれば、高級ライターが仕事を回してくれるわけではありません」というくだりから、ライティングのお仕事が回ってくる「仕組み」に対して知識が浅いことが見て取れること。もうひとつは、クラウド会議室のことを「優しさが満ちています」と記していることだ。

 そういえば、今年の春先にこんな記事を書いた。

 1件「300円」の世界から抜け出せない?ライティング仕事の罠(Suzie)

 ここでは、クラウドソーシングサービスで募集されているライティングと、それ以外のライテイングでは「世界が違う」と指摘した。DeNAの各キュレーションメディアではSEOに関するマニュアルの存在が明るみになっている。その多くのケースでは内容自体が問われない。しかし、ネットメディア・紙媒体問わず、求められるのはその記事が読む人にとって「面白いか」「役立つか」ということで、「1円ライター」を続けていても各媒体によって書く上での約束事に合わせるスキルが磨かれない、と指摘した。私を含めて、これらのサイトで書いていたライターに発注をしたいと考える編集者が少数派だという所以でもある。

 また、ネットメディアで活躍する上でライターに必要なのは「筆力」ではない。むしろ要るのは、各媒体に合わせた「文体」を書ける柔軟性と、専門的なことを「ググる」力だ。これも以前にエントリーにした。

 ライターになるために必要なたった1つの資質

 だから、もしライターとしてのキャリアアップを図りたいと考えているのならば、「居心地の良い」クラウド会議室から早々に立ち去ること、これが「1円ライター」から抜け出すためのはじめの一歩になると思う。同じレベルのひとが集まる場所にいてもスキルアップに繋がらず、ただ馴れ合うだけで時間を消費している場合ではないからだ。
 そして、ネットメディアやニュースサイトの編集・ライターの募集に応募することにチャレンジしてみて欲しい。東京から離れた遠隔地でも、最近のメディアはメールやSkype、ChatWorkなどで編集・運営を行っているところも多いので、「書ける」ライターならばさほどハンデにはならない。自分の得意なジャンルがあるならば、それに見合ったメディアの「ライター募集」のページからメールを送ってみてもらいたい。
 
 とはいえ、「高級ライター」を目指す道を進むことは、あまりおすすめできない。まずメディアに関わる上で踏まえておくべき知識が広範に渡ること(これはこちらで書いた)。その上で努力が実を結ばないことが往々としてあるということ(PVを稼ぐということ=多くの人に読まれるということがどれだけ大変か!)。それでも自分の出した記事が情報環境に質していると何があっても信じられること。これらの資質がないと、この業界で生き残っていくのは難しい。
 つまるところ、「ライターとして生きていきたい」という願望ではなく、「この仕事でしか生きていけない」という覚悟が必要だ。それがないひとは、この世界ではやっていけない。

 あまり暗い話ばかりするのもアレなので、希望めいた話も。各メディアで活躍しているプレスラボの小川たまか女史は、メルマガのライティングからこの業界に入ったという。2004~2006年当時、メルマガのライティングはとんでもなく安価だった。他にも、クラウドソーシングサービスでのライターから、勉強会に参加して知己を得て、大手紙のライターとして活躍している知り合いもいる。彼女たちに共通するのは、外へ出て良い編集者やメディア関係者と出会うところから、現在の活躍につながっているというところだ。
 だから、私は「クラウド会議室から出る」ということが現状を打破する一歩なのだと思う。もしその会議室にいるひとを救いたいと願うのならば、そのひとたちに「仕事を振れる」立場にまで成り上がってほしい。私も偉そうなことを書いていないでそうなれるようにもっと研鑽を積みたいと思っている。

「ネイティブ広告」の混乱で思うこと

 最近不眠気味で自律神経乱れっぱなしなParsleyです。ごきげんよう。

 さて、堀正岳氏が以下のようなエントリーを書いていたので、私が思うところも記してみる。

 ネイティブ広告はメディアの未来への脅威ではないかという気がしてきた(Lifehacking.jp)

 日本インタラクティブ広告協会(JIAA)が発表した『ネイティブ広告ハンドブック2017』については、すでに自分の考えを述べた。

 JIAA『ネイティブ広告ハンドブック2017』騒動と、広告サイドとメディアサイドの「溝」(ふじいりょう)

 堀氏は『ハンドブック』に記載されているネイティブ広告の定義について、『基本的には「コンテンツに誘導する広告枠」である』としているのが、それ以前の2015年3月に発表された『ガイドライン』の『デザイン、内容、フォーマットが、媒体社が編集する記事・コンテンツの形式や提供するサービスの機能と同様でそれらと一体化しており、ユーザーの情報利用体験を妨げない広告を指す』とされており、「定義にゆらぎがある」と指摘している。私もここに違和感があるということは上記の記事で記した。
 「広告枠」に限った話をすると、多くのメディアに設置されている記事枠に挟まれた「枠」のリンク先の「広告」は「ユーザーの情報利用体験を妨げない」とはとても言えないような旧来型の「商材を宣伝するページ」であることが多く、それを「ネイティブ広告」と指していいのか。私の感覚では「ネイティブ」じゃないだろ、と思うのだが……。
 そういった現状があるにも関わらず、『ハンドブック』では「編集記事ページと同じ体裁のスポンサードコンテンツ」についての説明を避けている。「ステマ」として問題視されるのは編集記事に「PR」「AD」などの表記をしないことであることが多いにも関わらず、だ。しかも現状の法解釈では「広告であることを隠す欺瞞的な行為自体が、ただちに現行法に抵触するという解釈はされていない」と踏み込んで記載されている。これでは混乱が起きるのも無理はないだろう。

 このあたり、昨年秋に『週刊ダイヤモンド』がベクトル社を刺した「ステマ特集」の時にも書いたけれど(参照)、夕刊紙やファッション誌で広告表記のない記事がYahooのようなポータルサイトに載ることはザラにある現状に変化はないように思える。末端のネットメディアのライターとしては規則があればそれに従うけれど、JIAA会員社でも対応がバラバラだから、正直なところ「こっちに判断押し付けるなよ」と言いたくもなる。
 そういえば、塩谷舞女史がPR記事を書くギャラを公開するという『MarkeZine』の記事(かなり眉唾な内容なので鵜呑みにしないように!)に対して、インターネット広告推進協議会事務局長の長澤秀行氏が以下のようなコメントを『Twitter』で寄せていた(現在は削除)。

 可視化されていいな。但し、クライアントや広告会社やメディアから広告主依頼の有料記事をPRクレジットなしで書いて欲しいと言われた時はよく熟慮して欲しい。(以下略)

 そもそも過去に受けた仕事が分かるのだから数字が可視化されたら守秘義務はどうなのか、というツッコミはさておき。「よく熟慮して欲しい」って、熟慮して受けると決めたとしたらどうするのよ。そこは立場的に「受けてはいけない」じゃないの(笑)……って思うわけですよ。広告界の権威ですらこれだと、対応がブレるのも当然だと末端の身としては感じざるをえないし、JIAAという組織もまったく信用ならないな、となっちゃう。

 長々と書いてきたけれど。ネイティブ広告についてあれこれメディア側やそこでお仕事するライターに押し付けようとするのならば、まずはJIAA各社の足並みを揃えてからいろいろ言って下さい、と最低限お願いしたいですね。どうやら高広伯彦氏とヨッピー氏はお酒飲んで手打ちしたみたいだけど、私は納得していないからね、という話でした。

 今日も売文しないといけないのでこの辺で。