ライター志望の学生に同人誌を作ることをおすすめする3つの理由

 秋になり常に喘息気味で、作業に汲々としている状況は変わらず、関係各位に「大丈夫?」と心配のお声がけをいただくのですが、「…だ、いじょう…ぶ…」といった返事でさらに心配をおかけしているであろうことが心苦しいParsleyです。ごきげんよう。

 ちょっと前になるのだけど、「ライターになりたい」という学生さんとお話をする機会があって、その時に「同人活動はしてますか?」ということを尋ねたら、思いもよらなかったという表情で「してませんね」というお答えだった。ブログはWordPressで作っていたりして、「外」に向かったアプローチをしているタイプの方だったから聞いてみたのだけど、意外と薄い本を作る事とは距離があるのだなぁ、と思ったりしたのだった。
 それで、今をときめくマンガ家の先生がコミケ出身だったり、これまた今をときめく西田亮介先生も『.review』という活動を『文学フリマ』中心にしていた時期があったという話をしたりしたのだけど。自分自身も学生の頃は奨学生だったこともあり、同人をやる余裕がなかったし、自分が活動するとは思いもよらないものだよなぁ、と我が身を振り返ってみたりした。

 とはいえ。将来的にライターしろ編集にしろ、メディアでお仕事をしていきたいのならば、学生のうちに同人誌を作って即売会に出て頒布する、という行為をやっておくメリットは確かにあると思う。それには主に3つの理由がある。

 ■本を作るプロセスのすべてを経験できる

 書きたい内容やコンセプトを決めて、タイトルをつける……ということならば、ブログなどでもできるが、ページ数を決めて台割を切って、文字や画像のレイアウトを組んで、表紙のデザインを決めて……という本を作る一連のプロセスを知ることができる。
 あと、印刷所に自分で持っていって、ページ数あたりいくらなのかを知ることも、大事なノウハウ。特に、早く入稿すればするほど割引が利く、ということはスケジュール管理をする上で、早め早めの入稿を心がけるクセをつけることができる……かも。
 いずれにしても、データを作るだけでなく、入稿から搬入までのプロセスを一度経験すると、本がどのように作られて流通しているのか、ミニマムながらも体感することができるので、将来的にそのお仕事が「なぜその原稿料なのか」とか、かかる工数とかが読めるようになる。そのきっかけという意味でも、一度薄い本を作ってみるというのはおすすめだ。

 ■「マーケットの厳しさ」を身をもって体験できる

 もちろん本は作るだけでなく売るということも必要なのだけど、基本的に同人誌即売会というのはスーパーフラットなマーケットで、人気サークルの本は先行者利益もあってとことん売れるし(とはいえ、内容イマイチだと出数もイマイチになるが)、何の告知もしないでただ長机の前に本を並べているだけでは惨敗は必至だ。「時間があったら行くよ」と言っていた友達がいつまでも来なくて「友情の量数」を測りだしたりする羽目になることだってある。
 とはいえ、だからと言って「一冊も売れない」という事態はどんな内容にしろほとんどないのでは、というのが個人的な感覚。フリーペーパーなどを用意しても、まったく手にとってもらえなかった、ということはないし、正真正銘の「空振り」になるということはない。出れば誰かには届く。
 この「届く」ということが大事で、「お客様は神様」という言葉が実感できるし、「本一冊を売る」という行為がいかにとてつもない事なのか、身をもって体験できる。

 ■Adobe製品が学割で使える

 これが一番大きいかもしれない。Creative Cloudコンプリートプランは個人向けだと年間費59760円(参考)だが、学生・教職員版だと23760円と半額以下。ちなみに、2015年10月30日まではキャンペーンで19800円となっている(参考)。うらやま。
 特にPhotoshopとIllustratorは特にウェブでライターをする際に画像の加工でお世話になることが多いし、InDesignもDTPソフトとしてスタンダードなので、手元でいつでも使える状態だといつでも作りたい時に薄い本が作れる環境になる。それを学生のうちから慣れておくのは、絶対に無駄にならないと思う。

 
 そんなこんなで。ブログを作って頻繁に更新する、というのもおすすめなのだけれど、同じくらい薄い本を作ってみることはメディアでお仕事をしたいという希望があるならば糧になるよ、というお話でした。単純に、自分の本がだんだんと出来ていくプロセスは楽しいし(もし楽しくないというのならば、書き手という仕事は向いてないかも)、出来上がって、印刷所で紙を選んで、即売会の申し込みをして、当日頒布するということを「ひとり」でこなす、ということが経験にも自信にもつながると思う。なので、ぜひ一度はチャレンジしてみてください。

 そんなこんなで。散文的な世界に戻るとします。ではまた!

藤田伸二騎手引退に思うこと

騎手の一分――競馬界の真実 (講談社現代新書)
藤田 伸二
講談社
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 1994年の菊花賞に向けた秋のクラシック戦線は、ナリタブライアンの一強だと思われていたし、実際に彼は菊花賞を制して三冠を達成した。だが、その約一ヶ月前の京都新聞杯(当時は菊花賞トライアルだった)。彼は2着に敗れた。勝馬の名はスターマン。前走の神戸新聞杯まで3連勝中だった上がり馬だった。
 その時、私は知り合いに連れられて場外馬券売場にはじめて足を踏み入れていた。直線でのどよめきから、ゴール後の一瞬、静寂に包まれたことを、今でもふとした瞬間に思い出すことがある。思えば、私が競馬というものに興味を抱いたのは、あのレースと、静まり返る馬券オヤジの背中たちだったのかもしれない。
 全盛期のブライアンを唯一破ったスターマン。その主戦騎手の名は藤田伸二。そう考えると、私の競馬のはじまりからの付き合い、ということになる。

 その後、フサイチコンコルドであの武豊よりも先にダービージョッキーになった。大舞台にめっぽう強かった。騎手学校時代からのヤンチャや武勇伝は、しばしば『別冊宝島』で遡上に登った。田原成貴にも可愛がられ、スポーツ紙や雑誌での連載での歯に衣を着せぬ語り口も馬券好きを惹きつけた。時に奇矯なふるまいを見せたり、暴力沙汰で騎乗停止になるようなこともあったが、それも含めて多くのファンにとって、気のおけない存在であり続けた。

 そんな彼は、近年エージェントで騎乗馬が決まるようになった競馬サークルへの批判を強めていた。自身の乗鞍や勝ち鞍も減ったが、それでも「さすが藤田」という騎乗をしばしば見せた。フェアプレーへのこだわりも最後まで衰えなかった。
 2013年に刊行された『騎手の一分』では、兄貴分である武豊への敬愛や、後輩たちの騎乗スタイルへの苦言が話題になった。だが、やはり気になったのは、騎手へのモチベーションが、今にも切れそうに読めたことだ。
 あれから2年。9月という区切りとしては何ともしまりの良くないタイミングで、彼は鞭を置いた。報道によると、騎手会長でもある武豊は一ヶ月前から話を聞いていたとのことだが、あまりにも突然すぎた。残念、というのはもちろんだけれど、一方で引退式を拒む姿勢が彼らしいようにも思えた。こういう日が来るということを知っていたような錯覚さえも覚えた。あの本の内容を思えば、「よく持った」とも取れるかもしれない。

 寺山修司は、エッセイで加賀武見の騎乗について「新鮮な批評」であると綴った。そういう意味では、藤田の騎乗はいつだって批評的だったし、メディアから発信される言葉も、その振る舞いも競馬界に限らず批評的だった。その彼がこのような去り方を選んだということで、彼の存在そのものが「批評」としてあり続けるのではないだろうか。

 これまでたくさんの馬券を取らせてくれて、ありがとうございました。