『ジャーナリズム・イノベーション・アワード』関連記事リンク

 日本ジャーナリスト教育センター(JCEJ)が本日開催する『ジャーナリズム・イノベーション・アワード』。私Parsleyことふじいりょうも出展させて頂きます。

 JCEJのアワードに出品した2、3の理由
 http://yaplog.jp/parsleymood/archive/1196

 出品作:都知事選後に「リベラル」が向き合うべき「表現の自由」と「コミケ」
 http://bylines.news.yahoo.co.jp/fujiiryo/20140203-00032286/

 現在、関連したアンケートを実施しています。よろしければご協力頂ければと思います。

 https://jp.surveymonkey.com/s/YLVQPKQ

 ここでは、その関連記事のリンクを張っておきます。ご関心のある方はご覧頂ければと思います。

 ■大臣記者会見開放問題■

 福島みずほ大臣会見を生中継したよ! ( Parsleyの「添え物は添え物らしく」)
 http://yaplog.jp/parsleymood/archive/913

 蓮舫大臣、石原都知事の「津波は天罰」発言に不快感 (ニコニコニュース)
 http://news.nicovideo.jp/watch/nw41907

 ■児童ポルノ法改正案取材■
 
 谷垣禎一・法務大臣定例会見「児童ポルノ法でコミックスについては否定していない」(2013年6月21日) ( ガジェット通信)
 http://getnews.jp/archives/365137

 ■オタク系クラブ取材・寄稿■

 雨にも負けず!アニソン&ダンスミュージックで新宿が揺れた『Re animation Vol.3』  (オタ女) 
 http://otajo.jp/3797

 『リアニメーション』から見る東京クラブカルチャーの到達点 (DrillSpin Column)
 http://www.drillspin.com/articles/view/581

 ■クールジャパン取材・寄稿■

 「クールジャパン」が視界不良な3つの理由(ふじいりょう) – (Yahoo!ニュース個人) 
 http://bylines.news.yahoo.co.jp/fujiiryo/20130524-00025171/

 現場はリアルイベントでなく、ブラウザの中にある! (DrillSpin Column)
 http://www.drillspin.com/articles/view/604
 
 

プロフィール(JCEJ用)

ふじい りょう (Parsley)

ブロガー・ライター
ネットニュースサイト『ガジェット通信』デスク・『オタ女』副編集長

■略歴

1976年東京生まれ。10歳から18歳まで埼玉県で過ごし、決定的に何かが歪む。

2004年、アダルト系出版社に入社を機に、ブログ『Parsleyの「添え物は添え物らしく』を開設。当初は備忘録代わりのメモだったものが、ニュースや他のエントリーへのツッコミを書くようになる。

2005年、ブロガーのオフ会に参加するように。この頃『ガ島通信』を運営する藤代裕之氏と知り合い、情報ネットワーク法学会のデジタル・ジャーナリズム研究会に潜り込むことに成功する。

2006年、オーマイニュース日本語版のオープンに関して、ネットで盛り上がった議論に茶々を入れているうちに、編集部の取材・インタビューをブロガーという立場で敢行。この時期より細々とライター活動もスタートさせる。

2007年、気力・体力の限界を感じてアダルト系出版社を退職。転職活動に半年を費やす。同じ頃、デジタル・ジャーナリズム研究会が刊行した『メディア・イノベーションの衝撃』にコラムを寄稿。

2008年、ネットベンチャーに転職。「労働基準法?何それおいしいの?」といった環境に無批判に順応する。一方でAMNの『アルファブロガー・アワード・ブログ記事大賞』にエントリー2つがノミネート。Gooニュース『ボクナリ』にコラムが掲載されるなど、ライターとしてのお仕事が徐々に増えてカン違いをはじめる。

2009年、激務がたたって求職⇒自己都合退職。すぐに転職できたからよかったものの…。『ボクナリ』の縁でPHP研究所『VOICE』に「そもそも結婚自体に価値がない」という婚活批判のコラムが掲載される。論壇誌に載ったことでお仕事が……まったく増えず、世の厳しさに打ちのめされることに。

2010年、春先に会社都合退職(解雇)。リーマンショック後で転職市場が冷え込んでいて、なかなか就業できず。そのうちに再び身体を壊す。この頃からネットニュースサイト『ガジェット通信』への寄稿するようになり、永田町・霞ヶ関での取材する機会が増える。

2011年、複数のネットニュースサイトでのお仕事をしているうちに、東日本大震災に遭遇。思えばこの頃がどん底だったなぁ……。

2012年、リアルに生活が困窮していたということくらいしか思い出せない……。そうだ、『ガジェット通信』の姉妹サイト『オタ女』の立ち上げから関わって、現在も続けています。

2013年、『Yahoo!ニュース個人』『誠ブログ』でも書き始める。いくつかヤフトピに掲載されたことで、見ず知らずの人からお叱りを受けることが増える。とはいえ、ようやくライターのお仕事が定期的に増え、最悪の時期は脱することに。この頃より『ガジェット通信』ではデスクという立場になる。

2014年、『ガジェット通信』『オタ女』で、月約30~40本の取材・記事執筆と、月100~200本の記事の編集を担当。ビジネス系の取材はアイティメディア『Business Media 誠』で書くようになる。

2015年、そんなこんなで。今日も生きてここにいます。

「おもしろい」から遠く離れて

 目の前に作業があっても全く手が止まってしまうヒドいスランプに陥ることが月に一度くらいある。2015年にはそれをなくす、というのが密かな目標ではあったのだけれど、早くもその時がやってきた。とにかく先に進まない。あまりにしんどいので、現実逃避気味にエントリーを書いてみる。ほら、これもリハビリですよ……。

 星海社『ジセダイ』の編集長・今井雄紀氏がこんなエントリーを上げていた。

 いい編集者は「おもしろくないです」が言える

 私もさまざまな企画案やプロットを「おもしろくない」と下げられてきたし、はっきりとダメ出しできる編集者の存在が貴重だという意見にも頷くところはある。一方で、同じ担当が別の機会に別の人が似たような企画を通して、モヤモヤすることも多々あったりして、物差しとしての「おもしろさ」が超あやふやな運用をされることが少なくないということも身に沁みていたりする。
 特に出版の世界はそういう傾向が強いようにも思うけれど、コンテンツビジネスに関していえば多かれ少なかれ、相手に「おもしろい」を探し求めて飽和している。編集やディレクターは「おもしろい」書き手やクリエイターを常に探し求めているし、クリエイターの側も「おもしろい」メディア、あるいは自分を認めてもらえるメディアを探している。いわばお互いに「おもしろい」ガチャを回し続けていて、ひたすら「当たり」が出るのを待っているわけだ。

 私もそういった「おもしろい」ガチャの世界に身を投じていた時期があった。とはいえ、単純に「おもしろい」からといって「読まれる」わけでもないという場面に何度もでくわしたし、それ以外のファクター(”誰が”書くか、とか)にも左右される中で、その物差しに比重を傾けるのは得策ではない。何よりも自分に向いていないと感じたので、ある時に「おもしろい」かどうかで拘泥することを、捨てた。
 
 特にインターネット空間においては、時間が何よりも貴重だ。これは「おもしろい」のだろうか?……そう吟味している間にも、秒単位で新しいコンテンツがアップされている。そういう中では、「おもしろい」かどうか判断つかないけれど当たれば僥倖、という感覚で出してしまう方がいいケースの方が多いように思う。何よりも、公開すれば「0」ではなく確実に「1」以上にはなる。
 
 もちろん、自分が今お仕事をしているフィールドがネットだからそう感じているという面が強いのだけれど。最終的に「おもしろい」かどうかを判断するのは読者であって自分たちではない。メディアにとっては「置きにいく」必要がある情報というものもあるし、どんなことでも「面白がれる」方が長くこのお仕事をしていくつもりがあるならばプラスに働くと思う。

 自分が書くだけではなく人様の書くものを見ることも増えてきたので、なるべく「おもしろい/おもしろくない」という以外のものさしを数本忍ばせて毎分毎秒臨んでいきたいな、と決意を新たにした次第。そんなこんなで、また作業に戻ります!

JCEJのアワードに出品した2、3の理由

 『ガ島通信』の藤代裕之氏が中心となっている日本ジャーナリスト教育センター(JCEJ)が1月24日に開催する『ジャーナリズム・イノベーション・アワード』。私もYahoo!ニュース個人に書いたエントリーを出品させて頂くことになりました。

 都知事選後に「リベラル」が向き合うべき「表現の自由」と「コミケ」(ふじいりょう) – 個人 – Yahoo!ニュース

 JCEJの中の人から直接出品のお誘いを頂いたのだけど、2014年は大してブログを書いていなかったし、他のところでも「報道」として誇るような内容のものは出せていなかった。せめて2013年ならばアルジェリア人質事件の実名報道に関するインタビュー(参照)や、当時の谷垣法相の会見での質問記事(参照)とか、ジャーナリズムっぽいアウトプットがあったのだけど……。結局、「ブログっぽい」「オピニオンっぽい」という理由で上記の拙エントリーを出させて頂くことにしました。

 その他の顔ぶれを見ると、大手紙や地方紙、データ・調査を駆使したものなど多岐わたっていて、正直なところ自分などお呼びでないのでは、という気持ちが強いというのが正直なところだったり。また、これまで拙ブログでは「ジャーナリズム」と呼ばれることに対して忌避を感じることを再三にわたって書いてきたので、自分の中での整合性についても1分くらいは迷ったのも確かだ。うーん、やっぱり出るべきじゃないんじゃないかしら……。

 そんな何とも腰の定まらない感じでいるのだけれど、一応私の中では出品に至った理由がいくつかある。

 1つはJCEJの活動や今回のアワード、もっといえば中の人たちがやっている試みはできるだけ応援したい、ということ。新聞・雑誌・テレビ・ラジオといった「四マス」の影響力に陰りが見え、ソーシャルメディアで誰でも発信できるようになった情報空間の中でのジャーナリズムのあり方について、皆様まじめに考えていらっしゃるし、今回のアワードもこれまで「協会賞」に類するものがなかったネットメディアにも開かれているというのは意義があるのでは、と思う。

 2つめは、既存の「ジャーナリズム」とは別の文脈の「オピニオン」を、個人の責任において発信できるということが、現在の情報空間の多様性を示すという意味で大事なのでは、ということ。
 現状では、有名人か専門家・研究者といった何らかの地保がある人が、インサイドについて語ることが重要視される向きがある。「何について」発言しているかということよりも、「誰が」発言しているかの方が気にされているし、例えば『NewsPicks』はまんまそういう設計になっていっている。先の衆院選での『ポリタス』のコラムなども指向は「誰が言っているか」ということだろう。
 私自身は何かの専門家でもなければ何の地保もないので、そういう流れは正直つまらないし、自分がブログをはじめた2004年ごろには、「誰が」語るのかよりも「何を」語るのかによって読まれていた。
 これからは、レガシーメディアからネットメディアへ人材が「降りて」くるだけでなく、メディアに足場のない人でも、アウトプットに見るべきものがあれば、その人が活躍の場が与えられるようになるというのが健全なのでは、と思う。現状のメディアの閉塞感があるとして(なければこのようなアワードは開催されないとも思う)、これまでの価値観とは違った作品が俎上に載せる意味は多少なりともあるはず。

 3つめは、誤解を恐れずにいうならば、アワードのハードルを下げるため。
 最近では「データジャーナリズム」という名のもとに、統計をグラフィカルに見せることで良しとする流れがあるように思う。もちろん、見せ方も大事なのは重々承知しているけれど、それ「だけ」で良いとは思えないし、別に「印象」を書いて並べたものでも「批評」として説得力を有しているならばコンテンツとして充分なはずだ。繰り返しになるけれど、ネットでは「誰でも」「コストをかけずに」アウトプットできるし、「誰でもジャーナリズムに参加できる」社会になりつつある。事実に基づいた見るべき見識ならば、出自によらず「見られる」べきという立場としては、もっと気軽に出せる雰囲気になるのも大事なんじゃないかしら、と思う次第。まぁ、言い訳なんですけれどね。

 そんなこんなで。『ジャーナリズム・イノベーション・アワード』に出した理由をつらつら書き連ねてきたわけですが。どうやら出品者は「決戦プレゼン」なるものに出ないといけないみたい。まったく何も思いつかないし、プレゼン苦手だし、早くも腰が引けているわけなのですが……。当日参加されるという各位におかれましては、生暖かい目で見て頂けると嬉しく思います。
 

女子向け文庫フェア事件について思うこと

 あけましておめでとうございます。
 年末年始は、30日までがコミケで31日・1日と平常運転だったわけなのだけど、おせちやお雑煮食べたり初詣や買い物に行ったり、それなりにイベントも楽しめた。それでも世の中が回っていることを常に感じていなければならない、というのが、お仕事柄仕方のないところ。
 年末年始は、毎年不思議な炎上案件がひとつやふたつ発生するものなのだけれど、今年twitterで「ざわっ」と話題になったのは、紀伊國屋書店渋谷店の女子向け文庫フェアが批判に晒されて撤去に至ったという一件。私も簡単な記事にしてしまった。

 「東野圭吾や村上春樹しか知らないのは勿体無い」に反感!  紀伊國屋書店渋谷店の女子向けフェアが炎上

 下記のブログにも、経緯がまとまっている上に問題点が列挙されている。

 「文庫女子」フェアが色々ひどすぎた – 田舎で底辺暮らし

 この一件には、「男子が女子におススメする」という構造問題や、穂村弘や尾崎翠は果たしてチョイスとして妥当なのか問題、コピーがキモい問題など、さまざまな要素が複雑に絡みあっているのだが、だいたい「これで女子に売れると思っているのか」ということに集約されるだろう。

 個人的な感想は2つ。
 「文庫」というパッケージは、基本的に既刊の単行本を廉価で持ち運びしやすくしたもの、という認識で良いと思うのだけど(書きおろしもあるにせよ)、この「価格」と「携帯性」という強みに付加価値がどれだけ残されているのか。
 前者は本好きならば1500円以上の単行本でも買うだろうし、今ならばkindle版などの電子書籍もある。また、都市部で電車の通勤時間帯に読むものとしては、スマートフォンやタブレット(で見るサイト・アプリ)などと可処分時間の取り合いをしていることになるわけで、情報量や利便性という面では分が悪いことは否めない。
 こうなると、価格の安さや持ち運びできるという価値は相対的に下がっているわけで、何らかの別の価値をつけるか、文庫というパッケージにこだわることをやめるのか、どちらかになるんじゃないかと愚考する次第なのだけれど…。「単行本版」「文庫版」というくくりではなく、ひとつの作品全体で売上・冊数を管理するという流れは、案外早くやって来る……のかもしれない。
 
 もう1つ。この紀伊國屋書店渋谷店のフェアが実施される契機にもなったトーハンや出版各社の『文庫女子』フェアだが、もしかしてデータから導き出されたマーケティングの暴走といえるかもしれない。
 
 出版社12社と連動し、第1回「文庫女子」フェア開催 – TOHAN website

 様々な販売データの分析から、「書店には20代~30代の女性客が多く来店しているにも拘わらず、文庫購買比率が著しく落ちる」ことが判明。そこで文庫の増売には、まず20代~30代の女性をターゲットにした施策が効果的だとの考えから今回のフェアを企画しました。

 他の年代のデータを見ていないので何とも言えないのだけど。10~20代はライトノベル系の文庫があるから購買比率が上がっている……ということは……ないよね? 
 「文庫の増売」の達成を目標にするのであれば、F1層が「まず」ターゲットにするのが「効果的」という判断にも疑問が残る。新幹線や飛行機での移動時間で読むものとしてM2・F2層に「もう一冊」買わせるアプローチならばまだ分かるのだけれど……。まったく触れていない人よりも既に親しんでいる人の方が手にしてもらう障壁が低いことはいうまでもないので、ほんとうに「増売」そのものを目標とした場合、この企画は悪手なのではないだろうか。

 いずれにしても。データをもとにした企画は、根拠らしいものがあって通りやすいのかもしれないけれど、あくまで「仮説」であって実態とは乖離があるというケースは、この件に限らず散見される。おそらく今後も悲喜こもごもが展開されることになるのだろうけれど、データそのものではなく「何を」導き出すのかということがキモだと考えさせられた。
 もっとも、この件に関しては「女子向けのフェアがやりたかった」というのが実際のところなのではないかしら、と思わなくもない。その気持ちはよーく分かるけれどねぇ……。

 そんなこんなで、オチはないのですが。まぁ、データって「見たいものだけを見る」という誘惑が強いので、私自身も気をつけたいと思います。
 本年も拙ブログをどうぞよろしくお願い申し上げます。