諦めないこと、諦めること

 久しぶりに『ヤプログ!』にログインして、書き方を忘れていないかと思いつつ、気恥ずかしい気持ちを持ちながらエントリーを書きはじめている。いまのやっている事に「仕事納め」という概念はないので、さまざまな案件が積まれているままだし、結局大そうじも出来なかった。なので、エントリーを書いている場合ではなかったりするのだけど、大晦日くらいはご挨拶しなきゃ、ということでご寛恕頂けないかなぁ、と思っている次第。

 そんなこんなで。2014年も最後の日まで迎えることが叶った。2013年同様、「なんとか生き残った」という思いが強い。ただ、昨年よりもアウトプットしたぶんだけの対価が得られるようになった。「結果がついてくるようになった」という見方も出来るかもしれないけれど、これは自分自身の力というより、さまざまな方々が目をかけて頂いたからに他ならない。恩義を少しでも返すためにも、簡単には死ねないな、生きなければいけないな、と1日に一回くらいは思う。

 一方で、「踏ん張りがきかない」ことが増えた。体力的なこともあるのだろうけれど、これまでならば気持ちを奮い立たせてなんとかしてきたことが、できない。ここに限らず、ブログも書けなかった。これまでは、どんなに忙しい時でも書きたい時には書いてきていたから言い訳にならない。単純にモチベーションが保てていなかった。
 お仕事でもプライベートでも、やらなくちゃいけないのに言うことがきかないというのは、今年に至るまでの心理的な負荷がいかに大きかったということを思い知らされた。ある程度はなんとかしたいけれど、完全にはなんとかならないだろうという諦めの気持ちが(申し訳ないのだけれど)あったりもする。どうやって折り合いをつけるのか、どこまで諦めないのかを自分で見極めることが、2015年への宿題といえるかもしれない。

 自分が「物書き」をお仕事としてやっていけるようになったのは、「諦めなかった」からにほかならないのだけれど、代償もたくさん払った。その過程でいろいろな人の信頼も失ってきたし、離れていった人もいたし自分も意識して離れたコミュニティもあった。
 最近、たまたま中川淳一郎氏の『縁の切り方』を読んでいたのだけれど、「社会人は家族と仕事関係者以外に重要な人間はいない」と断じられていて、自分が内心考えていたことを見透かされたようでハッとさせられた。私も、小学校から大学まで関わりのあった人とはほぼ没交渉。それを負い目に感じることもなくはなかったのだけれど、人生ってそんなものというか、目の前の人を大事にしていくことが正しいと信じる方が処世術として賢いようにも思える。
 
 とはいえ、「縁」を切られることは怖いし、自分から切らなければいけない痛みも味わないで済むなら済ませたい。それでも切らなければいけない時はそうするのだろうし、そうしてきた。これからもそうなのだろうと、知らず知らずに「諦め」をもって受け入れているのだということに気づけたので、このタイミングで読む価値が私にはあった。

 思えば、お仕事にしろ、旅行にしろ、一度出会った人にまた逢える確率はそんな高くない。その時その時が良い時間となればそれでいいんだ、という一期一会な身の任せ方が正解なんだ、と思いつつ、どこか割り切ることができていないのが、私の甘さなんだろうなぁ。諦めない相手と諦める人とを、どこまでの湿度で応対できるのかしら。これも来年以降にある程度は考えていかなければいけないのだろう。

 そんなこんなで。2014年も沢山の方々にお世話になりました。ありがとうございました。

 2015年もどうぞよしなに。できればどこかで、機会があれば逢いましょう!

縁の切り方 絆と孤独を考える(小学館新書)
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