『ニコニコ超会議』で自民党が圧倒しつづける理由

 幕張メッセで開催された『ニコニコ超会議3』。Parsleyも初日の4月26日だけ、お仕事にかこつけてふらふらと遊んでいようかと軽い気持ちで行ってみたら、がっつりと取材&作業をすることになってしまった件。まぁ、こればかりはそういう稼業だと諦めるしかないか…。

 そんな中、去年に引き続いて政党ブースも覗いてみたわけなのですが…。自民党とそれ以外の政党との差が、はたから見ていても差が目立つようになっている印象を受けた。

 超会議3に出展する各政党ブースの情報を公開‐ニコニコインフォ

 自民党は、街宣車「あさかぜ」号を西又葵さんのイラストで痛車化。26日12時過ぎには、安倍総理がそこで演説も敢行した。もちろん、前年に引き続き来場者は上にあがって演説体験ができる。そのほか、アプリ『あべぴょん』のキャラを模した特大サイズの『黒ひげ危機一発』が置かれ、「アベノミクス」など書かれたカギを差して遊ぶといったアトラクションも用意していた。

 対して、民主党は各議員のトークや被災地にゆかりのあるミュージシャンによるライブ、公明党はレスキューロボット「援竜」との撮影会やトーク、共産党が街宣車の前で冊子配り、みんなの党がコーヒー屋開業…。その他の党もトークのニコニコ生放送配信を中心に据えたブースを出していたのだけど、私の見た限りでは関係者以外に足をとめる人は数えるほどだった。

 これが、メーデーのように政治への関心が高い層を相手にするのであれば、自分たちの主張を発信する、といった広報・PR活動が有効だろう。しかし、『超会議』はそういう場ではなく、参加者の中に10代・20代も多数含まれる、エンターテイメント寄りのイベント。そうなると、ぶっちゃけ政策についてあれこれ声高に訴えるような場ではないということになる。

 そういった意味に置いて、自民党は前年も総裁デスクを持ち込んで座ってもらう、といったユーザーへ取りあえず参加してもらい、支持は二の次、といったブースを展開している。普段は乗ることのできない街宣車の上からの景色を見せて、「意外と高いでしょう?」と話しかけるというのは、政治の世界の一端を触れて印象に残すという意味においてかなり有効だろう。

 これまでの実績をアピールしたり、政策を訴えることは後回しにして、体験の間口を広げることに徹するという自民党ブースの方向性はPRの戦術として理にかなっている。
 対して、生放送で各政党の要職やキーパーソンのトークをするというのは、『ニコニコ』のツールを利用しての活動ではあるけれど、それならば別にスタジオでもできるわけだし、『超会議』の来場者に訴求できるような「出し物」にはなっていない。

 自民党のブースが他の政党に一歩も二歩も先んじているのは、何も『ニコニコ』ユーザーが自民支持層が高いから盛り上がっているのではない。『超会議』のカルチャーに合ったアイテムを用意して、来場者を巻き込んでいく仕組みをちゃんと作っているからなのでは、と考える次第です。

 それにしても。安倍総理が自民党ブースに到着する直前、隣のavexのブースでは福原香織とRABがライブをしていて、『這いよれ!ニャル子さん』のOP曲「太陽曰く燃えよカオス」を「(」・ω・)」うー!(/・ω・)/にゃー!」と絶唱していて本当にカオスだったなぁ。これこそ『超会議』という感じで、Parsley個人としてはそういうの大好きです。

としのかさね方を学ぶのに必要な要素

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 2月・3月は公私とも濁流に呑まれるような日々で、というか現在も絶賛呑まれ中でなんとか丸太にしがみついてなんとかコントロールしようとして失敗を重ねているわけなのですが、皆様にご心配とご迷惑をかけつつも取りあえずも生きながらえて誕生日を迎えることができました。その感謝の気持ちを込めて、数十日ぶりにエントリーを書いているのだけど、上手に書けるかしら…。

 特に30歳を過ぎて、誕生日がやってくるたびに思うのは、「あのひとの享年(とし)を越してしまった」ということだ。33の時はヤン・ウェンリーの歳を過ぎてしまったと愕然としたし、35歳の時はhideの時間に追いついたことに気づいて悄然とした。そして今年、Parsleyは太宰治の享年に並んでしまった。
 それでつくづく感じるのは、気持ち的には若輩者で、「おとな」になったという自覚を未だに持てないでいるのに、年齢ばかり重ねて、偉大な功績を残した先達に追いついてしまい、憧れていたキャラクターたちの時計の針を抜き去り、おめおめと生きている、という事実だ。
 人生失敗している。そういう焦燥はいつも自分の中にあったし、だからこそ一人称”Parsley”というイタい名にこだわり、「まだ若い」と言い聞かせることにより、自他ともに「許される」ことを望み続けていたのかもしれない。
 とはいえ、身体や気力は確実に衰えている。10代の頃と比べて無理が利かなくなった。これが「老い」というものなのか、というと怖さもあるし、いろいろなことを諦めたり捨てたりしなければいけないのかもしれない、と漠然と思うようにもなった。

 しかし、そうはいっても今更「若さ」を捨てて、「年齢相応」という奴にシフトチェンジがスムーズにできるかといえば、言葉にするほど簡単ではない。自分より上の世代を参考にしようにも、彼らも「若さ」へのこだわりまくっているし、佳い年輪を重ねているようには(失礼だけど)感じられない。一体どうすればいいのか…。

 シロクマ先生が先ごろ刊行された『「若作りうつ」社会』では、まさにこういった「若さ」への執着が日本社会全体に与える弊害を真正面から取り上げている。ここでは、戦後に都市化・郊外化が進む上で地域コミュニティが分断され、子どもと非血縁の年配者などとの交流がなくなることにより、個々人のアイデンティティ形成に影響し、さらには子育てを中心とした社会問題とも密接にリンクしていることが詳らかになっている。
 ここで彼は、エリクソンのライフサイクル論を現代風にアレンジしつつ、各世代間で相互に影響しあっていることを強調している。子どもが成長する際にぶつかる壁と同時に、親も成人期の課題に直面しており、祖父母の世代も同時期に「死」の絶望と向き合っている。この同時進行をエリクソンは重視していた、というのだ。つまり、個々人の成熟には上下とも年齢の離れた世代と触れ合うことが欠かせない、ということになるだろうか。

 しかし。特にバブル世代以降は安定雇用が崩れ、結果的に家庭を築けずに年齢を重ねているというParsleyみたいなケースも少なくない。そうすると「育成」に関わるチャンスが得られず、いつまで経っても「若い」気分が抜けない、ということになってしまう。
 ここで救いなのは、シロクマ先生が「全員結婚しろ」「早く子どもを作れ」的なコンサバティブな価値観に拠らず、多様な年の取り方を許容していること。「生殖性」とは別に血縁が必ずしも必要ではなく、年少世代に何かを分け与えたりコミュニケーションを取っていくことが肝要だと明示している。これを意識することで、結婚せずとも年齢の重ね方を学ぶことができ、自身も年少者から育てられるというのだ。

 数年前にこれを読んだとするならば、あまりピンとこなかったかもしれない。だけど、ここのところのParsleyは、自分よりも若い方々とお仕事をしたり遊んだりすることの方が飛躍的に増えていて、必然的に「教える」という場面に出くわすことも多くなっている。ちょっと前ならばこのような境遇になるとは思いもよらなかったけれど、考えてみればそれって年齢的にごくごく自然なことだ。
 そして。「教える」って大変ではあるけれど、案外楽しい作業でもあるということに気づくことができたのだった。

 正直なところ、未だに「成熟」なんてドブに捨てちまえ、という思いも捨てられないでいるのだけど。それとは別に、「継承」ということを意識せざえるを得ないし、たまに面倒に感じることがあってもそれがまったくないよりは面白い一日を送っている実感も間違いなくある。これが、この一年前との比較で一番変わったことになるかなぁ、とも感じていたりするのだった。
 何にせよ、このような機会に恵まれたことは幸運だし、かなり雑把な感じでも付き合ってくれるひとたちがいるというのはもっと恵まれている。次にいつエントリー書けるのか不透明な感じなので、ここはちゃんと感謝しておかなきゃ、ということで、いつもありがとうございます。これからもよろしくね。

 そんなこんなで放っておいた作業に戻るとしましょうか。

 ・追記・

 ここではシロクマ先生の本のこと手放しで褒めているように読めるかもしれないけれど。サブカルチャー、特に「かわいい」の考察に関してはかなり異論がある。端的に言うならば、宮台真司氏の史観に拠りすぎているという感想を持たざるを得なかった(これはシロクマ先生に限らず、多くの論者にも共通している)。しかし、このことを細かく見ていく機会を作ることが出来るのは一体いつになることやら…。