法相会見出てハーバート・ハート再読したくなった

 先日の金曜日、谷垣禎一法相の会見に出てみた。目的は児童ポルノ禁止法改定案の見解について質問するため。
 結果的に、想像していたよりもちゃんとしたご返答を頂くことができたので、びびりつつも行った甲斐はあったかな、と思っています。

 谷垣禎一・法務大臣定例会見「児童ポルノ法でコミックスについては否定していない」(2013年6月21日) – ガジェット通信

 しかし。この記事が出てからの反応を見ていると、法相のコメントが「わかりにくい」みたいな反応が結構あった。中にはそれなりの立場のお方からも同じような声が少なくなかったので、「あれ?」という感じ。個人的には、過不足ないご返答だったと思うのだけれど。

 谷垣法相の発言をかいつまんでみると、おおむね下記のようになる。

 ・議員立法について法相としての立場としてのコメントを避ける。
 ・1999年に児童ポルノ法を立法した際の中心人物は自分である。
 ・児童の権利の侵害から守るというのが立法の主旨である。
 ・「実在の児童」を守るための法律であって、特にコミックスでの表現を否定するための法律ではない。
 ・表現の自由を侵害するという声があることも、子供を商業的性的搾取の対象にした表現に反対する声があることも知っている。
 ・個人的には子供を商業的性的搾取にした表現を許す考えには同調しない。

 つまり、『児童買春、児童ポルノに係る行為等の処罰及び児童の保護等に関する法律』は子供の権利を守る法であって表現規制をするための法律ではないよ、ということと、賛否両論あるのは知っているけれど個人的な考えでは未成年者を性的な対象として見る風潮には与しないよ、という二点について述べているわけで、明確に立ち位置を表明されている。逆にこれ以上どう言えばいいのか知りたいところ。

 Parsley個人としては、どのような内容でも表現規制につながる立法がなされることは反対だし、今回の児童ポルノ法の改定案は馬鹿げていると思う。ただ、どのような経緯で法律が出来上がって、法そのものの主旨や考え方などが分かっていないとまともな議論が成り立たないし、ベースの部分を共有した上でないと、熟議やら民主主義2.0とか噴飯ものだよな、としかいいようがない。何より法案に反対する説得力がなくなるので、馬鹿げた法案だからこそ理詰めに意見言っていかないと駄目でしょ、と強く感じた次第でした。

 あと、どのように立法という行為がなされていくのかというところで、法学に関わったひととそうでないひとの間でギャップがすごいな、と最近よく感じる場面が多い。国会議員には弁護士出身やロースクールで学んだ経験がある方が多いので、特に政策を語るという意味において、特に法制史の知識の有無によって、まともな議論が成り立つかどうかに掛かっているのではないかと。
 そういう意味では、Parsleyの場合はイギリスの法哲学者ハーバート・ハートの著作、特に『法の概念』を読んで知見に触れることができたのは幸運だったといえそう。谷垣大臣の会見出て、久しぶりに再読したくなりました。
 まぁ、政治についてカジュアルでなくちゃんと言及したりコミットしたりしたいというひとは読んでおくに越したことはない一冊。そんなに難しい用語とか多用されていないのでおすすめです。
 

法の概念
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新聞にとって「両論併記」が「公平性」なの?

 毎日新聞の斗ヶ沢秀俊氏のツイートやFacebookのタイムラインで流れてきた朝日新聞の記事を見てひっくり返ったので、あわててメモ。

 朝日新聞デジタル:福島での児童交流企画に抗議続々 主催側「安全と判断」
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 福島大の教授や学生団体「福島大災害ボランティアセンター」が計画している「集まれ! ふくしま子ども大使」。子どもたちに東日本大震災や原発事故と向き合ってもらうのが狙いで、対象は小学4~6年生。全国から30人、福島県内から15人を募り、8月16~19日に福島県猪苗代町のホテルに滞在。同町は福島第一原発から約80キロ離れている。原発事故の避難者が暮らす会津若松市の仮設住宅を訪問したり、北塩原村の湖で交流したりする。

 (中略)

 熊本学園大は近く、ホームページ上で見解を発表する。企画の実行委員を務める同大水俣学研究センターの花田昌宣センター長は「4日間で浴びる線量は高くない。あとは(参加者が)個人で判断すればいい」と語る。
 一方、ブログで今回の企画に触れている「放射能防御プロジェクト」の発起人木下黄太さんは「多少でも被曝するわけで、子どもの事を考えたらこういうことはしない」と批判している。

 木下黄太氏といえば、福島第一原発の事故よりtwitterやブログで活発に発信する内容に対して「デマ」であるとか「科学的根拠がない」ということで悪い意味で名が知れ渡っている人物。このひとの意見をオチに持ってくるって、大丈夫なのかな?

 聞くところによると、熊本総局発のこの記事、紙面では木下氏のコメントは掲載されておらず、デジタル版のみ入れられているとのこと。これ、炎上狙いか何かだったのかしら…。

 新聞をはじめとするオールドメディアは、デスク制など複数の情報源を精査してチェックした上で出される情報の信頼性こそが強みであると自認されているし、個人的にも人的リソースをかけた記事のクオリティーの高さは認めるところなのだけど。それでも今回のように複数回のチェックから漏れてしまうケースもあるわけで、ならばチェックを経ずにそのまま出している情報と何が違うんですか、という疑問が出てきても仕方がないのでは、と思う。
 あと、新聞社が考えている「公平性」とか「中立」といった姿勢が記事に落とし込まれた際に、「両論併記」という形になりがちなところは以前より違和感がある。
 今回のように、原発から80kmも離れた会津若松の放射線量を問題になること自体が科学的根拠に欠けるし、風評被害を助長するような声に対する反発も大きいにも関わらず、そのような声は拾っていない。となると、「併記」からこぼれ落ちている意見があるわけで、結局のところ記事の客観性は担保されていない、ということになるのではないか。

 Parsleyの理解では、そういったバランスを取るのがデスクというお仕事だと理解しているのですが、この記事では機能しなかったということなのかな。
 いずれにしても、デジタル版のみに木下氏のコメントが入ったのかというところも含めて、どのようなプロセスで記事が出たのか気になるところです。

『ネット選挙』を読んで考えたこと

ネット選挙 解禁がもたらす日本社会の変容
西田 亮介
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 参議院選挙前に駆け足で改正された公職選挙法で、これまで認められていなかったインターネットを利用した選挙活動が出来るようになった。その背景や影響について網羅的に考察した西田亮介氏の最新刊。

 はじめに断っておくと、この本は「面白くない」。なぜかといえば単純にネット選挙の意義や可能性を論じ手放しで称揚するような内容ではないから。
 本書では、ネット選挙で言われている通説をことごとく折りにかかっている。例えば「お金がかからない選挙が実現できる」といったことは、技術やサービスは無料で使えるけれど、効果的に使うにはPRやマーケティングを外注しなければならず、結局のところコストカットにはならないという現実を突きつけている。また、「若年層の投票率の上昇する」ということに対しても疑問視しているし、テレビなどメディアの規制があるのになぜネットでの選挙活動はOKなのか、と等閑にされていた課題にも触れている。
 そういったことを総じて、本書では「理念なきネット選挙解禁」だと、しつこいくらい繰り返す。

 かといって、西田氏が「ネット選挙」に対して反対しているかといえば、そうではない。これまで、公平公正であることを是として設計された社会システムを、インターネットの設計思想でもある「漸進的改良主義」ーつまり、とりあえずリリースして様々なひとはフィードバックしアップデートしていくLinuxやWikiのように、法律や行政を作っていくようになるための思想的転換点に、今回の「ネット選挙解禁」を端緒にすべきだ、というのが本書の主眼になる。

 今後の日本の政治の方向性だけでなくインターネットでの「投票」や、現在取り組みが進んでいるオープンガバメントなども、「漸進的改良主義」という思想のもとリニアに繋がっているというのは、個人的にも共感できる。
 ただ、西田氏も指摘しているように、日本におけるオープンガバメントが省庁・自治体の主導で米英のような政治主導ではないということは、インターネットの利活用がなかなか進まないことに影を落としているような印象を受ける。
 データが示しているように多くの場合政治家自身がネットでの発信にそれほど熱心ではないし、一方でテレビ・新聞といったオールドメディアも公官庁のIT活用といった「課題」に対して熱心でない。となると必然的に市民・有権者の大多数にとっては問題意識すら芽生えず、結果的にいつまでも「漸進」できずにいたずらに時間が過ぎていく、といったスパイラルが起きているのでは、と思う。「ネット選挙」が解禁するまで20年近く経過したのも、つまるところ多くの有権者にとっては「どうでもいい」ことだったからとも取れるし。こういった「無関心」への処方箋をどうするのか、というのは方法論ではなくむしろ本質的な問題のように感じられる。

 いずれにしても、日本における社会システムを転換させるという「思想」が明確で、なおかつそれが多くの市民の支持を得て進められるというのが理想だとParsleyも思っているので、西田氏のいう「斬新的改良主義」という軸は賛成。おそらく、これから地方自治体でオープンガバメント的な施策に先覚的なところと閉鎖的なところで住民の満足度も変わってくると思うし、そうなると今度は地方の権限拡大という懸案ともリンクしてくる。西田氏はそれほど分権というテーマには言及が少ないように感じているので、今後どのように論考を進めていくのかも期待を持ってウォッチしていきたい。

 しかし。2ちゃんねるの議員選挙板の役割は華麗にスルーされていて、2005年の「ブログ選挙」に深くは触れていないのは、どちらもどっぷり浸かっていた身としては切なかった(笑)。まぁ、社会的な影響を考慮すれば妥当な判断だと思いますが。とはいえ、現在のtwitterやYahooニュースのコメント欄などは当時の空気感を引き継いでいる部分は確実にあるので、そういった「物語」もどこかで誰かが振り返る必要があるのかな、という感じもした。

 あと、大人の事情があったのだと推察されるのですが、kindle版の告知は早めにしてほしかったです…。

ネット選挙 解禁がもたらす日本社会の変容
東洋経済新報社 (2013-05-30)
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