カジュアルな問題提起は害悪

 ブロガーに告ぐ:「お役立ち系記事」の域を超え、「オピニオン」を発信せよ(ihayato.news)

 マジレスすると、イケダハヤト氏は、オピニオンリーダーたるご識見もなければご経験もない。そんな「オピニオン」を出すって、簡単なことではないんじゃないかなぁ、と思うんですよ。

 イケダ氏は最近、生活保護に関してたとえや思考実験の材料に持ち出すケースを見かける。
 直近だと「当事者でもないのに怒り、他者を裁こうとする人たち」の例として、生活保護の不正受給を叩く人を挙げ、「なぜ不正受給が発生するのか?不正受給を減らすいい”仕組み”はないのか?そもそも不正受給は関連する問題と比較したとき、大問題といえるのか?」と想像力を膨らませ、問題の根本的な解決に奔走できる人たちを増やしたい、と述べている。(参照
 そうおっしゃるならば、まずイケダ氏自身がご見解を述べて、それをこの問題に対する「私刑執行人」を含めた読者へと発信し、容赦ない目で検証されるべきだと思うのだけれど、別に「生活保護不正受給を叩く人」を問題視するエントリーをいくつか書いているだけで、生活保護という制度を含めた社会保障をどうすべきか、ということは提示していないよね?

 ちょっと個人的なことを混ぜると、Parsleyは2012年1月に完全に困窮して生活保護の申請をして断られている。(拙エントリー参照
 私自身はライフログとして記録しておくつもりでエントリーを記しておいたのだけれど、ずいぶんネガティブな反応にも晒された。当時からぜんそくや自律神経失調症などで通院しているし(これは今もだ)、なおかつなるべく早く生活保護から脱却するのに必要だと思われる再就職への費用などがかかること、そもそも30代男性がアルバイトでさえ見つけるのが難しい現状など、実際に本人が体験してみないと分からないことで、その事実を明記したとしても、少なくないのひとの想像力と読解力には限界があるということがよく理解できた。
 というわけで、Parsleyはこの件に限らず、わりと身体張って問題提起をやっているのね。

 閑話休題。
 その上で、私にとってちょっと看過できなかったのが、イケダ氏の現代ビジネスの特集記事と、その関連エントリー。

 「自由に生きたい若者が増えて、生活保護受給者が増えたらどうするの?」(ihayato.news)

 ええと。まず基本的なことを指摘すると、生活保護法では「日本国憲法第25条に規定する理念に基き、国が生活に困窮するすべての国民に対し、その困窮の程度に応じ、必要な保護を行い、その最低限度の生活を保障するとともに、その自立を助長すること」と第一条に明記されていて、生存権を保障するもの。
 しかも国によって「保護」されるのだから、自由や権利といったものに制限が加えられる。収入や支出など、生計の状況に変動があった際は届出が義務付けられている(これが社会復帰への足かせにもなっているのだけど)。また、「能力に応じて勤労に励んだり支出の節約を図るなどして、生活の維持・向上に努めなければならない」のは支給者の義務となっている。端的にいうと、生活保護制度ってベーシックインカムとはまったく違う思想の社会保障なんですよ。
 だから、この問いを発した梅田カズヒコ氏とともに、イケダ氏も不見識極まりなく、「別にいいんでないですか」では済まされない。 というか、生活保護制度研究会が出している『保護のてびき』をちゃんと読んで下さいよ…。

 というのも、「生活保護を受ける”可能性”があるぐらいなら、そんな自由を放棄せよ」という高圧的で、チャレンジを許容しない意識が、僕にとっては許しがたいのです。

 つまり、イケダ氏のいう「自由」を実現するのに、生活保護を含めた社会保障制度が認められていないという法律論になるし、政策論になってくるわけなんだけれど。それについて論じるだけのご見識なり提言なりを、今のところなさってはいませんよね、という話になる。それでは、「オピニオン」にすらなっていない。

 このような不勉強な上で、軽い気持ちで出されたカジュアルな問題提起は、その問題を論じるのにノイズでしかない。生産的なことは何もない、ただの害悪な読み物として、負の連鎖を巻き起こすだけだろう。
 
 また話はずれるけれど、イケダ氏は一度最寄りの役所の生活保護受給日の窓口をご覧になるといいと思う。受給者で廊下がごった返し、年配と思われる方の怒号が響いて、それに応対する職員さんも殺伐としている。そんな中、比較的若い受給者は廊下に座り込んで携帯をいじっている。おそらく窓口へ辿りつくまでに数時間かかることを見越しているのだろう。果たしてこんな状況に、イケダ氏が思考実験で想定した「若者」は耐えられるのかな?

 またまた話がずれた。
 本質的なことをざっくり述べると、生活保護の不正受給に対しては各自治体が対応しているけれど、リソースが全然足りずにいたちごっこになっている。それで、新たな困窮者が保護を受けようにも、資格を得ないようにする「水際作戦」を採用している自治体が多い。
 また、現在の国家財政では年金や医療を含めた社会保障予算の増大が課題であり、赤字国債が増え続けていることを憂慮する財務省の意向が強く働き、抑制への圧力が働いている。消費税の増税などは、こういった流れの中施行される。
 
 あんまり陰謀論みたいなことは言いたくないけれど、「生活保護の不正受給」をイシューとして持ち出したのは、これ以上社会保障予算を増やしたくない財務省側の筋書きである可能性はないのだろうか。河本準一氏の不正受給を問題視した片山さつき参議院議員は大蔵官僚出身だ。何か、マスコミも含めて週刊誌的な情報に乗せられて、多くの人がミスリードされてしまい、政府・財務省にとって都合のいい世論形成に加担しているのではないか?
 その一方で、デフレ不況と呼ばれて久しい。イケダ氏はご自宅で肉を食べないそうだけど、それは思いっきりデフレカルチャーを疑問を持たずに許容した生き方、ということになる。デフレである以上、賃金は増えず、さらにいえば雇用も抑制される。そんな中で、イノベーションにおける予算も減らされ続けている状況など、難問が山積している。
 そういった複合的な要素が、生活保護の諸問題に絡んでいるわけだ。

 …とまぁ、生活保護受給に片足まで入りかけた木っ端ブロガーでさえ、この程度の「オピニオン」は出せるんですよ。
 イケダ氏は、「オピニオン」とおっしゃるならば、もう少し該当事象の背景や現況を調査した上で、ご自分のご見解と可能ならば対応策まで提言して頂きたいなぁ、と思う。
 そして、今のままだったら、生活保護を話題にするのをお願いだからやめてもらいたい。はっきり申し上げて、害悪でしかないから。Parsleyはそういうカジュアルな問題提起するひとが許せないんですよ。
 
 ちなみに、私がこのエントリーで展開したファクターをもう少し詳しく知りたいというのであれば、下記の書籍を参考にして頂ければと。

保護のてびき〈平成24年度版〉【生活保護制度の「今」をすばやく理解するためのハンディな一冊】
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ネットは「当事者」性を無限に拡張する

 『ZOZOTOWN』を運営する株式会社スタートトゥデイ社長前澤友作氏のツイートがもとで荒れた事件。個人的には、10000円以上の買い物で送料無料になるのだから、上手な買い物をしましょうね、と思うのと、広報の皆さんはさぞかし青くなっただろうなぁとお察しするくらいで、特にそれ以上でも以下でもないのだけれど。
 イケダハヤト氏がこんな記事をアップされていて、相変わらずネットカルチャーやアーキテクチャに対してご認識が甘いなぁと感じたのでエントリーを記しておく気になった。

 当事者でもないのに怒り狂う善人たち(ihayato.news)

 まず、ブログにしろ、ツイッターにしろ、ソーシャルメディアとはいえ「メディア」であるということを踏まえる必要がある。「メディア」ということは、他者に「発信」しているということだ。さらに言えば、それを受信した読者との関係性が生じる、ということだよね。
 となると、ツイートを読んだことで不快感を覚えた読者は、ネットを介した媒体を通した「当事者」へと昇格される。そして、その不快感を覚えた読者の一部が、反駁の声を上げ、今度は「発信者」へとなり、さらに不快感が増幅され、このトピックの「当事者」が同心円状に増えていく、という構造になっている。

 前澤氏の案件の場合、一見すると前澤氏とクレームをつけたツイート主が狭義の「当事者」に見えるけれど、ネット上、しかもどちらもオープンな場でのやり取りである以上、その模様を見た全ての人が、問題を共有して議論が行われ、時にはそれが行動を喚起する。今回は前澤氏が謝罪したことにより、『ZOZOTOWN』のダメージは食い止められた。さらに、この先ネットでの意見がより反映された運営がなされることになれば、今回の件はポジティブな意味があったことになる。

 イケダ氏は、「私刑執行人」というキャッチーな言葉でひとくくりにしてしまっているけれど、中には『ZOZOTOWN』の今後について、真剣に考えたり心配したりするツイートもあった。全部がノイズであるように捉えるのは狭量だし、ネットにおける議論の構造について無頓着にすぎる印象は拭えない。

 で、こういったことは、例えば佐々木俊尚氏の『フラット革命』(講談社)あたりで既に示唆されていることばかりなんですけれどねぇ。2007年だから5年も前ですよ。もう何周めだよ、というトピック。
 ネットについて、それほどご見識が深いとはお見受けしないのに、彼があちこちで講演に呼ばれるの、ほんとうに不思議。というかブッカーが節穴だってことは分かっているのだけれど(笑)。

 ネットでオープンな場で発信している限り、ツッコミを受けることがないなんてあり得ない。常に双方向なのだから。つまり、イケダ氏がいうような「ツッコンでばかり」の生き方というのは非実在だから、「淋しくはないでしょうか」という心配は杞憂に過ぎないでしょう。

 しかし、「言ってることをコロコロ変えてます」なんて、自分のメディアで公言しちゃっていいのかしら。
 Parsley的にはそんなポリシーのない方とお仕事するなんて考えられないけれど。大丈夫なのかなぁ。他人事だけど心配になるわぁ。

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「メディア人」なんて基本的に無責任ですよね

 最近、「メディア」と「書き手」の関係が問われる事例が立て続けに起きている。
 一つは、『週刊朝日』に掲載された佐野眞一氏の連載が、橋下徹大阪市長の反論ツイートにより中止に追い込まれたこと。
 もう一つは、『ダイヤモンド・オンライン』に掲載されている上杉隆氏の連載が、読売新聞からの流用であるという声に対して、「法的な解決の道を検討しているので、全面的な資料提供はできないとの判断」を示されたし、該当記事と関連記事の掲載を停止するという処置を取られたこと。(参照

 佐野氏に関しては、『ガジェット通信』で追及されているように(参照)、過去の取材で数々の剽窃があったことが明らかになっているような方だし、上杉氏に至っては、自説の補強に事実を捻じ曲げていたことが様々な検証により分かっている。なので、どちらの著者にも、それほど同情の気持ちが沸かない、というのが正直なところだ。
 しかし、ここでParsleyが、「どーよ」と思うのは、版元としての朝日新聞出版、あるいはダイヤモンド社の対応になる。

 佐野氏にしても、上杉氏にしても、各編集部によるチェックが入った上での掲載、というプロセスを経ているはずなのだけど、それをスルーして載ってしまったという時点で、編集が機能していない、ということになる。
 もっとも「売れるから」「アクセス取れるから」という営業的な側面で、ゴーサインが出たのかもしれないけれど。今回の炎上だって、どちらの媒体も良くも悪くも注目を集めることに成功している。たぶん、編集長の謝罪見たさに『週刊朝日』を普段買わないのに買う人もいるだろうしね。
 いずれにしても「売れる」というファクターで内容に嘘があったりモラルが問題視されそうな箇所があったとしても掲載するというのは、一つの判断基準ではあるだろう。ただ、朝日の場合、伝統的なポリシーとのバディングがあり、そこを橋下市長に突かれてあっという間に連載中止・謝罪文掲載のいう全面敗北を喫することになったし、ダイヤモンドも「No.1経済誌」としてのクオリティを問われて、掲載停止という処置になったわけだ。だったら最初から起用しなければいいのに、というのがParsleyの感想になるかな。

 結局のところ、「メディア」と「筆者」の関係って、元請けと下請けなんだなーって思わざるを得ない。下請けである「筆者」が問題起こしたら、掲載を中止すれば、あとは知らぬ存ぜぬを通してしまえば済む。もしかして社内政治的に減点要因になるのかもしれないけれど、それで懲戒や解雇になったという話を私は不勉強なので知らない。ああ、正社員だもんねー、とどうしても言いたくなっちゃうな。

 これは、何もオールドメディアがそういう体質なのではなく、メディアあるいは元請けとなる版元やネット企業の編集部でも変わらない。現に私は、2011年にニコニコニュースから首切られているし(経緯は拙ブログ参照)。
 はっきり言って、メディアの編集部で、中の人が責任取ることなんてまずない。せいぜい謝罪記事を掲載しておしまい。クオリティの低い記事や外部から問題視されたことの検証が内部で行われ、それが反映されたという例がもしあるならば、教えて頂きたい。

 まぁ正規雇用なり契約雇用なりで、雇用契約がある以上、会社の不利益になるような言動は出来ないし、ましてや広報などとの折衝した上での対応になり大変だとは推察されますが。そういった著者を起用したのは誰なのか、記事を最終的に掲載する判断をしたのは誰なのか、企画会議に主席していたのが誰なのか、オープンになることはありえないし、会社という組織から守られている立場のひとはいいよなぁ、って思っちゃうな。

 そんなこんなで。基本的に私は、正規雇用されているメディア人が、どんなに「ジャーナリズム」とかいろいろな理由をこねくりまわしていたとしても、最終的には雇用契約という書面のもと逃げるだろうって思っているし、「筆者」を容赦なく切って問題を終わりにするだろう、と予測している。
 もちろん、この中には版元とか一次情報掲載先だけでなく、二次情報の掲載先、例えばポータルサイトなども含まれている。
 だから、最終的に「メディア人」の多くは保身のために責任なんか取らないし、罰も受けない。
 そのためにも、下請けである私のような木っ端には、「有事」の際の準備をある程度しておくことが求められているのだと、この二例を横目に感じた次第です。

 あーあ。ただ記事をチェックしてそのまま横に流すだけでお給料貰える身分にクラスチェンジしたいなぁ…。
 

「ノマド」ならぬ「賞金稼ぎ」な日常

 「ノマド」議論には若干食傷気味のParsleyですが。かくいう私も、現在ウェブでのライターを中心に、都内各所を飛び回る「ノマド」的な生活を送っていたりするのです。

 2010年3月に「休みが多い」という理由で勤めていた広告企画会社を解雇になって以来、転職活動がうまくいかず(参照)、体調が悪化し、一時は生活保護の受給を真剣に検討しなければならないところまで追い込まれた(参照)。でも、いろいろな方の助けや支えもあって、まだ充分とはいえないまでも、なんとか食べていける目処がつくところまで持ち直してきた。

 そんなParsleyの生活が「ノマド」というのは違和感があって、ずっと適切な言葉を捜していたのだけれど、それって「賞金稼ぎ」なんじゃないかな、と最近思ったので、私の現況も含めて記してみたい。

 まず。正社員・契約社員・派遣社員・アルバイトといった、何らかの形で会社に雇用されるということは、例えば9時から18時までといった時間を拘束する契約になっている。もちろん、契約は書面として互いの間で交わされるため、何らかの事態になった際は法律で雇用者は守られている。
 それに対して、フリーランスの場合、全ては成果物でお金を貰える。
 例えば、ネットサイトの原稿は一本あたり3000円から10000円までさまざまだけど、それが書かれて無事に掲載された時点ではじめて「成果物」として認識される。いろいろ取材したり情報収集したりする時間は考慮されないし、なんらかの事情で原稿がボツになった際は費用は発生しない場合がほとんどだ。
 そして、掲載の時点でこちらの「工数」は終わらない。そこから請求書を作って送付し、さらに翌月の入金の確認ができてはじめて案件がFIXになる。だいたいお仕事のお話があって動き出して4ヶ月くらいのスパンでやっと手元にお金が入ってくるといった感じかしら。また、何らかの事後処理に不備があったりすると、入金が遅れてしまう場合もある。
 あと、ちゃんとした案件は契約書を貰えるけれど、多くの場合口頭での「約束」になる。これを破られても法的拘束ないし、こちらとしては信じて動くしかない。

 こういった不安定で、雑然とした中、成果物を生み出すためにいろいろな案件を同時進行で受けていくワーキングスタイルは、「賞金稼ぎ」というのがしっくりくる。例えば『カウボーイビバップ』のスパイクたちのように。『ビバップ』でスパイクたちは犯罪者の摘発という案件を扱うが、Parsleyの場合だと、ネットサイトの記事やWebサイトやソーシャルメディア関連の案件などになる。一件いくら、という案件に乗って、動きまわり、PC上でサイト群を漁り、時には対象に接触して、テキストやhtmlを書いている。

 そんな毎日だと、時間拘束されている雇用形態とは違った感覚になってくる。
 案件を探す。情報を探す。依頼に適したひとを探す。そういったことを、起きている時間ず~っとし続ける。何か一つのことに集中するのではなく、いろいろな案件を同時に走らせる。そして、実作業(原稿執筆や画像作成やコード書きなど)を、いつでもどこでもこなす。最近では、電車の中で、スマホのEvernoteである程度アウトラインを決める作業をしてしまうことも増えた。
 そんな感じで、休息するタイミングは、自分で作らないと永遠に来ない。四六時中ずっと何かの「お仕事」をしていることになる。
 はっきり愚痴を言わせてもらうと「賞金稼ぎ」生活しんどいです。だって万年睡眠不足でお休み未定だし~♪

 それでも、Parsleyはこういった「賞金稼ぎ」にいそしむ毎日をなんだかんだで楽しんでいる。いろいろな人に会って話をしたりお願いしたりされたり、いろいろなジャンルの業界に関われるし。好奇心の強い私みたいな人間にとっては、刺激的で挑戦的な生き方をしている実感がある。これは、給与生活をしている時には得られなかった感覚だ。

 ちなみに、これは蛇足だけど。いろいろな媒体でさまざまなニュース記事を書くというのは、一つの会社に所属したり、専属契約したりする記者・ライターとはまったく違ったスタイル。Parsleyがそういったフリーのネットライターという立場を確立することが出来て、複数媒体にさまざまなジャンルについて書くという状態が自然になると、面白いことになるかもしれないな、と思っていたりする。

 そんなわけで。落ち込んだりすることもあるけれど、私は元気です。
 今日も「賞金稼ぎ」に、これから霞ヶ関行ってきます!!

 

さいきんのお仕事&お知らせ

★『季刊 TRASH-UP!! 』vol.13にコラム寄稿しました

季刊 TRASH-UP!! vol.13 [雑誌]
株式会社トラッシュアップ

B級映画やインディーズ音楽などサブカルチャーを独自の視点でフォーカスしている『TRASH-UP!!』。こちらで連載中のシンガーソングアニメーターのフレネシ女史と、9月にリリースしたアルバム『ゲンダイ』に関して短いコラムを寄せさせて頂きました。
フレネシ女史のニューアルバムは、硬派でおしゃれな乙女なサウンドが素敵で、東京のガールポップシーンでも特異な存在を確固たるものにしているので、音楽ファン必聴の一枚です。ご興味のある方はぜひ。

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★ネット情報サイト『NETOKARU』にジョインしました

2011年10月3日に開設されたネットカルチャー情報サイト『NETOKARU』にいろいろ関わることになりました。「シニアエディター」という肩書きを頂きましたが、サイトに関するさまざまな方面に関わることになりそうです。
主にネットレーベルや、ボーカロイドのPを中心に情報発信していますが、今後はアート系イベントやネットサービスの情報を含めて、幅広い内容のニュースやコラムも取り上げていければと考えております。
Facebooktwitterもやっておりますので、ぜひともフォローお願いいたします。

★こんなお仕事のご相談お待ちしています!

さまざまな方面で暗躍しているParsleyさんですが、現在のところ下記のようなお仕事のご相談承っています。
parsleymood@gmail.com までお気軽にお問い合わせ下さいませ。


・ウェブサイト/ブログメディアの新規構築・リニューアル
・ソーシャルメディア(twitter/Facebook/USTREAM/ニコニコ動画)活用支援
・ウェブ媒体PR展開
・その他、ウェブ・インターネットに関する各種ご相談