電子書籍の現在地/ブックデザインの可能性

 おととい、7月28日は、なぜか同時多発的に、電子書籍に関する記事が上がっていた。

 ・【メディア批評】あなたは電子書籍にどのような「夢」を抱くか 荻上チキ(SYNODOS BLOG)
 ・電子書籍7つの不安(エキサイトレビュー)
 ・電子書籍の次は電子自費出版出版の旧型ビジネスモデルに大変革を迫るLulu(ルル)(ダイヤモンド・オンライン)

 そして昨日、Amazon Kindleの新モデルが8月27日に発売されることが分かった。遂に日本語対応に!!
 さらに26日発売の『ユリイカ』8月号が「電子書籍を読む!」という、網羅的な特集を組んできている。この同時性は、偶然なんだけれど偶然ではない。私も、『日刊サイゾー』にて7月17日の「電書フリマ」の記事を書かせて頂いたこともあり(参照)、ここで電子書籍/電子出版/電書の「現在地」を探ってみるのも悪くないような気がするので、各テキストを検証しつつParsleyなりの愚考も記しておくことにする。

 ダイヤモンドの記事は、「LuLu」というオンデマンド印刷サービス+課金システムの提供についてあるが、日本ではどのブログサービスも大抵製本サービスは用意していたりする。また、 paperboy&co.の「パブー」が6月にサービスを開始しており、インフラは既に北米よりも整っている状況であるのではないだろうか?
 ただ、「LuLu」から人気作家が自著を出版したというニュースと同じような事例が、「パブー」ではまだ登場していない。これは、前者がAmazon等への登録サービス(有料)を提供しているなど先行しているからともとれる。「パブー」のリリース予定でも、iBook StoreやAmazon DTPへの登録代行サービスが入っている(参照)ので、こちらでもそのような事例が生まれるのは時間の問題かもしれない。

 荻上チキ氏の記事は、「電子書籍が普及すると出版社がいらなくなる」といった論調へのカウンターという色彩が強く、ややコンサバな見解に感じる。だが、ご指摘されている「絶版堂」が抱える訴訟リスクは、下手をするとエニグモが提供した「コルシカ」の二の舞になる可能性もはらんでいる。
 また、絶版書籍を電子化する際に数多くの工程があるということ、特に電子化する作業は峻厳を極めることが予想される。忘れてはいけないのは、入稿などの作業をデータでやりとりするようになってから、まだ十数年しか経っていないということだ。InDesignベースならPDF化は容易だが、QuarkXPressのデータだと一発ではいかない。そもそも出版社にデータが残っていない場合が大半だったりするのでは、と思う。だからこそ、印刷会社が電子出版のプレイヤーとして登場してくるわけなのだが、その考察は別の機会に譲る。

 荻上氏は「商業出版」を前提において電子出版を論じているような印象を受けたが、拙稿でも紹介したように、米光一成先生が主導する「電子書籍部」の活動に代表されるような、スケールを小さくしたインディペンデントな動きが、文章系同人を取り込み出版カルチャーに揺さぶりをかけてもいる。エキサイトレビューの記事の7つめの不安「本という文化がなくなっちゃうよ」は、電子出版に対するネガティブな意見の多くに、ちょっぴり感情論が混じっていることを浮き彫りにしている(逆に楽観的な意見にも、多少の願望が入っていることは否定できないが)。いずれにしても、電子書籍のデバイスが広まることによって、新たな「読書体験」が広まることは、これまでの読書環境をより豊穣なものにする、ということを示唆しているテキストだ。

 それ以上に切実な意見として、京極夏彦氏は「電子書籍の普及は、紙の本を守る」と『ユリイカ』のインタビューで述べている。「そもそも日本人の99%は本なんて買わない。本なんて贅沢品」と言い切る氏は「紙の本が売れなくなることはない」と述べ、「紙と電子出版の両方にテキストを提供していて、そこに優劣はない」という。「法的整備が進む前にビジネスモデルを構築しておかなければならないから、時間はない」という氏からは、現状に対するある種の焦燥さえ感じた。

 『出版・読書メモランダム』の小田光雄氏も、電子書籍の出現が業界の危機を救済するものでもなく、紙を放逐するものではない、という立場だ。「大学生の半分近くが読書と無縁」という指摘は京極氏と共通している。また、09年のアメリカの電子書籍売上が全書籍売上の1%に過ぎず、「日本の特殊性を考慮すべき」としている。

 佐々木俊尚氏へのインタビューはやや踏み込めていない印象が残ったが、コアなファンの購買志向が、CD、DVD、ケータイ小説の書籍版のように、作者へのリスペクトやロイヤリティを示すためになっていく、というのは、どのパッケージも辿ってきた道を紙の書籍も続くという予言している。また、『電子書籍の衝撃』執筆時点では発売されていなかったiPadに触れて「若い女の子から入ってくる可能性高い」と述べていて、日本の電子書籍市場は雑誌の方が可能性があるのでは、と指摘している。

 円城塔氏と米光先生との対談では、円堂氏が「横書きにするところまで譲歩してもいいのではないかという気がしている」と述べ、よりデバイスに寄った「本作り」をしていいのでは、というご見解だったことと、米光先生が「著作権は残らなくても、著作者へのリスペクトは残る」という佐々木氏と同様のことを述べていたところが気になった。

 小説家の間宮緑氏はePubによって、「創作者が直に出版物に関わっていく好機なのかもしれない」とコラムを結んでいる。これは荻上氏のご見解とは相反する部分もあって興味深かった。
 また、『Air』に参画された桜坂洋氏が読み手の側からの変化として「ソーシャル・リーディング」―コミュニティの形成やまとめwikiを編纂することーによって、読み手は同時に本の書き手にもなり、両者の境界が溶解をはじめる、と指摘している。
 『ユリイカ』では、他にも書く・読むということの供給が印刷や出版という場より「個人へと回帰していく」、といった論調が目立っていた。
 多くの方により知ってもらいたいのは、文学フリマで巻き物になった紙を計り売りで販売していた『TOLTA』の活動。メンバーの一人である山田良太氏が考える電子書籍は、「一分ごとに自動的にページが移動する」など、紙という物質から離れたからこそ出来る「制限」を付加することによって価値を作るという思考実験で、この特集のコラムの中で一番面白かった。

 『阪根タイガース』様がインタビューを担当している堀江貴文氏は、情報商材販売のノウハウやAmazonランキングの上位に乗る重要性などが電子書籍で無名の人がテキストで食べていくカギになると指摘している。このインタビューは、処女小説『拝金』を売ることについていろいろ興味深い言葉が散りばめられているので必見だと思う。

 個人的に一番考えさせられたのが、ブックデザイナーの鈴木一誌氏のコラム。本を「デザイン」するという意味がこれまでとは変容する。特に「本どうしを繋げる」運動としての「ホール・アース・カタログ」(『Native Heart』様のエントリー参照)という指摘は示唆的だ。
 つまり、表紙・裏表紙の装丁や文字の大きさ等、これまで書籍のデザインはそれだけをすればよかった。しかし、電子書籍になると、デザイナーは導線の設計から読み手同士のコミュニティを形成を促すところまで、「デザイン」する必要性に駆られている、ということになる。
 Parsley個人としては、現状出ている電子書籍のタイトルはまだそこまでデザインが確立していないように感じられる。わずかに、Kindleが下線・マーカーを共有できるところがそれに該当するぐらいだろうか。いずれにしても、これまで購買の判断に重要な役割を担っていた表紙は、ゲームにおけるタイトル画面程度まで影響力は下がるし、文字のポイント数が読み手が設定出来るようになることで、どんな状態でも「崩れない」仕掛けが必要になる。
 その上で、例えば「しおり」を「挟んだ」ところまでストレスなく飛ぶ設計などや、注釈がすぐに参照できるような設計、引用先と繋がる設計、読者同士のコミュニティを形成する設計が求められるようになるのではないか。
 そういったことって、Webサイト構築におけるインターフェース設計(目次が該当するのでは)やユーザビリティ設計に通じるものがあるように感じられる。
 もっと言えば、電子書籍は、インターネット、さらに言えば「知」に繋がる窓口の役割を果たすようになるのではないか?
 そのように考えると、電子書籍のデザイナーは、これまでのブックデザインとWebデザインを合わせた知見が求められるようになる、というのが私の結論になる。そして、その専門家はまだ現れていない。まっさらな状態だからこそ、デザインという分野でも電子書籍には未踏の荒野が広がっているように感じる。

 この状況に「うへぇ」とげんなりするか、「面白そう!」と思うかは立場によって違ってくるだろう。
 もちろん、Parsleyは後者の側に立っている。もう、ワクワク感が止まりません!!
  

ユリイカ2010年8月号 特集=電子書籍を読む!
京極 夏彦 佐々木 俊尚 堀江 貴文 桜坂 洋 前田 塁
青土社 (2010-07-26)
売り上げランキング: 832

『ELLE』9月号を読んだ。

ELLE JAPON (エル・ジャポン) 2010年 09月号 [雑誌]
アシェット婦人画報社 (2010-07-28)

 正直言って、付録のトップショップ特製ユニオンジャック柄スカーフが目当てで買いました。
 だけど、ロンドン特集が思いのほか面白かったので、メモ替わりに記しておく。

 「ロンドンの最新情報をブリットガールたちがご案内」というコンセプトの特集は、おしゃれブロガーのヴィンテージナビということで、サラ・バクナー女史が登場。ネットでヴァーチャルブティックを開業、リサイクル品中心のインテリアで集めた自室を公開、現在では自身のサイト以外にも活躍を広げているという。日本でいうところのまつゆう女史みたいな立ち位置なのかな?
 紹介しているヴィンテージショップ、アウトレット・インテリアなど、どのショップもちょっと東京にはない、ロンドンらしさが溢れているように感じる(ロンドン行ったことありませんが・笑)。
 おもしろいキャラだなーと思ったのが、スージー・バブル女史。ブログは1万/日PVだとか。彼女のスタイリングはどこかこちらでのMEGっぽくて「ゆるリラ」ロンドンテイストという印象を持った。ここでは逆に東京とロンドンの共時性があるなー。
他にも、68Pのアレクサ・チャン女史のクリーム色のカーデ&チェックのマフラーという着こなしや、70Pのアギネス・ディーン女史のキャスケットに大柄マントというスタイルなどが特に目に付いた。
 あと、84Pからのグラビアは、フェミニン&ガーリーで、こちらの森ガールスタイルと通じるところがあったことを付け加えておきたい。

 ところで、237Pからの「私を変える感動本50」という特集で『犬にかぶらせろ!』gotanda6様が「家族」テーマで書評を担当していてちょっとびっくり。東浩紀氏の『クォンタム・ファミリーズ』と伊坂幸太郎氏の『重力ピエロ』の共通点を指摘するなど、相変わらず鋭い。個人的に紹介されていた中だと、筒井康隆氏の『家族八景』は好きですね。
 気になったのは、「青春」パート(評者山崎まどか女史)の『終点のあの子』。少女特有の鋭敏さや痛さが描かれているような感じがしたので、暇を見つけて読んでみようと思った。

クォンタム・ファミリーズ
東 浩紀
新潮社
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重力ピエロ (新潮文庫)
重力ピエロ (新潮文庫)

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伊坂 幸太郎
新潮社
売り上げランキング: 2000

家族八景 (新潮文庫)
家族八景 (新潮文庫)

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筒井 康隆
新潮社
売り上げランキング: 13600

終点のあの子
終点のあの子

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柚木 麻子
文藝春秋
売り上げランキング: 25411

「これが渋原ガールズ、なう!」

 ここ最近、夏前くらいから、東横線沿線や、渋谷、原宿、新宿といったところを歩いていると、「ギャル減ったな~」という印象を持っていたのだけど、『PopSister』9月号で「脱GAL」とあったのが気になって入手してみた。
 表紙の益若つばさ、アイラインと金髪こそこれまで通りだが、アンニュイとも見える表情で非常に落ち着いた、いいカバーで好印象を持つ。

 流行アイテムを「ハズして着こなす」というテーマは5年程前のテクの再評価とも取れるが、柄を追加したり靴に工夫したりと、どれも納得のチョイス。実際、街中でも差し色用のアイテムを自由に使いこなしている娘はちょくちょく見かけるようになっている。
 宇宙雑貨文化屋雑貨店で服を買うのがつばさ流とするあたり、モノトーンのモロッコ系ワンピなどを紹介していて、数ヶ月前に比べて、ぐっとギャル色が減っている。
 また、ヘアメイクも「20歳を過ぎたらヘアはゆる!」ということで、クルクルカールがコンサバでカジュアルな服に合わせづらいとまで書き、より「天然ちっくな巻き」でバランスよく全体的なゆるさが演出できるとしている。
 人気ブランドのプレスやショップ店員がロンパースやワンピースを紹介するページも、裏地に濃いピンクを使わなければ、雑誌のらしさを出せないくらい、スタイリングにいい意味で華がない。無理しておしゃれしちゃった感が消されている。確かに、「無理しない」というのは、今のファッションシーンでのキーワードなように感じるなぁ。

 「脱力系リュックガール」は、20代前半から10代女子高生に広がっている印象。デザイン系、アウトドア系、ストリート系、ガーリー系と分けられた柄は、どれもそれなりにコーデ合わせれば使えそう!

 このように。今のストリートシーンの変化を『PopSister』はだいぶ盛り込んでいるというふうに思ったです。
 これがティーンや郊外・地方だとどう違うのかも検証できればしてみたいんだけどなぁ…。

『AR―拡張現実』を読んだ。

AR-拡張現実 (マイコミ新書)
小林 啓倫
毎日コミュニケーションズ
売り上げランキング: 846

 献本頂きました。ありがとうございます。

 本書は『POLAR BEAR BLOG』でお馴染みの小林啓倫氏が、「拡張現実」(以下AR)とは何かというところから、各国のARの動き、日本での取り組みといったところから、ARの可能性まで、幅広く過不足無く言及しており、2010年7月時点のシーンを俯瞰するには充分以上の内容となっている。

 私Parsleyも含めて、ARといえばセカイカメラを思い浮かべる方が多いと思うが、著者はドイツ・ドレスデンで行われた、戦争時の空襲の音が骨伝導で聴こえる「タッチド・エコー」の例を挙げたり、もうお馴染みになったQRコードもARとして議論される場合があることを紹介する。「現実空間に何らかの情報を付加すること」がARの定義だとすれば、確かに広告に印刷されたQRコードからサイトに飛んでクーポン券をゲットする、というのもAR体験、ということになる。「CGが出なければARでない」「○○技術を使っていなければ認めない」という姿勢は、かえってARの将来を狭めてしまいかねない、と著者はいう。

 また、よくバーチャルリアリティ(VR)とARは反対にある概念である、といった紹介が多くなされているが、実際はVRもARも同じ出発点であるという。1968年のコンピューター工学者イヴァン・サザーランドの「The Ultimate Display」というシステムが、史上初のARシステムであり、同時にCGによる仮想的な空間をつくっている点で、史上初のVRシステムという評価が与えられているという。

 各国のARの現況は本書に譲るとして、ここでは2010年4月~5月にかけて行われたローソンと『新世紀エヴァンゲリヲン新劇場版』のプロモーションとして行われた、箱根の中学校(作中での「第三新東京市」)に、等身大の初号機をiPhoneの中に出現させるまでの顛末を担当者に聞いたインタビューと、セカイカメラ正式版リリース直後に起こった、「姉ヶ崎寧々参上」エアタグ大量発生事件については、アニメ・ゲームコンテンツとARの親和性や拡張現実がもたらす現実空間におけるコミュニケーションなどの影響があることは、特筆しておくべきことのように思われる。

 著者は、海外・特に欧州で萌芽が見られるAR広告は日本ではまだ見られないとするが、日本企業には企画力とビジネスモデルでチャンスがあるのでは、と期待している。
 日本では「位置ゲー」が2000年頃から存在しているし、モバイルARサービスでは現実的なビジネスモデルを構築できるのではないか、と述べている。単に面白いアプリを作るのではなく、その中に物語性や奥行きを持たせることは日本企業が得意とするところ、という著者の考えに、Parsleyも賛成する。

 著者は、日本の技術者の多くが「まず始めてみる」という姿勢の方が少なくない、と記す。これはとても心強い話だ。同じように「ARとはなんだかよく分からない」という方々の多くが、本書を手に取って、「とりあえずAR使ってみたい」という気持ちになるといいな、と心から思った。

 

『スピリチュアル・ライフのすすめ』を読んだ

スピリチュアル・ライフのすすめ (文春新書)
樫尾 直樹
文藝春秋
売り上げランキング: 18817

 献本頂きました。ありがとうございます。

 タイトルとオビを見て、正直身構えた。「あなたの不安や悩みを根本から可決する七つのエクササイズ」…。これはヤバい香りがする…。
 「はじめに」を読んで不安は高まった。

 本書があなたに伝えたいのは、そうした良質なスピリチュアリティ文化のエクササイズである、坐禅やヨーガの体操・呼吸法・瞑想を行なうと、心身のバランスがとれて健康になって、心が安定して自分に自信が持て、他人にも優しくなれるうえに、人生の不安がどんどん解消されていく、ということである。

 著者の樫尾直樹・慶應大学文学部准教授は、宗教学・文化人類学専攻だという。ちゃんとした学者先生が「ダイエットや禁煙に成功したし、肌もきれいになってからだも柔らかくなった」というのはまだしも、「遅かった筆も速くなり、仕事も超はかどるようになった」というのはどうなのよ??

 しかし、第一章以降を読み進めるにつれて、不信の念は薄まった。なんというか、「悟って」ない。カミサマの側にイっっちゃったひとではないということが、ご自身の「スピリチュアル・ライフ」のサイクルを紹介する筆致で分かってくる。何よりも、「こうなきゃダメ!」といった峻厳さはなく、適度にいい加減に「修行」しているのだ。実際書いていることはそこそこ雑念や煩悩が散りばめられている。著者の言葉を借りれば「宗教の専門家」ではないふつうの人間にとっては、神や原理といった絶対的存在と一体化してしまったら、生活に支障をきたすので「大いに困る」し、「最悪の場合は、オウム真理教になってしまう」ということになる。

 著者は、研究者としてスピリチュアリティ文化に関心を持ったきっかけは、オウム真理教地下鉄サリン事件以降、現代の宗教文化の負の側面が明らかになったことだという。安易なスピリチュアル・ブームが流行する状況を批判的に研究をはじめて、その過程で身体実践をしてはじめて、真のスピリチュアリティがわかる、ということだったという。本書では、「良いスピ」「悪いスピ」という区分けで、現代スピリチュアリティの光と闇の部分に言及し、読者が「悪いスピ」にはまらないような言及がなされている。

 実際、私Parsleyも「アッチが強くなる」という邪まな仮説のもとホットヨガをはじめたことがあるのだが、確かに「スピ体験」はある。プログラムを一通り消化して横になって目を閉じると、講師の先生の「ことば」が、そのまま脳に直接届くような感覚をもったし、ほんとうに頭がからっぽになって余計なことがいつの間にか抜けていくのだ。あのリラックス感はほかではなかなか味わえない。

 第二章のエクササイズの説明は、著者なりのノウハウを順を追って説明されている。特にヨーガと坐禅の部分が篤い。何と言ってもご自身がモデルの写真付き!

 ただ、慶大の先生にまでなった方なので、ところどころで自己研鑽的というか、社会的な成功といった「邪念」が見え隠れするところが、注意ポイントといえばそうなるだろうか。また、ちょっとしたことで「悪いスピ」に転びかねない、ということは、いくら注意してもしすぎることはないだろう。
 そのような意味においては、あとがきの後にある「おすすめパワー・スポット20選」は蛇足だったように思えて少し残念だった。

メディア露出>組織票

 自民51、民主44。与党が過半数割れで、みんなの党が今回得た10+非改選1議席で、党首討論・法案提出権を獲得した。選挙区、特に1人区で自民が圧勝したこと、2人区で全て1議席に留まったことなど、小沢前幹事長が敷いた戦略が裏目に出た影響が大きいように思う。その割に小沢系議員から現執行部の責任を問う声が出てくるあたり、なかなか面白い現象だなぁ、と皮肉っぽく感じざるを得ない。

 しかし、比例では民主が1800万票獲得しており、自民の1400万票にかなり水を開ける結果になっている。民主はまだ連合などの組織票を獲得出来ており、逆に自民は組織がずたずたになっているところが見て取れる。
 面白いのは、自民の獲得票上位5人が女性なこと。片山さつき氏・佐藤ゆかり氏など、昨年の衆院選を落選後もメディアに露出が多かったひとが当選している。
 みんなの党は790万票、公明党が760万票と、前者が僅かに上回った。公明の当選各議員の都道府県別獲得票を見ると、見事に地域でかぶっておらず、一糸乱れぬ統制が取れていることが分かる。逆に、みんなの党は720万票が党への投票。「みんな」というのは書きやすいから、というのは冗談にしても、都市部では民主の半数程の票を獲得している。それほど風もなかった中、「小さな政府」志向の政策が一定の支持を集めたと考えるべきだろう。

 落選議員に目を向けてみると、国民新党の長谷川憲正氏は40万票を得ながら落選した。特定郵便局長ら郵政利権の皆さんが必死なのは『サイゾー』にも記事になっていたが(参照)、いかんせん政党名で48万票しか取れないのでは厳しいところだった。
 あとは、たちあがれ日本から出馬した中畑清氏が11万票、自民党から出た堀内恒夫氏が10万票で、どちらも次点に終わった。巨人ファン・野球ファン票では当選には届かなかった。プロレスラー票は、国民新党から出馬の西村修(全日本プロレス)が3万4千、自民現職の神取忍(LLPW)が3万2千。これくらいが今のコアなファン層の数と重なるのかもしれないね。
 社民党の保坂展人氏は、毎回コミケに足を運び著作権問題などに詳しいことで知られ、一部ネットユーザーからは支持が篤いが、6万9千票で次点。コスプレしたり「ジーク自民」を連呼していたりして話題になった三橋貴明氏は4万2千票に留まった。3年越しの戦略は見通しが甘かったということなんだろう。
 気になるところでは、日本創新党の中田宏前横浜市長が12万票集めている。あえて新党を作らなければ当選出来たかも。自民から民主に鞍替えした田村耕太郎氏は6万票しか取れず落選。あとは、薬害エイズ患者で議員となった家西悟氏が1万8千票しか取れなかったことに時の流れを感じさせた。
 ちなみに、幸福実現党は22万9千票。これが幸福の科学の実力なのだろうか。

 全体的に見て、組織票が昔ほど通用しなくなりつつある、という傾向があるように感じる。むしろ重要なのはメディア露出。テレビの力は勿論だが、ネットの活用など、常に活動をアウトプットしている人が強いのではないか。今回、蓮舫行革相は選挙区に貼り付けなかったにも関わらず170万票集めた。私が『サイゾー』で取材した(参照)藤末健三氏も、良くも悪くも選挙期間中に記事が出たことが大きいとしていた。そのような話題作りをして、名前を認知してもらう努力が、これからの候補に求められているのかもしれない。

 どこの組織にも所属していないParsleyみたいな一般人からしてみれば、組織票がまかり通り、特定権益の代弁者が増えるよりは、多少は健全な議会になる道筋が出来たのではないかと、今回の参院選を肯定的に捉えたいと考える次第。「メディア露出>組織票」という方向が進むことを期待したい。

 

ネオ・ロマンティック=森ガールby『装苑』

装苑 2010年 08月号 [雑誌]
装苑 2010年 08月号 [雑誌]

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文化出版局 (2010-06-28)

 『装苑』8月号、「東京ガールズファッションの現象」というタイトルに惹かれて入手してみたよ!

 まず、「東京ネオ・ロマンティック」。「ただかわいいだけの”森にいそうな女の子”だけじゃ物足りない。(中略)アンチイズムを加えて、少しだけ毒っぽく、甘さと強さをアクセントにミックスしたい」とあるが、なんのことはない、アイテムの単価が高い森ガール以外のなにものでもなかった。グラビアが29Pのモノクロ写真が地下駐車場で撮影されている以外は完全に「森」モチーフで占められていたし。
 もともと、「森ガール」には、「モテ」を全面に押し出したcancam系スタイルや、過度に飾りつけるギャル系ファッションのアンチという側面があるため、無意識のうちに斜に構えているニュアンスがある。だからそこをフォーカスしても、結局のところ「森ガール」というカテゴリーからは残念ながら離れられていない印象を受けてしまった。
 とはいえ、レース・フリルをあえて斜めなシルエットにしてみたり、同色系の柄をレイヤードしたり、ケープやロングスカートのチョイスは、さすがに洗練されていてやっぱり『装苑』ステキだな~と思わせるには余りある。
 30P・31Pのアイテム紹介も裾にフリル付きのパーカーとかレースのパフスリープのカットソーとかどれも「欲しい!」と思わせるものばかりなのだけれど、他誌に比べてお値段のケタが1つ多いよ(泣)。アグリサギモリのドレス、126000円ナリ…。

 もう一つ挙がっている「ミリタリーモード」に関しては、ノーブルにかっちりと着こなすというモチーフ。ただ、もう何年も前から推し続けていることもあって新味はないなーという感想かなぁ。
 あと、アウトドアスタイルも取り上げている。グラビアは47P以外は実用性皆無で笑ったが、52Pで紹介されているアイテム群は悪くない。赤いアルミボトル(3990円)や、レゴのヘッドランプ(2100円)などは、日常生活でもアクセントとして使えるのでは。次のページでは、『ビームス』のバイヤーら4人が山に関するおススメ本を紹介しており、無駄に本格的。

 ファッション、映画、音楽、書籍、美術というカテゴリーで、東京ガールズカルチャーの変遷を辿った特集は、元オリーブ少女の皆様は目を通しておいて損はないはず。特に、成実弘至・京都造形芸術大学准教授のファッションを巡った文章は網羅的で、「かわいい」という言葉を「自己肯定のマニフェスト」と正確に語っている。

 最後に。今号で特筆すべきなのは、ついにtwitterまつゆう女史とともに『装苑』に「上陸」したこと!
 この特集をされている2ページだけがかな~り浮いているのはご愛嬌(笑)。だが、彼女のスタイルである「自然体」というのは「かわいい」あるいは「森ガール」のキーになる言葉でもあるし、紹介されているエスニックアイテムショップやサロン、レッグウェア専門店らはどれもエッジが効いていて実に彼女らしく、上手く『装苑』の読者にもリーチするだろうなぁ、と思いましたです。

ツイッターで人気爆発! みんな大好き アヒル口(ぐち)
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『PS』8月号を読んだ。

 表紙は菊地亜希子・河北麻友子・入夏の『PS』主力モデル。グラビア含めて3人ともあっこ寄りというか「ゆるリラ」なニュアンスの強いコーデなのが注目点。
 各都市SNAPではモノトーンの子が逆に目立つような感。センスに自信がある方は挑戦してみては? あと小物がバラエティに富んでいて、どこで購入したのかすごく気になる。タレント起用のBAGの中身特集では、豊田エリーのかごバッグとトイカメラがおしゃれ。Salyuが微妙なスタイリングだったのはご愛嬌。
 あと、カンカン帽の特集に1ページ使っているのが気になった。
 それから、低予算でのアイテム特集が10Pあり、デザインTシャツなど3000円以下でも充分かっこいいものが紹介されている。やっぱりウィメンズはこのあたりうらやましい。というかふつうにここからもチョイスして買いますけれどね。男子スカートはもう古い。これからは男子ワンピの時代だ、と宣言してしまおう!(笑)

もう一つ、アウトドア特集で16P割いているのもかなり読み応え。最近では『モンタニュ』『falo』なども登場して、「山ガール」的なアイテムも徐々に増えていて、アウトドア志向が強くなっていることも示しているように感じる。

 最後に。特別付録のLee×PS特製デニムプリントでかポーチ。20×24cmもあって手帳も入る。これまでの付録で一番使えそう。デザインもGOOD!

相撲マスコミにも「罪」あるんじゃない?

相撲 2010年 07月号 [雑誌]
相撲 2010年 07月号 [雑誌]

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ベースボール・マガジン社 (2010-07-01)

 毎日取り組みの結果は必ずチェックし、時間が許せば中継やダイジェストを観るくらいには相撲好きのParsleyからしてみれば、今回の野球賭博事件や角界の暴力団との繋がりに関しては驚きも何もなかった。角界と暴力団や闇の世界との繋がりに関しては、以前から度々明るみになっているからだ。
 例えば元朝青龍の親方である高砂親方(元大関朝潮)は以前暴力団関係者とゴルフをしていたことが週刊誌で報じられていたし、現理事の二所ノ関親方も暴力団関係者と麻雀をしていたところを現行犯逮捕されている。大島部屋に暴力団員が2トントラックで突っ込んだ事件もあった。タニマチの中にも限りなくグレーな存在は結構いるはず。
 そんな過去を知っているから、今回の事件は「角界の膿を出す」というよりも、「一罰百戒」のように見えてならない。

 で、今回の騒動を雑誌『相撲』(ベースボールマガジン社)がどう取り上げたかというと、これが一般マスコミ・週刊誌に毛の生えたようなことしか扱えていないのですよ。
 さすがに、表紙と巻頭特集に据えている。「大麻汚染・暴力騒動を遥かにしのぐ大醜聞」を一番最初に知れる立場にあった彼らがなぜ及び腰だったのか。相撲界に『盆中』という独特の表現があり、支度部屋で花札をやっていても見ないふりをするという慣例があったことを指摘し、「カメラマンも上半身だけ写すようにしていた」と記してあるが、当の記者たちはどうなのか。「我々報道する側も反省しなければならない」というようには言っているが、記事の内容からはそのようには見えない。
 何より、賭博をしていたか聞いたアンケートが警察の発案で誘導尋問に乗せられたかのような書きっぷりで、捜査批判と受け取られかねないような内容。力士が700人以上いるのだから名古屋場所は中止すべきでないという珍妙な理論を展開していたり、とても「反省」しているような風には感じられなかった。
 理事長を外部から迎えることを検討してもいいのではないか、という提言で結ぶ賭博問題の特集は、138ページ中11ページにしか過ぎない。その他は場所前号にありがちなのほほんとした空気が漂う。つらいのは、元横綱大鵬の納谷幸喜氏の誕生日の記事が1ページ割かれていること。大嶽部屋が取り潰しになれば、「大鵬道場」の看板はどうなるのだろうか…。

 このように、これまで事件があっても、さほど大きく扱ってこなかった相撲マスコミも、相撲界の中の存在であって、やはり「罪」の一端を担っているのではないか。他人事で論評している場合でないんじゃないかと感じざるをえない。
 今回の問題で厳罰が予想される時津風親方について、暴行事件で死亡した故時太山の父上が「なぜ人が死んだ時はあの程度の処分だったのに、博打程度で部屋が取り潰されるのか」とコメントしたと聞く。このことは、相撲協会だけでなく、マスコミにも向けられているはずだ。