『法人税が分かれば、会社のお金のすべてが分かる』を読んだ。

法人税が分かれば、会社のお金のすべてが分かる (光文社新書)
奥村佳史
光文社
売り上げランキング: 3953

 献本いただきました。ありがとうございます。
 本書の「はじめに」に、都内の通信会社で働く山岡さんと森川さんが登場する。この会社の自家発電設備の調子が良くなく、修理を依頼する稟議書を作成することになった。丁寧な仕事をする山岡さんは、この修繕で100万円の修理費で発電寿命が10年以上延び、能力も倍増するような書きぶりの稟議書を上司に提出した。が、稟議書は認められなかった。
 3日後に正直な森川さんが単に不具合を直すものだという稟議書を上司に提出した。すると、会社の上司はすんなりと決済印を押した。
 この違いは、法人税にあると、筆者(というより法人税法は)説明する。山岡さんの稟議書の書き方だと、100万円のメンテナンスコストが「資本的支出」とされ経費と認められない。しかし、森川さんの場合は、一時の損金として修繕費とみなされ経費として認められる。つまり、山岡さんの書き方だと余計な法人税を払わなければならなくなる。

 筆者は、経理の専門家ではなく、サラリーマン向けに法人税の仕組みを理解するために本書を執筆した、としている。
 実際に、法人税本って学習参考書みたいな体裁でとっつきにくい印象が拭えない。新書でも数点しかなく、堅いイメージにはかわりがない。

 その点、本書は「ゆるい」。
 第1章では、光文社新書編集部の森岡編集長とのミーティングで、「読者が法人税のどこに関心がありますか」と質問して、「例えば宗教法人に税金がかからないとか」という答えでずっこけるというエピソードからはじまる。これが、どの章もこの調子なのだ。
 たくあん嫌いな筆者に帰りがけにダンボールいっぱいにたくあんをくれる食品メーカーの社長、投資会社に勤めていた高橋克典似のモリピー、取引先が倒産して乗り込んでくる「絶叫系ポマード氏」…。
 そういった身近なシチューエーションから、法人税法ではどのように規定されているのか、順を追って説明する、という体裁に各章がなっている。
 中でも、第7章は合歓の郷がヤマハから三井不動産に40億円で売却されたというニュースを引き合いに出して、「リゾート施設を買ったなら」というテーマで、固定資産の管理や減価償却の仕組みについて詳らかにしている。門外漢からしてみると、この章がいちばん面白く読めた。

 あと、本書からは、どことなく筆者の人柄がにじみ出るキャプションが付けられている。中小企業社長では節税のためと称して2年おきに社用車を買い替える人がいるが、これは半分正解で半分不正解だという筆者の説明に、「満足されません」とある。ここに付けられているのが、アイロニカルな「社長、社用車はあきらめましょう」という小題になっている。
 個人的には、第13章で「ロイヤルホストでパフェを食べている私」というところで一気に親近感が沸いた。パフェおやじな税理士さん!!

 このように、全編を通して法人税について分かりやすく説明している本書は、サラリーマンだけでなく、これから起業をしようとしているひとなども一読して損はないのではないか、と思いました。

 蛇足ながら。筆者ご自身のHPは、ちょっとリニューアルの必要があるんじゃないかしらん、と感じましたです。

 

『奇刊クリルタイ』でまたいろいろやりました。

 メルマガも好評(?)な『奇刊クリルタイ』ですが、最新号「4.0」が12月6日の文学フリマより頒布いたします。今回も、前号同様、いろいろ関わらせて頂きました。
 詳細は、こちらのエントリーをご参照して頂ければ。

 今回は、「2009年のキーパーソン」gotanda6様と、『草食系男子の恋愛学』の著者でもある森岡正博大阪府立大学教授のインタビューを掲載しております。
 コラムも、kanose様をはじめ充実しておりますので、是非ともお手にとって頂けますと嬉しいです。
 何卒よろしくお願い申し上げます。

「勝間和代って誰?」「ツイッターって何?」

 私ことParsleyが編集を担当している『週刊メルマガクリルタイ』の最新号に、『くらやみのスキャナー』様にご寄稿頂きました。
 その中に、ご自身が働かれている郊外型新古書店の現状について端的に表した、こんな一節があった。

 まあ『1Q84』クラスは別にしても、本屋大賞にノミネートされているレベルの本だと、お店のスタッフはあまり知らないし、お客さんも知らないので店頭で売れ残ったりもする(あくまでも僕が働いている、郊外型のお店の上での話ですが)。
 さらにWeb上で話題の自己啓発系の本、なんていったら事態は壊滅的です。
 (中略)
 小飼弾さんもみんな知らないし。勝間和代さんなんて超超超有名人のはずなのに、まるで知らない。さすがに勝間さん知らないのは仮にも本屋で働く立場としても如何なものかという部分はありますが…。

 週刊メルマガクリルタイ Vol.18 ネガ/ポジ 週刊メルマガクリルタイ Vol.18 ネガ/ポジ 週刊メルマガクリルタイ Vol.18 ネガ/ポジ

 私の場合、本・雑誌の購入はamazonが4、都内大型書店が3、自宅最寄駅前書店が3といった割合なのだけれど、それぞれ売れている(とされる)もの、棚作りがまるで違っている。

 Amazonの場合、「本のベストセラー」のほかも、例えば「新書・文庫」といったレイヤーがあって、その下の階層のジャンルを選べるような仕組みになっている。例えば、現在絶賛在庫切れ、取次搬入後、またたく間に「蒸発」するという噂(参照)の『Twitter社会論』は、「政治・社会」カテゴリーで第1位になっている。
 つまり、Amazonにおいては、あらゆるなレイヤーやカテゴリーでの「第1位」が無数に存在している。このことは、あまり指摘されていないことのように思えるのだが、著者や出版社の側にとってみれば宣伝になるし、購入する側からしても、食指が動きやすい。ロングテールのヘッドの部分である「第1位」の商品がさらに売れるようなデータベース設計になっている。

 大規模書店も、最近ではAmazonに近い売れ筋になっている。ブックファースト新宿店の11月2日~8日の新書ランキングによると、2位が『ツイッター140文字が世界を変える』で、5位が『Twitter社会論』、8位が勝間和代女史の『目立つ力』といったラインナップ。
 勿論、大型書店の売れ行きは出版社はとても気にしている上に宣伝効果も期待出来る。紀伊国屋書店新宿本店の売れ行きを関係者の誰もが気にしているのは、各メディアなどが同店のランキングを参照するケースが多いからだ。その影響が、全国へと波及していくことを見込んでいるのは言うまでもない。

 しかし、そういった「全国的なベストセラー」というものは、ちょっとやそっとでは生まれにくくなっているんじゃないかなーと、郊外/地方のチェーン書店や、TSUTAYAのランキングなどを見ていると、思ったりする。

 首都圏を中心に店舗を展開している文教堂の11月9日~15日ランキングを見てみると、『Twitter社会論』は13位、『ツイッター140文字が世界を変える』は24位だ。勝間女史の本は、ビジネス書のランキングを含めて1冊も見当たらない。
 替わりに浮上しているのが、ハーレクイン、官能小説(それもライトなもの)、ボーイズラブといったジャンルのものになる。

 明屋書店の傘下で、九州各県に店舗を持つ明林堂書店の書籍ランキングを見ると、1位が東野圭吾。そして、トップ10の中にケータイ小説が2作品ランクインしている。
 また、ランキングにあまり変動がないところも特徴として上げられるだろう。

 そして、TSUTAYAオンラインのランキングがこちら
 いやー、ボーイズラブ強いっすねー。
 ちなみに、Twitter関連本は、『仕事で使える!Twitter 超入門』の43位。こちらも、勝間本は見当たりません。

 例えば、『Twitter社会論』はAmazonでは在庫切れで都内大型書店では山積みになっているけれど、ちょっと郊外に行くと、同じ洋泉社の『雅子さま論争』が面陳で、『Twitter社会論』はひっそりと一冊だけ棚ざしということが珍しくない。
 勝間本も、多く刊行されているディスカヴァー21が取次流通をしていないこともあり、地方に行くと知名度はがくりと落ちてしまっているのではと想像する。
 逆に、香山リカ女史などはワイドショーにも出演していたりして知名度が高いのか、『しがみつかない生き方』はどこでも、まんべんなく売れている。

 俯瞰すると、取次流通の出版市場において、主戦場になっているのは、ライトノベル・ハーレクイン・ライトエロ・ボーイズラブといったジャンルだ。購買層は10~20代前半の女性が主力。悪い言い方をすると、女子中高生や若い女性からどうお金を巻き上げるのか、ということに腐心しなければいけないということになるだろう。
 そして、この市場に割って入ろうとしているのが、ケータイ小説。gotanda6様の『ケータイ小説的。』でトドメをさされてしまったためか、Webでのケータイ小説論はあまり見かけなくなったが、郊外の書店だと専用の棚がどこにもあってまんべんなく売れているということは認識しておくべきだろう。

 で、こういった読者層からしてみれば、「Twitterって何それ」「勝間和代?誰??」なわけで。
 善し悪しにかかわらず、そちらの方がマジョリティだということは、頭の片隅にでも置いておいた方がいんじゃないのかな、と考えた次第です。

 
 

『CREA』に「新・婚活ノート」特集

 しばらく「婚活」という言葉は結婚相談所のアドワーズ広告でしか見かけなかったから、このままブームが収束に向かうものだと思っていた時期が、Parsleyにもありました。
 ところがどっこい、まだまだ潜在的ニーズを掘り起こしたいようで、『CREA』12月号にモノクロ8ページにわたる「新・婚活ノート」が!
 ちなみに『CREA』は、20歳代後半~30歳都市部OLをターゲットとしており、発行部数は約85000部。
 

 “婚活”という言葉がこんなに話題になっているのに、まだ”婚活”に本気で取り組んでいない人、”結婚”がまだ遠い夢物語の人、どちらも今こそ本気になるべきときなんです!!
 あなたが「結婚したいのにできない」理由を賢人たちの話をもとに解明していきましょう。

 この特集が秀逸なのは、婚活”賢者”(『CREA』がお好きな言葉)たちの著書の要旨からいちばんいいところを抽出していること。
 例えば、山田昌弘・中央大教授と、少子化ジャーナリスト(!?)白河桃子女史の『「婚活」時代』からは、出会いから結婚までのプロセスが80年代以降変化したという比較図と、男性未婚者の年収と未婚女性の期待のギャップを明らかにする棒グラフが引用され、「お城でいつまで白馬の王子様を待っているだけではダメ」「結婚相手への期待値を下げる」という両氏の主張の骨子が抜き出されている。
 同じように、アボガド・アッシュ氏の『婚活マーケティング』からは、自分の特徴を明確にすることと、自分を求める人を対象にするということを、ブランディング/ターゲッティングという用語で説明している。
 そして、最後のページでは、杉浦里多女史の『電撃結婚ノススメ』をもとに、結婚したい理由や自分自身の”売り”、相手に求める絶対条件などを書き出させるワークシートが用意されている。

 このように、各著者のいいとこどりをして一つの特集にまとめ上げているのだが、それがところどころで主張がバディングして雑把になっている、という印象が拭えない。おおむね、以前拙エントリーで触れた『AERA』の婚活特集の時と状況は変化ないと見て差し支えないだろう。

 すげーなぁと思ったのが、『結婚できない10の習慣』より引用した、”婚差値”診断テスト。なんでも、次の図式で偏差値ならぬ”婚差値”が算出できるのだとか。

 市場価値(30歳を50とし歳の上下でプラスマイナスしていく)+プラス値-マイナス値=結婚体質度

 で、「プラス値」とされている項目が「ひとりで外食ができない」「ファッション誌は『VERY』や『CLASSY.』が好き」「同棲はしたことがない」「過去2年間は転職や引越しをしていない」など。
 逆に「マイナス値」は、「親と同居している」「ひとり暮らしでペットを飼っている」「じつは処女だ」「今現在、不倫をしている」といったことが挙げられている。…笑ったのが、「スピリッチュアル系サロンに通っている(行ったことがある)」のもマイナスとされていること。
 いや、なんというか、こんな数値で結婚に向き不向きを判定されてしまうなんて、女性って大変なんだなぁというのが率直な感想になる。

 もう一つ、”合コンアナリスト”の水谷舞女史が出会いを積極的に求めていくことをレクチャーしているのだが、面白いのが「男の見極め方」。
 「男性幹事がイマイチならイイ男が来る可能性はゼロに近い」
 「メニューをなかなか決められない男は決断力がなく、優柔不断」
 「将来性があって上り調子の男はエネルギーに溢れていて、どんな激務でも肌はツヤツヤ」
 「チャラく見えても、シャイでも、眼力だけは誤魔化せず」
 …まぁ、身も蓋もないけれどその診断にはParsleyもおおむね同意しますが、せっかく山田先生が「相手への理想を下げよう」と言っているのに、二ページめくるとこのようなことを載っているのは、編集としてどうなのかと思ったりはしますねぇ。

 さて、この企画ではマーケティングジャンクション協力で25歳から39歳までの女性200人を対象にアンケートを実施している。
 それによると、「結婚したいですか?」という質問に対して、「絶対結婚したい!!」が71%、「結婚しなくていい!!」が29%としている。それで「結婚しなくてもいい」派は「出来るならしたいのだけど」というのを無理に割り切っている感じと断じて、山田由美子女史の「行き着くのは孤独死かもよ」という言葉を借りて、”婚活”へと追い立てようとしている。
 しかし、この「結婚したい」という数字の中身をよく見てみると、「でも、最悪できなければしょうがない」も含まれている。これを「結婚しなくてもいい」に含めれば37%。さらに、「時期は特に決めていない」という消極派が14%いて、これも足せば51%が結婚に対して消極的、というように取れる。

 『Voice』×gooニュース連動企画で、「そもそも結婚自体に価値がない」という記事を寄稿させて頂いた身としては、まだまだ「婚活」が根強いということを思い知らされる特集だった。このような動きには、これからもカウンターをしていかなきゃ、という気持ちを新たにした次第です。

 ちなみに、今号の『CREA』は「いい男大図鑑!」ということで、カラーページの大部分が男ばっか200人。表紙の玉木宏から茂木健一郎先生まで。結構面白かったから買ってみるなり立ち読みするなりしてみるといいと思うよ。

『日本インターネット報道協会』のHPができていた

 岡田外務大臣お墨付きの報道協会である『日本インターネット報道協会』がサイトもないし連絡先にもつながらない、ということは、以前拙エントリーでも取り上げたのですが、ついにサイトがオープンした模様。

 日本インターネット報道協会(Internet News Association of Japan)

 サイトが出来たことをリリースしてくれてもいいのに、水くさいなぁ。

 以前のリリースとの違いは、役員。
 平野日出木氏が幹事から外れ、「事務局長」だった元木昌彦氏、「監査」だった神保哲生氏が幹事に名を連ねている。
 平野氏が外れたのは、当然オーマイニュースが消滅したためだと思いがちだが、平野氏にメールで問い合わせたところ、2008年の10月頃には「協会に属しているメリットがない」というようにオーマイ社内で話が出て、退会と幹事退任の手続きを取ったとのことだった。

 また、「発足時の会員」である株式会社ベリタの名が、会員リストから消えている。これについては、先方に確認のメールを送ってみたなう。

 同時に、やっとメールアドレスも分かったので、同協会に今後の活動方針についてとご質問と取材依頼のメールを出してみました。
 どんなご返答が頂けるのか、楽しみにして待ってみようと思います。

「森ガール」はオリーブの夢を見るか

spoon. (スプーン) 2009年 12月号 [雑誌]
角川書店(角川グループパブリッシング)

 巷を騒がしている「森ガール」。最近では、mixiの「*森ガール*」コミュニティの管理人を監修に迎えた『森ガール fashion & style BOOK』(毎日コミュニケーションズ)など、数社からムックが発売されて、ちょっとした出版ラッシュになっていた。
 そんな中、今年の2月という早い段階で『森ガール A to Z』という別冊を出している『spoon.』が、他誌に先んじているようにも思える。

 今発売されている12月号でも、「真冬の森ガール」という企画で、ニット・ミトン・ファーといったアイテムを全面に出したグラビアを組んでいて、toi toi toia.g.plusといったブランドが雑誌のコンセプトに合わせたスタイリングを提案していた。
 「森ガール」を理解するのに、重要だなと思ったのは、表紙が木村カエラだということ。プライベートでも服などをリメイクするという彼女も、『spoon.』的には「森ガール」なのだ。mixiコミュの【森ガールな項目】の中に「手作りがすき」「雑貨屋さん巡りをついついしてしまう」というものがある。そういった意味からも、表紙・木村カエラは矛盾するようで矛盾しない。
 彼女のリメイクTシャツとインタビューの後に、クリエイターのリメイク術、ショップのリメイクアイテム、そして、余った毛糸で作るボンボンの作り方が掲載されている。個人的には、ギャラリーartist inの矢崎純子女史のリボン名刺ケースがかわいくて、早速まねしようと思いました。

 もう一つ、「森ガールのための路地裏散歩ガイド」として、谷根千・吉祥寺・鎌倉が選ばれていることも見逃せない。決して白樺で覆われた上高地、などではないところがポイント(笑)。「森にいそうな格好」をしているから「森ガール」なのであって、本当に森にいるとすればもののけ姫になってしまう。だから、散歩するのも、ちょっと古めかしい佇まいの路地が残る街や、公園や雑貨屋の多い街になるわけだ。

 ところで、『週刊メルマガクリルタイ』で不肖Parsleyが掲載している「文化系女子研究所」にて、「森ガール」の嗜好の多くは、「オリーブ少女」のそれを継承しているという指摘をした。(参照
 これは、何も私の独創ではなく、例えば『spoon.』の編集・安西由里子女史は、東京ウォーカーの記事で、『Olive』の文脈から、ガーリーなものが培われて今の「森ガール」に繋がっているということを明確に述べている。(参照

 文化系女子の前衛としての「森ガール」。本来であればそう定義づけしたいところだが、個人的にはまだここから「森文化」が生まれるかどうかは懐疑的であったりする。
 「オリーブ少女」は、いわば今の「かわいい」を規定した、最初のティーンが原動力となったファッション文化。 『Olive』から市川実和子・実日子姉妹や酒井景都が登場し、蜷川実花がガーリーフォトの潮流を作るプラットフォームの役割を果たした。ピエ・ブックスの書籍たちにも、影響が色濃い。
 今のところ、「森ガール」は「オリーブ少女」が培ってきた文化を消費するのみのように見える。実際、毎コミのムック本は、服や雑貨の通販などに力点が置かれていて、そこから何か新しい「文化」が生み出されそうなイメージは感じられなかった。
 しかし、『CanCam』の「モテ」のアンチテーゼとして浮上したというには3万7千というコミュの登録者数を集めた流れを説明するには不充分だろう。
 このコミュニティの中で、「消費」だけに飽き足らないひとたちがどれだけ現れるのか。そして、そのひとたちが「かわいい」をどのように進化させることができるのか。かつての「オリーブ少女」たちのように。
 「森ガール」が一時のムーブメントに終わるのか、それとも新しい「文化」として根を張ることができるのかは、そういったところに分かれ目があるのではないのかしら?

 そして。「森ガール」の嗜好することは、まんま「乙女男子」にも当てはまったりするのだが、それはまた別の話ということで。

『Twitter社会論』を読んだ。

Twitter社会論 ~新たなリアルタイム・ウェブの潮流
津田 大介
洋泉社
売り上げランキング: 89

 いま、Twitterに関する本の刊行ラッシュ。その中でも本書が特異な位置を占めるのは、いわゆる入門書的内容やビジネスでの成功事例を取り上げるだけにはとどまらず、Twitterを使う「人」と「社会」とのつながりそのものにフォーカスしている、ということが挙げられるだろう。紀伊国屋書店新宿本店の手書きポップによれば、「これを読まずして’10年代を迎えること勿れ!」とあった。まぁ、それは言いすぎだと思うけれど(笑)。

 本書では、「新しい情報流通インフラ」としてのtwitterの特徴として、「1、リアルタイム性」「2、伝播力が強い」「3、オープン性」「4、ゆるい空気感」「5、属人性が高い」「6、自由度が高い」といったことを挙げている。
 中でも、リアルタイムに同期していることによって、より現実世界と深く結びつくインフラとなったことが、「個々人が今直面している現実をトリガーに様々な情報発信を行うことで容赦なくその人の思考や価値観が明らかになっていく」。そして、ユーザー自身の思考にフレームが出来ていくという指摘が特に重要だ。この、個人の行動や思考の「コンテンツ化」こそが、ヘビーユーザーが増えている理由を端的に示している。

 第2章では、ツイッター中継、いわゆる「tsudaる」技術が紹介されている(自分で命名したわけではないと主張なさっているところが微笑を誘う)。

 1 配布資料はあらかじめ確認する
 2 スライド上の数字やデータを見逃さない
 3 オイシイ発言を見逃すな
 4 「つまり」「要するに」を待て
 5 文字数はとにかく節約

 この「tsudaる」行為について、筆者は「ジャーナリズム」だと明確に意識されており、多くの「市民記者」が増えることによって政治に影響を与え、既存のジャーナリズムを補完することが出来ると主張されている。
 実際、第三章では60ページ程を費やして、Twitterと、ジャーナリズム・政治との関係について、実例を紹介しつつ、「急速に政治性を帯びてきている」ことを指摘している。
 筆者は2008年の中国・四川省の大地震、インド・ムンバイのテロにおけるBBCの誤報事件、今年1月のニューヨークの旅客機不時着事故でのTwitterでの一報を引き、その「伝達機能」の破壊力とデマの危険性を指摘、投稿された真偽の不確かな「0.5次情報」の信頼性を担保して「1次情報」にするプロセスが重要になるとしている。
 「監視機能」としてはモルドバやイランのような政府当局の情報統制に対抗する手段としての直接的政治行動のほかに、穏健な権力(民主主義国家)に対する政策決定のプロセスを透明化するということがある。現実社会に深く結びついたTwitterは「人間を現実社会で動かすための起爆剤」になっており、「監視」をするのにはうってつけだと筆者は指摘する。その上で、既存メディアが行えない、選挙公約や法律施行などのチェック機能の一端を、一般ユーザーが担うことを期待しているようだ。
 そして、「アジェンダ構築機能」。信頼性の担保や個人の嗜好とマスとの差が埋まるかどうかがポイント、としている。
 この点に関しては、brainparasiteさまがおっしゃるように(参照)、平沢進師匠が「平沢唯じゃない」とつぶやいてフォロアーが一万を超えるが、13万ものフォロアーを抱える勝間和代女史がデフレ脱却を求める署名アカウント(@anti_deflation)を告知して2500人超といったところだというあたりに、現状の日本のtwitterの限界点が見えるように思える。

 日本の政治家は、既存メディアに頼らない発言の場としてブログにこぞって参入しており、twitterを利用している議員さんはまだまだ少数だ。しかし、『みたいもん!』様と『ネタフル』様の『ツイッター 140文字が世界を変える』藤末健三参議院議員によって首相官邸に持ち込まれるなど、関心が高いことは事実だろう。
 本書では、twitterを議員が使うことに対して、主に逢坂誠二衆議院議員を例にして、有権者に政治に興味をもってもらい、より身近に感じて欲しいということが大前提だとした上で、「政治への参加意識を高める」という役割を果たし得るのではないか、としている。
 個人的には、もう一つ上のレイヤー、政治家に直接アクセスする手段としてのtwitterという役割も果たし得るのではないか、と思う。
 10月31日に開催された駒澤大学のシンポジウム『ブロガーが問う!ネット時代の政治とメディアの新たな関係』では、『ガ島通信』様がtwitterでDMしたことで浅尾慶一郎衆議院議員の出席が実現した。
 同シンポジウムで、浅尾議員はメール等で意見や陳情が送られてくることに触れて、「メッセージを伝えるにしても140文字以内にまとめてもらえると分かりやすい。1000字読んで石だった時は疲れてしまう」と述べている。(参照
 このように、既にtwitterの影響を受け、実際に政治活動に生かしている議員がいらっしゃるということは、「政治参加の喚起」だけではなく「政治参加」そのものへコミットできる可能性もあるのではないか、と思う。

 巻末には、著者と勝間和代女史との対談「つぶやく力」も収録されている。ここで印象的だったのは、お二方ともTwitterの可能性は認めつつも、非常に冷静に捉えていること。ネット発で売れる人の多くが、ネットだけにとどまらず、当人の能力が高かったり面白かったりしているから評価されている、という当たり前のことを確認しているし、日本での「キャズム超え」にはケータイユーザーの存在と、「IT素人による意外な使われ方」が必要としている、というのは頷ける話だ。
 これから、今は前略プロフあたりにいる女子中高生がtwitterを使ったときに、一体どういった使われ方になるんだろう? それとも見向きもされないのかな?

 筆者は総じて、ことさらTwitterの面白さをデフォルメして伝えることなく、淡々とした筆致で今後Twitterが社会のインフラになりうる可能性を論じている。
 それでも、個人が変わることでオープンで自由な方向に変わっていくためのトリガーとしてTwitterに寄せる期待が時折迸っている。
 「おわりに」には、次のような一節がある。

 社会なんてなかなか簡単に変わるものじゃない。変えるには、個人個人がリスクとコストを取って実際の社会で何かしら動く必要があるからだ。変わらないことに絶望していろいろあきらめてしまった人もたくさんいるだろう。それでも、人々が動くための一歩目を踏み出すツールとして、ツイッターは間違いなく優秀だ。何かをあきらめてしまった人が、ツイッターを使うことで「再起動」できれば、少しずつ世の中は良い方向に動いていく。そんな希望を持ちたくなる、得体の知れない力をツイッターは持っている。

 Parsleyも、筆者の「希望」に共感を覚える。そして、この言葉が、まだTwitteに触れていないひと、面白さが分からないというひとに届きますように。そんなふうに願わずにはいられなかった。

『PS』12月号を読んだ。

 表紙はこれが初となる吉高由里子。ファーベストに帽子、長袖ニットにファー付きミトン、ヘッドバンドにカーディガンといった、さしずめ「冬の森ガール」といった印象を受ける。でも、趣味はという問いに「パソコンのネット通信対戦」と答え、「対戦中のコメントは妙に強気(笑)」という、サイバーな吉高さんなのだった…。

 11月号の着こなしもなかなか勉強になったが、今号もロングニットカーディガンやサルエルパンツ、大判ストールなどの人気アイテムはどれも素敵で目移りしそう。35Pのmysty womanのカーディガンは、たぶん買う。
 また、68Pより4ページにわたって、足元のコーディネートの特集が。タイツ×柄レギンス、カラータイツ×トレンカ、レギンス×レッグウォーマーなど、複雑かつ多様になっていて、「これが正解!」というものはなくなってきている。だんだん、奇をてらった者が目立つ、といった感じになっている?

 一ヶ月の着まわし術企画は、入夏の”ゆるミリタリー”。もはやPSのエース格にまで成長した彼女の表情からは堅さはなくて、貫禄すら漂い始めている。
 中綴じに『PS MODELS “Happy” BOOK』という、出演モデル14人をフューチャーした中でも、菊地亜希子やアリスといった常連に存在感で負けていない。

 面白企画としては『JK(女子高生)ライフ追跡SNAP』。「彼氏のタイプでイチバン多かったのはやっぱり”草食系”」って絶対ウソだろ(笑)。Suzy’s ZooのBoofのグッズを持っているコは、たしかにちょこちょこ見かける。しかし…彼女達の持ち物を見て今いちばん即物的/実用的な人種なんじゃなかろうかとひとしきり考えてみた。

 最後に、毎号掲載されているパブ記事の『くるまデート劇場』。今月は須藤元気に、プジョー207HBという組み合わせ。申し訳ないけれど、今までで一番爆笑させて頂きました。ごちそうさまです。

『ニコニコ動画が未来を作る』を読んだ。

ニコニコ動画が未来をつくる ドワンゴ物語 (アスキー新書)
佐々木 俊尚
アスキー・メディアワークス
売り上げランキング: 2113

 献本頂きました。ありがとうございます。
 タイトルにニコニコ動画とあるのだけど、実際にその開発や将来の展望について書かれているのは、約300ページのうち50ページあまりに過ぎない。
 だが、ドワンゴという会社に吸い寄せられるように集まった異能たちが、どのようなバックボーンを持ち、日本のPC・ケータイのシーンを作り上げていったのか、ということが活写されており、どの要素が欠けてもニコニコにはたどり着くことは出来なかったということを詳らかにするには説得力充分だ。

 まず、『月刊マイコン』『BASICマガジン』によって培われた、ゲームプログラミングの土壌とフリーウェアが流通する草の根BBSの中から、ドワンゴの副社長になる森栄樹氏やニコニコ動画を開発する戀塚昭彦氏らが参加するBio_100%というゲーム制作集団が現れ、『Super Depth』が当時のマニアたちに熱狂的に受け入れられるところから物語がはじまる。

 次に、Windowsの登場によりPC/ATの自作パソコン文化が生まれ、ビデオカードやモデムをソフトウェアとパッケージにして売りまくった、川上量生・現ドワンゴ会長が登場する。
 彼がDWANGOという会社のインターネットネットワーク対戦システムを見つけ、モデムにソフトをバンドルして売ろうする。その矢先、ソフトウェアジャパンが倒産し、呆然としているところ、後にマイクロソフトのXbox営業部長になるジェイムス・スパーンが交渉して日本に新会社を作り出資することをDWANGOに同意させてしまう。こうして、「ドワンゴ」という会社が誕生する-。

 その後の、「廃人軍団」達のドリームキャストの通信対戦部分開発のデスマーチ、iモードのゲーム開発、着メロ・着ボイスの成功と着ウタフルの普及による凋落、そしてエイベックスからの出資…。疾風怒濤、まるでジェットコースターのように展開されていく流れは、『プロジェクトX』ばり。2030年くらいには、本書を原作にした大河ドラマが放映されているんじゃないか?
 そう思わせるぐらいの筆者のストーリーテリングには舌を巻くほかないだろう。

 個人的に、特に印象的だったのが、川上会長が着メロ事業を展開していくうちに芸能界の人間と付き合うようになり、個人の看板で勝負しているというこの業界のことが好きになった、というくだり。大手のプロダクションやテレビ局、広告代理店という会社に所属はしているが、個人と個人の人間関係が重視されるということが、「会社の知名度と肩書きだけで相手を判断するのに比べると、これってすごい公平だな」と感じたという。
 ドワンゴという会社が出来上がるまで、同じように異才と異才とが出会い、コラボしてモノを作り上げていくという過程を経てきた川上氏らしい感覚だな、と思うけれど、ブログなどのソーシャルメディアが普及するにあたって、社会全体がそのような方向に寄っていきつつある。ドワンゴの仕事のスキームは、そういったことも先取りしたように思える。

 さて、本書では最後に、ニコニコ動画、そしてコンテンツ業界全体としての課題として、マネタイズを挙げる。
 それを、『俺のロードローラーだっ』の作者であるhc氏の口を借りる。

 (中略)ニコニコ動画で作成された楽曲がパッケージされ、それが流通に乗ったりすると、嫌悪感を感じてしまうのはなぜだろう。
 ボカ廃やMADの作者から見れば、「せっかく使ってやったのに」「応援してやったのに」と感じる人も少なくないだろう。作品を作るために使うボーカロイドソフトの調教も、誰が発明したのかよくわからなくなっている状況で、みんなが様々な要素を取り入れている。だったらその要素を発明した人に、どうしてお金が入っていかないんだろう。

 筆者は、広告代理店モデルが機能不全を起こしてアドマーケットプレイスになったようなことと同じような形態が、クリエイターの世界にもやってこようとしていると述べ、「どこでお金を生み出させて、どうやってクリエイターに還元していくのか」という問題を提起する。が、結論は「まだない」とし、「ニコニコ動画こそが、最初のスタート地点なのだ」と締めている。

 このコンテンツ制作者への還元が、現状ではアフィリエイトと、「投げ銭」モデルしか提示されていない。ここに新たなアーキテクチャやシステムが持ち込まれるのか、持ち込まれるとするならいつなのか-。
 それは、今後のIT・ネットサービスやコンテンツ業界全体の、大きな大きな宿題といえるだろう。