退屈な選挙の取るに足らない雑感

 Twitter / Parsley: 投票完了! #tohyo

 そんなわけで、国民の権利を行使して参りました。
 ちなみに、Parsleyは小選挙区は自民党候補者、比例区は自民党、最高裁裁判官国民審査は、那須弘平裁判官、涌井紀夫裁判官に不信任の「×」を記して投票しました。

 しかし、今回の選挙はやけに淡々と進んで、マスコミの報道を横目にして呆然としたまま選挙戦が終わった、というのが正直な感想になる。もっとはっきり言えば、つまらない選挙だったなぁ、と。
 本来は、とても劇的なシチュエーションだったはずなのに。なにしろ、初代自民党総裁・鳩山一郎の孫である鳩山由紀夫民主党代表が、自民党を倒して政権交代の実現に迫る。そして、相手の自民党の首領は、吉田茂の孫の麻生太郎首相。歴史的因縁ありまくり。寡聞にして、私はよく知らないけれど、どっかの誰かかマスメディアは、このあたり煽ったのかな?
 このように、お膳立ては出来ていた。にもかかわらず、少なくとも私が退屈に感じた理由は、何なのだろう?

 思いつく理由は、以下の3点。

 (1) ブログ・ネット界隈での盛り上がりのなさ
 (2) 「祭り」としてのエンターティメンテント性の不足
 (3) 「旧勢力」vs「新興勢力」という戦いの図式にならなかったこと

 (1)に関しては、ネット上(特にTwitter)で選挙期間中に選挙応援とみなされる主旨の発言をすれば全て違法認定という結論が出た、という情報が掣肘になって、結果的にネットユーザーを萎縮させた、ということが大きいように思える。
 さらに、2005年の「郵政選挙」の時の有力な論者の、ほとんどが活動を止めている。「ネット論壇
」が、2007年に続いて(参照)今回も形成されなかった理由の一つに、ハブとなる有力な論者が登場しなかった、ということが挙げられるのではないだろうか。

 「選挙は祭り」ということで、MIAU主催の「インターネットと選挙・政治を考える」シンポジウムのパネラーの一致した見解だった。(拙エントリー参照
 で、あるならば。今回の選挙は祭りとしてのエンタメ性が足りなかった。民主党は「政権交代」を連呼し続けるだけで、他に特別なことはやらなかった。どこに誰が来て何人集まった、という話も聞かなかった。各党の街頭演説を何回か見たが、支持者の集まりを遠巻きにして横目に過ぎる一般人、といった、オールドファッションな図式ばかりだったように思える。
 ネット上での盛り上がりは、麻生首相が「金ないのに結婚するな」発言があったくらい? 自民党が仕掛けたネガティブキャンペーンもそれほど話題にならなかった。これは(1)の要因とリンクする。
 『広報会議』などを読むと、今回の選挙で広報が果たす役割は薄いだろう、という話になっていたが、その予想通りになった。このあたり、個人的につまらないなーと感じた一番の理由かな?

 で、私的には(3)が、非常に憂鬱というかなんというか。
 2005年の選挙は、「郵政改革」という土俵を設定して、徹底した広報・マーケティング戦略で空中戦を仕掛けた(R30様の記事参照)。
 それに対して、今回は自民党田中派直伝の「どぶ板選挙」を、小沢一郎前代表が実践し、大勝利に導いた。(参照
 民主党は、昨年の福田前総理が辞任した頃から、ずっと選挙モードで、街頭に立ち、こまめに集会を開いていた。麻生自民党は、不況を理由に解散を後延ばしにしていたわけだが、結果を見ると民主に利したようだ。
 つまるところ、昔ながらの選挙手法が、今も通用することが証明されたわけだ。
 で、民主党はテレビ広告などではなく、新聞・週刊誌を重視したパブ戦略を取っていた。これも、2004年以前の選挙戦での常套手段。「民主大勝利」が報じられることのバンドワゴン効果も、多少あったのではないか。
 そりゃ、マスコミが「歴史に関与している感慨を覚える」のも無理ないわ。(参照
 自民党は、mixiなどネットに積極的に広告を打ったのに、効果ゼロ。これも(1)の影響が濃い。

 で、一番憂鬱なのが、ネットでの政治の議論と、実際の選挙戦で展開された争点があまりにもかけ離れすぎていること。
 先に挙げたネット選挙の解禁、という部分は勿論だが、社会福祉政策でも、例えばベーシックインカムの導入が可能かどうか、といった議論がなされているにもかかわらず、未だに「安心できる暮らし」といった曖昧な言葉でお茶を濁され続けている。これは自民・民主どちらも変わらない。

 そして、ネットでの論者だったり、若年層の意見だったりは反映されない、という構図も変わらなかった。今回の選挙で、ネット側で出来たことはせいぜい「投票に行こう」と呼びかけることぐらいだった。これじゃあ、何も変わらないよね、と思う。

 こんな繰言を書く間も、民主の票がどんどん伸びていく。やっぱり小選挙区って、オセロのように一気に逆転があるのはスペクタクルだな(笑)。
 ここからは、自民で誰がきのこるのか、公明党がどう動くか、そして、Facebookなんかに広告入れていた幸福実現党の得票数で、エルカンターレのチカラがどんなもんか、計測出来ることに注目したい。

命短し、乙女男子たるもの物欲に逆らうべからず

 皆さん、乙女男子と、草食系男子って混同していませんか?
 この前も、ドラマ版『オトメン』で佐野和真くん扮する橘充太が「草食系な乙女男子」って言わされていました。ちょっとシナリオライターのセンセイ、それ用法間違ってます!!
 この二者が、似ているようで非なる存在なことが顕在するのは、「好き」なものに自覚的であるかどうか、というところにあるのだと思います。
 例えば、料理が好きとか、編み物が好き、カワイイものが好き、といったはっきりした意識が乙女男子にはあります。
 対照的に、いわゆる「草食系男子」(そもそもその存在を、Parsley的には否定したいのですが…参照)恋愛に限らず、物事に対しての好悪が余りない人種のことを指しているような印象を受けます。
 だから、「草食系男子」に向けたマーケティングなんて、そもそも成り立たないのです。物欲がない人にモノを買わそうと一生懸命頑張った皆さん、ご愁傷様です。

 一方で、乙女男子は「好き」なものに対する物欲に逆らいません。カワイイものと出会えること。もしかして一期一会かもしれない。そのことを惜しむのです。もしかして、今日本で一番財布のヒモが緩い人種かもしれません。
 私個人としては、ピエ・ブックス刊行『和な文房具』で紹介されているような、便箋やしおりにときめいてしまいます。ついでに言わせて貰えれば、この本を購入したときは装丁の可愛さでの衝動買いでした。

 このように、「好き」ということに自覚的で、そのためには投資を惜しまないのが、乙女男子という人種なのです。

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glaceau vitaminwaterがヘン(でもおいしい)。

 ※この記事は「glaceau vitaminwater」のPRエントリーです。

 先日、『小鳥ピヨピヨ』様よりメールを届きまして、「カラフルすぎるお中元をお送りします!」とのことだったので、伝説の代々木タリーズまでお伺いして、頂いたのが、上の画像のふろしき包み。
 中には、確かにカラフルなペットボトルが6本入っていました!

 アメリカ発の健康飲料とのことなので、さぞや合成着色料を使っているのか、という偏見を持っていたParsleyですが、この「glaceau vitaminwater」は保存料、合成甘味料、合成着色料は一切不使用で、日本の水を使っているということ。
 左の赤いものがドラゴンフルーツ、真ん中がレモネード、左の黄色に緑ラベルがレモン&ライム。

 サイトを覗くと、「果報は寝て待て」という言葉の後に、「ただの水にさようなら。どれ飲む」というサイト名で、時計があって、「この時間のおすすめ」の味をちょっとおせっかいなコメントつきで紹介してくれるという、なかなか遊びココロある感じだった。

 ペットボトルやラベルも凝り性なひとがデザインしたっぽい。ちょうど親指と人差し指で持つのに最適なところにへこみがあって持ちやすいし、キャップの口径が広くて飲みやすい。
 しかしなにより、ラベルに書いてある、文言がヘンだ。一例として、ドラゴンフルーツ味のものを引用する。

人間は、追いつめられると通常では考えられないチカラを発揮する。”火事場のバカヂカラ”である。理性のパワー制御回路が解除されるらしい。”バーゲン会場のオバチャン”なんかも似た現象だろう。制御不能な感もある。”彼女にフラれそうになった時のオトコ”もまたスゴイ。真夜中の長電話。天才的にクサいセリフの数々!彼女にしてみれば、もはやウザイだけの場合が多いけど…。

あるスポーツ選手は、必要なとき必要なパワーを引き出せるらしいけど、フツウに生きてたらそんな起用にはいかないよね。同じようにこのドリンクを飲んだからってパワーを引き出せるわけじゃありません。そもそもキミに潜在能力があるかもわからないし…。

 おかしい。そうとうにおかしい。全ての味に、こんな意味不明のコピーが並んでいるので、それを楽しみに買ってみるというのもよいかもね。

 それで、『小鳥ピヨピヨ』様によると、「凍らせて溶けたのをチビチビ飲むのが好き」とのことだったので、私も真似をしてみた。

 たしかに冷たくておいしい!! けれど、成分が分離してしまうのか最後の方が薄くなってしまうのが、この飲み方の難点かも…。
 どちらにしても。色からは想像できないくらいほど飲みやすい。口やのどにイヤな後味が残るようなこともなく、体内にす~ぅっと吸収されていく感覚。

 聞くところによると、今はまだ都内の一部で展開されているだけだけど、秋には全国展開されるそう。
 私が確認した限りでは、新宿紀伊国屋書店本店と、新宿ピカデリーの間の自動販売機には、既に5種類とも揃って入っていた。(地図

 日本では、まだTVCMはやっていないようだけど、海外では放映している。テーマは「Try it」らしい。ラッパーがコンダクターとバイオリン弾いて、オーケストラがラップ調のリズムで演奏している。

 そんなこんなで。かなりスタイリッシュな飲み物なので(乙女男子的には、ちょっとスタイリッシュすぎという印象ですが)、ファッション感覚で持ち歩くというのもいいかも。けど、コピーにあるように、別にそれでアナタがカッコよくなる、というわけではないということを忘れずに(笑)。
 とにかく、あまりにもラベルのコピーがヘンすぎるので、一読の価値はありです。それを読むためだけに手にとってみるというのもアリなんじゃないかなーと思いました。
 

MARC BY MARC JACOBSのムック買っちゃった。

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 最近のブランドを前面に出したムックって、付録で吊るディアゴスティーニ商法で、あんまり好きじゃないのだけれど、今回ばかりはマークBYマーク・ジェイコブスと宝島社に負けた!!
 アサガオ(?)を配した装丁もカワイイけれど、とにかくブラック字にモノトーンのリンゴが並び、アクセントにハート柄というコットン素材のトートは結構大きめで使いやすそう。

 しかし、つい買ってしまったのだけれど、なんか「負けた」感があるんだよなぁ…。
 手元不如意で節約しないといけないというのにぃ…。

全てのサイトはメディアなんだってば!

 『ウェブはバカと暇人のもの』で、ネット界隈から罵声を一身に浴びている中川淳一郎氏。ちなみに同書は未読なのでコメントは控えさせて頂きます。
 で、サイゾーのインタビュー記事。

 中川淳一郎氏に聞く「ブロガーイベントはなぜ終わったのか」(日刊サイゾー)
 
 「この前ビール5リットル飲んで完全に酔っ払った状態で捨てアカ取ってツイッターに卑猥なことを書き続け、有名ツイッターユーザーに返信しまくりました」というくだりで大爆笑してしまったParsleyなのだけど、はてぶの反応とか見てるとマジメに怒っていたり呆れていたりしているひとが多くて、ちょっとびっくりした。

 で、センセーショナル(?)な部分に隠れて、極めて重要な視点が語られているのだけれど、誰も触れていないみたいなので、ちょっと記しておこうと思う。

 企業自体が編集部を作って、自社の商品情報をPVを取るような面白いニュースにして各ポータルサイトに配信すればいい。ポータルサイトも企業を取り込みたいから契約するのではないかと思います。
 (中略)
 酒井法子や押尾の記事がずっとヤフトピに乗り続けるネットの中で真面目に「このリッチなアロマテイストが……」なんて説明しても絶対読まれないし、ヤフトピにも上がらない。もっとどんどんバカなことをやってネットにすり寄っていけばいいと僕は思っています。例えば、サントリーの「プロテインウォーター」CMに出てくるゴリマッチョ・細マッチョの浴衣を製造元であるサントリーの女子社員が着てみました……とかね。

 広告代理店出身の中川氏らしいプロモーション・マーケティングの提案だなぁ、というのが率直な感想だが、企業がプレスリリースから一歩進めて「ニュース」を配信する、というアイディアは、真剣に検討されるべき事案だと思う。

 というか、これだけWebが広がっていると、クローズドな部分を除くと、企業サイトも個人ブログもパーマリンクがあるすべてのページが、「メディア」として機能するということを、理解していないひとが多すぎる。
 百歩譲って、プロテインウォーターのプロモーションの担当者が知らないことは仕方がないとしても、発注先のWeb制作の人間やマスメディアの人間でさえ、そのことに対して分かっていない場合が往々にしてある。
 だから、FLASHをがんがん動かして、その出来にクライアントは満足しているけれど、実は静的なホームページが、未だに量産されているわけだ。
 で、しばらくすると、SEOやアドワーズ広告で、検索エンジンの上位表示にこだわり出す、といったステップに移行するのだけれど、確かに「興味」を引いてPVは増えたとしても、商品を買うといった直接の行動にユーザーが動かない限り、そのサイトはこれまでのブランディング目的の広告と何も変わらない。

 もちろん、先を見ている人は先を見ている。『smashmedia』様は、昨年の11月に「ECサイトのメディア事業戦略の資料を作った」という記事で、

 ・リスティング広告はやがてパフォーマンスに限界が来る
 ・アフィリエイト経由の売上構成比が高まると原価率を圧迫する
 ・専門メディアの価値が高まり、ECサイト自ら運営するケースも増える

 このように明確に述べていらっしゃる。
 それより前、2007年に刊行された『モバイル大変革時代のケータイ通販ビジネス』の中で、CAモバイルの向井克成氏が、「通販とはいえ、これもメディア事業の一部」とし、コンテンツと物販を一体化したモバイルサイトを運営している、と語っている。同氏の言葉を借りれば、「安い」ではなく「面白い」を目指している、のだという。完全に「メディア」な考え方だ。

 でも、状況が一向に先に進まないのは、先述したようにクライアントはもちろん、Web製作者が「メディア化」という概念を持ち合わせておらず、クライアントに対して説得力ある提案を行うことが出来ないこと。そして、企業の広報の貧弱さ、この二点が挙げられるように思う。
 結局、ユーザーに対するアテンションがないと何もはじまらない。これまでは、検索エンジン、もっと言えばYahoo対策合戦だったけれど、似たような情報が氾濫して情報の差別化が図れなくなっている。そこで、ユーザーにとって「面白い情報」をいかに提供できるか、というところに焦点が集まるはずだ。

 そんなわけで、バカでも暇人でもないひとは、先々の商売のために、自社をいかに「面白く」売っていくのか、ということに知恵を絞らなければならない。
 ひいては、個人レベルでも、同様のことが起こるはず。尖がってナンボ。叩かれ上等。「バカ」と「暇人」とは、要するに、「面白くない」ひとのことだ、と私的には解釈することにする。

「選挙だワッショイ!」…かぁ。

 第45回衆院選の公示日がもうやってきた。
 個人的には、今回の選挙が行われる意味というやつが、そもそもよく分からない。麻生内閣は失言はしたかもしれないけれどクリティカルな失策をしているようにも思えないのだけれど、各週刊誌の事前予測やナマ数字によると、前回の自民党以上の大勝を民主党がすることになるらしい。何が起きているのかぜんぜん分からない。
 各党のマニフェストを読み比べてもみたけれど、読めば読むほど、「?」マークが並ぶ。というか、総論で一つの党を選ぶって、無理じゃね? 各党とも賛成できる部分と絶対反対な政策が混在しすぎている。
 一つ言えるのは、各党とも日本という国をどうデザインするのか、という面はあまり見えないなぁというのが正直なところになるかな。もしかして、これまでの選挙で一番投票行動に悩んでいるかもしれない。

 ま、Parsley自身のことはひとまず置いておいて。
 先日、MIAUによるシンポジウム「インターネットと選挙・政治を考える」を観に行ってきた。
 その時の模様は、各ソースをご参照いただきたく。

 ・【レポート】8月14日「インターネットと選挙・政治を考える」シンポジウム(サーチナ)
 ・日本でも「オバマ現象」起きるか 「ネットと選挙」考えるシンポ開催(J-CASTニュース)
 ・ネットと選挙・政治を考えるシンポにホリエモン登場(アメーバニュース)

 私が気になったのは、パネリストの皆様が、「選挙は祭りだ」と口を揃えていたこと。
 堀江貴文氏は「田舎は娯楽がないから選挙は数少ない祭だ」と述べた上で、「僕も一緒に選挙を闘った人たちとは、何か熱いものを分かち合った気がする」として、若者にその熱さを体感させる意味でも、選挙ボランティアは義務化してもいいくらい、とおっしゃっていた。
 『オバマ選挙』研究の第一人者である田中愼一氏は、「オバマはネットを使って【チェンジ】祭を起こした」と述べた。それに追従する形で、岸博幸氏は「共感を集めることですね。『チェンジ祭』であり『共感祭』」が政治を動かすとおっしゃっていた。
 ふーん。ということは、民主党が「政権交代」を連呼することは極めて正しい戦略、ということになるなぁ。
 逆にいえば、「マニフェスト」の比較による選挙だなんて、嘘っぱちってことなんじゃ、ともやもやした気持ちを抱えて、会場を後にした。

 一つ、気になっているのは、2005年の衆院選は女性票が帰趨を決することになったということ。
 『極東ブログ』様の「今回の選挙は女性の選挙だったなぁ」という記事を受けてParsleyも与太エントリーを記しているのだけど、当時自民党に流れた女性票がどう流れるのか、よく分からない。
 MIAUのイベントの出席者は9割が男性で、中継を行ったニコニコ動画もだいたい平均25歳男性がコアユーザーだと仮定すると、どの党もM1層を軽視しても構わない、ような気がするのだが。
 F1層には「子育て支援」「少子化対策」といった政策が響きそうだけど、彼女たちのナマの声ってどこに反映されているんだろ? 発言小町を覗いてみても政治に関することは一切ないし…やはり既女板か??

 そんなわけで、Parsley的には「???」な選挙ではあるのだけれど、どうやら「祭りだワッショイ」ということは間違いなさそうなので、せっかくだから楽しませて頂こうと思っている。
 「祭り」といえば、『ガ島通信』様が、「衆議院選挙の投票行動をブログにアップしよう」と呼びかけていらっしゃいます。「選挙だワッショイ!」ということで、私も30日には参加したいと思います。

乙女男子のマンガよみあわせ(1)

 「乙女男子が読むマンガ」ということで、月イチでマンガを紹介していこうと思います。なんか、雑誌とかで画評が載るマンガも、リトルプレスが好んで取り上げるマンガも、Parsleyの好みとはちょっとズレているので、それならば自分でやってみればいいんじゃん、というのが動機です。まぁ、月一回ということ以外は、自由にやっていきます。

 それで、記念すべき第一回は海野つなみ先生の『回転銀河』第6巻
 高校生の、純粋で、やさしく、時に残酷で脆い「愛」をテーマにしてきた『回転銀河』シリーズ。今回は、美しき悪魔こと双子天野兄弟の兄・優と、ミス・ニュートラルこと和倉ちゃんとの関係の変化がテーマ。
 優は、弟の賢に彬子さんという恋人が出来てから、それまで完璧だった兄弟の世界に穴が開き、「孤独」を強く意識することになるのだが、そこに入り込んだのが、手芸部で帽子作りが趣味の和倉ちゃん。もともと興味を持って近づいたのは天野兄弟の方なんだけど。(3巻
 優は、和倉ちゃんが自分のことを好きになるように仕向けるのだけれど、それが「一番スタンダードな愛情の欲求」(5巻の賢の言葉)だと見抜かれてしまう。他人に見られることに敏感な優としては、自分に似合わない=見劣る和倉ちゃんに対して「愛情」を持っていると認められない。
 ここから、優の七転八倒がはじまるのだが、和倉ちゃんはマイペースなのでまったく動じることなく…。
 結局、ふたりはいろいろあった後に彼氏彼女になるわけなんだけど、卒業式の日に、早朝デートをした際に、和倉ちゃんが「孤独じゃない人間はいない」という優に対していう言葉が、今の時代のコミュニケーションを図らずも的確に表現していて、とても素敵なのだ。

 つまり 誰かと同じ気持ちで笑ったり泣いたり 怒ったり
 本やテレビ見てあるわーって思ったり 歌聴いてグッときたり ネットで同じ意見の人探したり…
 そっかあ
 そうやって みんな誰かと気持ちをつなげて 世界とつながってるんだねぇ

 それに対して、「一度しか言わないぞ」という優の”最上級の愛の言葉”も、劣らず素敵だ。

 おまえは 自分で思ってるより凄い奴だよ

 ひとって知らず知らずのうちに、他人や物事を色眼鏡で見てしまう。視野がいつの間にか狭くなったりするし、自分を大きく見せたいという欲求に苛まれたりもする。
 そんな中、「いつも肩の力が抜けていて、片寄りのない目で広く世界を見ようとしていて、その眼差しはとても優しい」和倉ちゃんは、普通だからこそ、スペシャルな存在なのだ。読者にとっても。

 余談になるが、『FRaU』9月号が読書特集を組んでいて、総勢116作品を紹介している。ここで、「少女マンガ」ではなく「女子マンガ」という、新しい言葉を登場させているのは注目したい。「いくつになっても好きなものは好き!」という潔いネーミングだと思う。
 その中で、精神科医の名越康文氏ら男性4人が出て、「僕ら、胸張って、女子マンガ好き」という見開き2ページがあるのには笑った。
 マンガだけでなく書籍特集も充実しているので、本好きは一読の価値ありです。

世界の不況は女子の物欲が救う?

 『Sweet』の9月号。「スウィートガールの”コレ欲しい”リスト230」に、「世界の不況は女子の物欲が救う!」と、能天気なほどアクティブなキャッチコピーが付けられている。
 今や『CanCam』を凌ぐ勢いの『Sweet』だが、ちょっと面白いなと思うのは、このような「対社会」といったキャッチを時々打ち出してくること。同じように注目を浴びている『小悪魔ageha』なども「不況っていっても生まれたときからそうだし」みたいなコピーを出していたりしている。
 「じぶん」のことを前面に押し出した『CanCam』系から、社会の状況に対する「じぶん」という立ち位置のある『Sweet』や『小悪魔ageha』へ。このあたりのギャップは興味があるなぁ。

 もちろん、サイゾーウーマンの記事で指摘しているように、ECサイトへの通販や、豪華付録の効果が絶大だということは間違いないだろうけれど。
 今号では、浜崎あゆみをカバーガールに起用してグラビアと新曲に関するインタビューを掲載しているし、土屋アンナや黒木メイサ、鈴木えみ(相変わらずカワイイ)、加藤ミリヤを起用した「狙い撃ちアイテム」など、誌面作りも手を抜いていない。それに、梨花がモデルの「kitsoon studio」、吉川ひなのが出ている「PAUL&JOE SISTER」などのパブ記事の「質」が非常に高いことは、見逃せない。

 と、いいつつ、Parsleyも「PAUL&JOE SISTER」のビックサイズトートバッグが付録じゃなかったなら買ってませんけれどね(笑)。
 『Sweet』史上最大、というだけあってかなりの容量があり、本を買い込む時などに重宝しそう。


『仕事をするのにオフィスはいらない』を読んだ。

仕事するのにオフィスはいらない (光文社新書)
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 献本を頂きました。ありがとうございます。
 だから言うわけではなく、冗談抜きで、新卒社員・就職活動中の学生から、経営者まで、皆すぐに入手して熟読するべき。これまでのところ、今年の新書ナンバー1は、『モデル失格』などではなく、本書です。

 「ノマド」とは、本来「遊牧民」という意味で、ここでは「オフィスのない会社」「働く場所を自由に選択する会社員」といったワークスタイルを実践している人のことを指す。イギリスの『エコノミスト』が、2007年に「ついにやってきたノマド時代」という特集で始めて使われ、「テクノロジーで武装したフリーランサーたち」のことを指している。それを筆者は、会社員にまで広げて、そのようなワーキングスタイルを推奨し、実践のためのノウハウを指南している。
 こういったスタイルがどうして可能になったのか。筆者は、ブロードバンドの普及、サードプレイス(スターバックスやルノアールといったカフェ・喫茶店)、クラウド(全てのデータをPCのハードディスクではなくインターネット上に保存すること)という3つのインフラの発達・普及を挙げている。
 ノマドワーキングを実践するために、時間や膨大な情報をどのように個人がコントロールするのか、仕事をしていく中でどう他者と協力してビジネスにしていくのか、実例をもとにその方法を紹介している。
 そしてクラウドの活用法。、gmailからiPhoneといった代表的なものを効率よく利用するためのTIPSが満載で、これだけでもこの本を一読する価値はある。個人的に驚いたのは、日経テレコン21が証券会社の口座を開くと、高額な使用料が無料になるということ! これは即、野村證券の口座を開きたい。

 梅田望夫氏の『Web進化論』は、主に人間・マインドの変化にフォーカスした本だった。本書はそこから一歩踏み込んで社会のありかたの「進化」までを語っているということは、極めて重要だ。
 「ノマド」が何が凄いかといえば、仕事のスタイルにとどまらず、ライフスタイルや社会のありかたまで大きく変容させる可能性があること。オフィスに通勤しないのならば満員電車に乗る必要はなくなるし、会社という組織自体に所属しなければならない、ということもなくなる。そして、そういった生活では、時間のコントロールだけは克服しがたい問題として残る、というわけだ。逆にいえば、時間を有効活用出来る人材が「ノマド」スタイルには求められているということになる。筆者は、ジャック・アタリの『21世紀の歴史』から引用して紹介している(このあたり、筆者のSF好きが垣間見えて微笑する)。

 しかし、本書で描かれるようなスタイルが定着するためには、まだまだ障害がたくさんあることも事実だと思う。
 事例として紹介されているヨセミテは、さまざまな状況や要素が重なり「オンライフ」はサービスを終了することになっているし。(参照
 理由は簡単で、現在40~60歳代のハイヴロウなひとたち~政治家・官僚・識者、経営者や管理職など~が、このような生活の変化が起きているということを、そもそも知らない(だからこそ、そういうひとたちこそ本書を読むべきなのだが)。そして、その多くが、その変化を望まず、変化が起きているということさえを認めないだろうから。
 ピラミッド型の社会を、義務教育期間から高校・大学で叩き込まれ、社会人となったときに新人研修で自己啓発的なメゾットでルールを刷り込まれた経験を持つ人間が、「ノマド」のような生き方に今更シフトするのは、相当難しいのではないか、と考えざるをえない。

 もし、そういった状況をブレークスルーする方法があるとすれば、ノマド的な人間が集まったゆるやかな組織(有機体というべきかも)が、ある業界のあり方を変容させるくらいのインパクトのあるビジネスモデルを構築することに成功する、という条件が必須なんじゃないだろうか?
 本書で登場する「ノマド」なひとたちは、Webデザイナーだったりプログラマーといった「ギーク」がほとんどだ。だが、ボランティアレベルならともかく、ビジネスとしてマネタイズしていくためには営業だったり経理だったり総務だったりという「スーツ」の存在が必要な場面もあるわけで、そういったひとたちが、「ノマド」な生き方に引き込むためのスキームやマインドが、現状ではほとんどない。
 つまるところ、懸念されるのは、本書が「ギーク」の生き方として限定され、多くの人にとっては対岸の出来事と捉えられることだ。「そんなことはないんですよ」といえるような、システムなりアーキテクチャなりが出現することが望まれる。「ギーク」な皆さん、頑張ってそういったサービスをリリースして!(笑)

 余談になるけれど、筆者がハイペースで単行本を出して連載を抱えて、それを効率よくこなしているのかについても「ノマド」なワークスタイルで実現しているわけだけど、「文章を書く」ということに特化したことは『ひと月15万字書く私の方法』がより詳しい。出版・編集・ライター業のひとはこちらもおススメ。

ひと月15万字書く私の方法
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実はブログの真価はこれからだった。

 yomoyomo様の記事を拝読しての感想。

 敢えてブログは重要だと言いたい | WIRED VISION

 日本でも、2007年後半に『ブログ限界論』というトピックがあったりして(詳細については拙エントリー参照)、「今はそうでなくてもいずれそうなる」というより、昔あったことが新しいツールの出現とともに繰り返し主張される、という印象をParsley的には受けたりするのだけど。
 で、今回の場合は、言うまでもなくTwitterにエッジなひとたちのコミュニティが移行している、というトピックがある。
 要は、これまでフローのコミュニケーションの手段としても使われていたブログが、こぞってTwitterに移っているということで、特に「キーワード」「自動idコール」というアーキテクチャだったはてななどは、その影響をモロに受けている、ということなんじゃないかな。

 しかし、Web+logとしてのブログとしての機能として、ストック、アーカイブに強いツールだということを考えれば、論考や時事の流れなどをまとめておくという「本来」の役割に回帰しつつある、という考え方も出来るのではないか。
 逆に、フローのやりとりという雑音(とは言い過ぎだけど)がなくなる分、記事一つ一つのクオリティが求められることになり、自然とエントリーの質は上がっていくのではないか、というのが、Parsleyの楽観的な予想になる。
 そう、実はストックとしてのブログの真価は、これからなんじゃないかなぁ、と思うわけなんですよ。

 あとは、数あるツールの使い分けをどうしていくのか、というのが大事になってくる。こういった各ソーシャルメディアの特性について、一冊でまとめられた本は、まだないような気がする。
 個人的には、このブログが「本家」というかパブリックなParsleyのイメージ、「外見」を担当していて、twitterが脊髄反射&コミュニケーション用。Tumblrは、後で参照したい情報と携帯画像の落とし先(後者はちょっと特殊な使い方かも)。はてなブックマークはクリップ&感想、mixiは知人への私信&備忘録。こういったように、自然と棲み分けがされるように、いつの間にかなっていた。
 そういった、各ツールの特徴を把握した上で、自分の欲求に合ったメディアというものを見つけて、使っていけばいいという話で、新しいツールが出来たからといって、既存のツールの意義が完全になくなるということはないだろう。

 これまでは、ある意味「万能」だったブログが、ツールの一つに「降りた」ことによって、逆にメディアとしての価値が上がっていく。…と、いうことに、なればいいですね。