ジャーナリズム=義憤

 ぎ‐ふん【義憤】
 道義に外れたこと、不公正なことに対するいきどおり。「金権政治に―を覚える」[類語] 怒り

 これは、Parsleyの個人的な見解ね。
 今、「ジャーナリズムが死に瀕している」のだとすれば、義憤がないから。
 だからこそ、既存各メディアが警察の発表を横から流す情報流通業者に成り下がっていても安穏としていられるのだと思うね。
 超青臭いことを言えば、ペンで世を革めるのが、「第四の権力」の役割でしょ。その矜持がなくなっている時点で、既に「死に瀕している」じゃなくて「死んでいる」、だね。存在する意味がない。

 また、市民メディアが結局のところ成功しないのも、究極的には、「自説の開帳の場」としか見られないひとばかりが集まって、そのことを運営者が見抜けないことにある。運営・編集も、書き手も世に対する憤りが足りない状態で、「新しいジャーナリズム」と標榜しても、唇寂しいだけだ。

 以上、チラシの裏。

井戸の底から見えるクラウド

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 ITベンチャーのディレクション担当なんていうWeb業界の底辺のポジションのParsleyからしてみれば、『クラウドの衝撃』だと敷居が高すぎるので、『Heartlogic』様と、西田宋千佳氏の入門書をチョイス。
 西田氏は「重要なのはクラウドという言葉なのではなく、クラウドという言葉で表される「現象」(概念)を理解すること」という。
 では、クラウドとは?
 1、「サービス化」。アプリケーションがローカルにある状態から、ネット上のサーバーで処理されるようになる。Googleが提供するGmail、Googleドキュメント、あるいはマイクロソフトのWindows Liveが分かりやすい例として紹介されている。
 2、「ボーダレス」。窓口はどんなOSやデバイスでも使える状態になっていること。西田氏は特に、iPhoneのソフトの追加によるハードの魅力向上という面を強調している(その文脈でPS3に触れるのはご愛嬌)。その点、『クラウドコンピューティング入門』の方は、「複数デバイスのハブ的存在=クラウド」とし、PCでもモバイルでもテレビ・ゲーム機でも、同じ情報を入力・閲覧できる…といったようにさっくりまとめている。
 3、「分散」。データが複数のサーバーにまたがっていたり、複数の機器に存在してもいい状態。開発面でも、大企業だけではなく、一個人でもウェブアプリを公開・販売が出来る。
 4、「集約」。サーバーというサーバーをネットワーク化し、一つの超巨大サーバーとして機能させる。利用者はそのうちの必要な分だけの処理能力を「切り売り」する。

 このあたりの説明は両書とも丁寧。特に『入門』の方は事例込みなのでより分かりやすい。

 さて、定義は分かった。では、今後の展望と課題について。
 西田氏は課題の例としてGoogleストリートビューなどのセキュリティーポリシーの問題を挙げ、「どこまでデータを預けていいのか」ということが根源的な問題としている。そして、「必要なときに必要なだけ、情報システムのコストを払う」という、やや遠いところに「クラウドがキャズムを超えた日」を設定している。
 『入門』の方では、「100%安定したサービスは望んでも得られない」から「信頼のおける事業者を選ぶ」ことだとし、サービスの定着には、自社のデータをほかの会社のサーバに預けるなんてとんでもないという意識の変化が必要だとする。日本でも郵便局やみずほ情報総研などが「Salesforce CRM」を導入した事例を紹介し、リーディングカンパニーの導入が呼び水となって、意識の変化が加速する「かもしれない」としている。

 Parsleyというか、弱小Web屋の立場からしてみれば。結局のところGoogle、Amazon、マイクロソフト、Apple、Salesforce.comなどの提供サービスに「どう乗るか」という話にビジネスが帰結してしまい、大して面白くもない世界だなぁという感想を持ってしまうのが正直なところ。
 また、別の側面からぶっちゃけると、クラウドの中のデータって、つまり「個人情報」だよね、と。その個人情報の集合体からセグメント化して切り売りしてこねくり回すビジネスが真っ盛りになるのは、ほぼ間違いないところだろう。
 そうなってくると、「意識の変化」というのはビジネス面ではなくて、むしろ個人情報保護法によって硬化した、個々人のプライバシー意識が、最大の壁となって立ち塞がることになるんじゃないかな? 実際、保護法って一般的に拡大解釈されているきらいがあったりするしね。そのあたり、利便性を採るか、己を護るか、という選択を、誰しもが迫られている。

 いずれにしても。どちらも入門本としては大変参考になりました。けれど、ビジネスを構築する側としては、見えている雲の色がぜんぜん違うな、とも感じたのも正直なところ。クラウドな「社会」(「世界」、ではなく)が、明るいのかどうか、今の段階ではちょっと分からないなー。

しょーこりもなく肩書き「ブロガー」なワケ

 あるいは、「ぜったいにライターなんか名乗らないからね!」宣言(笑)。
 これは冗談にしても。Parsleyがこれまでにお仕事をさせて頂いた『メディア・イノベーションの衝撃』にしても、『週刊ビジスタニュース』『乙女男子研究所』にしても、肩書きは「ブロガー」ってことになっている。
 今回、『Voice』にしても、「藤井 亮(ブロガー)」と記されている。○○代表取締役や○○大学教授や○○主任研究員といった錚々たる顔ぶれの中に、「ブロガー」ですよ、「ブロガー」。これには、おこがましいという気持ちを覚えつつも、「やってやった」と、思っちゃっていたりしてる。
 
 とはいえ、「ブロガー」という言葉が、今や「ブロガー(笑)」なんじゃない?というのも2009年のシーンのようにも思える。
 眞鍋かをりが2004年にブログを開設して、「ブログの女王」など持て囃されて、今や芸能人・スポーツ選手などでブログを開設していない方の方が少数派と感じる程になった。その文脈でアメーバブログなどは「パワーブロガー」という言葉を使っている(拙エントリー参照)けれど、あくまで有名人の日記サイトという位置づけ。リアルでの人気をさらにレバレッジするためのツールとしてのブログ、ということだよね。
 ビジネス系ブログに目を向けると、FPNが中心となって『アルファブロガー』が出版されたのが2005年の10月で、同年には「ジャパン・ブロガー・カンファレンス」が開催されている。
 2007年には『編集会議』でブロガー特集を組んで「カリスマ・ブロガー」「プロブロガー」という言葉が出てくる。(拙エントリー参照
 しかし、この時点で「自らが”プレーヤー”として社会を変えていける人」を提唱したはいいけれど、結局のところ社会は変わらなかった、と判定する方が妥当なような気がする。理由は簡単で、「パワーブロガー」にしろ、「プロブロガー」にしろ、社会を変えようなんて意識はさらさらなく、逆に個々の今のポジションをカタいものにするためのツールとして利用しているからだ。
 もちろん、それを批判するには当たらない。ウェブあるいはブログはツールに過ぎず、それを上手に利用して何らかの目的を達成させるのがミッションなのだろうから。むしろ、「社会を変える人」=「プロブロガー」と定義した方がミスリードだったわけだ。

 「ブロガー」という言葉が、若干の苦笑を禁じえないのだとすれば、そういった「ブログ」に対する期待値と、実際のブログの利用者に対する温度差、そして、「世の中何も変わっていない」という現状認識=閉塞感が交じり合ってのものなのように思える。

 でも! でもですよ!
 何度も記しているけれど、Parsleyの場合、このブログで積み重ねてきた言説みたいな駄文みたいなもの以外に、担保するものは何もない、薄っぺらい存在。それでも、書いていることに、なんらかの引っ掛かりがあれば、お仕事のお話を頂ける、というのも私のとっては「事実」なわけ。
 で。そういった身軽さがあるからこそ、しがらみでがんじがらめになっている人には書けないようなことも書ける可能性がある。そういった自由さを表すためには「フリーライター」なんかよりも、「ブロガー」の方が適切だと思っているから、「ブロガー」って肩書きに誇りを持っているし、これからも性懲りもなく「ブロガー」を名乗り続けるのだろうなーと思っている次第です。

 あと、「別にワナビーじゃないもんね」的な意味が、多少こもっていないかといえばウソになるのだけど、これはまた別の機会に、ということで。

 

追悼、J・G・バラード

 既にウィキペティアも更新されている。(参照
 前立腺癌による長い闘病の末ということ。

 個人的には、あまりよい読者とはいえないから、どうしてもベタになってしまうのだけれど、高校生の時に『クラッシュ』を読んだ衝撃は忘れられない。その後で公開された、クローネンバーグ監督の映画版も、やはり衝撃的だったな。ロザンナ・アークエッドの全身装着具の素晴らしさといったら!!

 とにかく。安らかに眠らんことを。

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男子、可愛いモノを愛でるべし!!!!!!

 と、いうのが、『オトメン』7巻のオビのお言葉。もうもう、頭のてっぺんから足の爪先まで同意でございます。
 今号では特に少女マンガ家橘充太の”試練”の回が、ほんのりと苦くて好きだなー。城之内ミラ先生が前号に引き続いて、「少女マンガ家心得」をひっさげて登場してくるし!
 しかし。今後の展開が気になる絶妙なところで今号は終了。飛鳥とりょうちゃんの恋の行方はいかに??

「乙女男子の社会学」をテーマにねとらじします。

 『Voice』5月号に、「婚活・そもそも結婚自体に価値がない」が掲載されました。活字になったのを見ても実感が沸かないのは、「Parsley」というハンドルネームじゃないからかな?
 山田昌弘先生の記事『高望みを捨てて現実を悟れ』は、「婚活という言葉は独り歩きして誤解されている。非婚者で結婚を望む割合は9割」といった内容で、やはり手馴れていらっしゃるし手強いな、というのが一読した感想になる。おそらく来週あたりにgooニュースで配信されるだろうから、その時に改めてエントリーを上げようと考えている。

 さて、せっかく論壇誌デビュー(笑)したことだし、記念に『添え物ラジオ』をやっておこうと思います。
 テーマは『乙女男子の社会学』。(何かパクリっぽいのは仕様です)
 お時間のある方、是非ともご視聴よろしくお願い申し上げます。

 【放送予定】
 2009年4月12日(日)
 22:50~ テスト放送 
 23:00~ 本放送

 URLはいつもと同じ予定でいます。
 http://203.131.199.132:8100/parsleymood.m3u

 『カワサキハウスラジオちゃっと』
 http://www.lingr.com/room/3Zqm6NKS7GR

乙女男子、「婚活」提唱者にシュートしかけるの巻

 婚活・そもそも結婚自体に価値がない(gooニュース)

 gooニュース×月刊誌『Voice』連携企画「話題のテーマに賛否両論!」で、今その言葉を見ない日はないといえるほど普及した「婚活」について寄稿しました。
 こちらの主張内容は、ざっくりまとめると「コンカツコンカツって言っているけれどさぁ、一体どこの誰が結婚したがっているわけ? そもそも社会的には既に結婚観が更新されてるんじゃない?」といったところ。
 ま、このブログに書いているぶんには別にどうってことないのだけど、今回は「婚活」の提唱者である山田昌弘先生相手に、対論という形で出しているというあたりが怖いもの知らずだな我ながら。おまけに、月刊誌の中でも特に堅いイメージがある『Voice』に! 目次を見て、堺屋太一氏と中西輝政氏に挟まれているのにはびびってたじろいだ。(参照

 執筆・編集時のこぼれ話をすると、「週刊ビジスタニュース」「乙女男子研究所」は、「ふじいりょう」名義にしているので、本当は統一したかったのだけど、『Voice』サイドからNGになってしまった。まぁ、確かにお立場もよく分かるので漢字名義にしたのだけど、こういったところにこだわらなきゃいけないのが、現在の日本なんだよな、とも思った。
 ま、個人的にいちばんこだわりをもっているハンドルネーム/筆名は「Parsley」ではあるので、そこにリンクする形でアイデンティファイが出来ればそれでよかったりするのですけれどね。
 今の世の中にはそういった見えないカタく重い雰囲気が、そこはかとなく漂っていて、結婚を強いる空気があるというのもその一つ。そういった風潮に一石を投じられたのならばいいなーと考えてます。

 そんなこんなで。貴重な機会を与えて下さったgooニュースと『Voice』編集部に感謝。願わくは、雑誌の方もお買い上げ頂けると(それもこのエントリーのリンクから)とてもうれしいです。

マーケター三浦展の墓標としての『非モテ!』

非モテ!―男性受難の時代 (文春新書)
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 私ことParsleyは、著者の本を読むときは、必ずあとがきから読むようにしている。それで、だいたい、自身のカルチャースタティーズ研究所がどのような「意図」で、数字を出してくるのか、おおまかに把握できるから。
 にしても、いろいろと紅茶噴く言葉がぞろぞろと。

 ちょっと調べてみると、すでにネットの世界では「非モテ」という言葉は普通に使われているようであった。

 いや、確かにはてな界隈ではそうかもしれないけれど、「普通に」というと疑問が残る。別に『現代用語の基礎知識』に載ったという話は聞かないし。再三筆者が例に出す秋葉原通り魔事件の「K」も、「非モテ」という言葉は一度も使っていなかったし、「非モテ」というアイデンティファイもしていなかったはずだ。既にその時点で、かなりデフォルメされた「分析」がいつものように展開されることは想定の範囲内と読める。
 筆者が、はてなにかなり毒されている(あるいは観測範囲が狭いともいえる)のが、「スクールカースト」に触れた81ページからのくだりだろう。このキーワードを主に編集したMasao_hate様的には、新書というカテゴリーにまで進出したのは一定の成果かもしれない。
 が、おいおいと思うのは、そこから「モテない人は自己主張欲求はあるが自己主張能力は低く、コミュニケーション能力も低い」というふうに話が続くこと。で、〆が、「典型的なオタク男性には、日頃は無口なのに自分の関心あることを話す時は他人が関心があるかどうかに関係なくペラペラとまくしたてるイメージがあるが、おそらくそういうタイプなのである」。ありていにいって、このデフォルメ像のために、「スクールカースト」も「ジェネレーションZ調査」の統計もあるという構造になっている。

 また、筆者は、「モテ、容姿、恋愛の問題は、特に若者にとっては、やはり現代特有の複雑さを持っている」としている。「男性は女性を立てなければならない」というセンテンスで、最近のモテる男の条件として、以下のように挙げている。

 (前略)女性の話をちゃんと聞いて「へえ、そうなんだ!」「そんなこと初めて聞いたよ、面白いね」と喜んであげることであるらしい。

 ええと。半世紀ほど前に、ゲイリー・クーパーという俳優がいて、それはそれはモテたそうだけれど、彼がまったく同じこと言ってましたよ。

で、こうした筆者の「分析」はすべて、第7章「男性保護法」のすすめに帰結していくのだけれど、それがあさって過ぎてどこから突っ込んでいいのか。
 まず前提が「肉食系女性が草食系男性に要求してばかりの社会」であり、「セクハラをしているのは女性のほう」である。そうした無神経な女が増えたせいで「結婚したいと思える女性が少ない」。そういった世の中の変化に対応するために、「男性保護法」で「正社員は男性を優先すべき」で「専業主夫を是認する風潮を醸成」する。……なんというか、メディアに踊らされた男女像を「統計」によって「立証」らしくみせるだけで、このようなヘンテコな提言が産み落とされてしまうのだなぁ、と思う。
 で、男性には、「消費の面でも領域を広げなければならない」としている。実際に趣味の領域の住人をたくさん知っているParsleyなどからしてみれば、何を今更という感じだし、趣味で自分の世界を広げたところで「モテ」にならないことも経験的に知っている。このあたり、消費社会のど真ん中を歩んできた筆者の限界が端的に示されている。と、同時に、女性が「出会い」のために条件を緩和せよという「婚活」提唱者と対になる主張であるところも見逃せない。

 「下流社会」「ファスト風土化」というキャッチーな言葉を生み出した筆者も、ここに来てその手法のメッキが剥がれたように、私などには見える。マーケターとしての墓標が、はてなスラングである「非モテ」だというのは、アイロニーとしては気が利いている、かもしれない。

『PS』5月号を読んだ

 表紙は木村カエラ。しかし…この化粧はどーなのか。
 今月は創刊7周年ということで、歴代の表紙を見開きで見せたり、2002年からの7年間の流行トピックスを紹介したりしていて、資料性が高い。とっておこうっと。
 特集では、「一か月コーディネート」で、入夏(15歳)が「カルチャーを楽しむ美大生」という設定で全く違和感がないということに、多少驚いた。モデルとしての成長が急すぎる。
 あとは、91ページに登場しているMEG着用の黄色のトレンチコート(RNA)が目を引いた。
 紹介されている服は、どのアイテムもボーダーが多目に感じた。それと、ラコステが広告・記事広告を含めてプッシュされている。

 ちょっとびっくりなのが、街スナップの後に唐突に組まれている「キターッ!お弁当男子SNAP」。最近ひそかにアツイ、とのこと。しかし…作ってる弁当みなどれも脂分高めすぎじゃない??Parsleyは「入っているとうれしいおかず」1位のから揚げとかたぶんもう食べれない…。

 あとは、裏表紙(表4)にTHE SUIT COMPANYが広告を入れている。このあたり、どのような意図なのか、多少気になってしまった。

 

「戦略」がない「批評」はやっぱり意味ない。

 そうとう周回遅れではありますが、gotanda6様と後藤和智氏の対談の感想なんかをつらつらとメモ。

 若者を”食い物”にしているのは企業? メディア? 論壇? : 日刊サイゾー(前編後編

 そんなのみんな食い物にしてるじゃん、というのは置いておいて。
 個人的に目から鱗だったのが、gotanda6様が「後藤さんに戦略がない」とさらりと指摘していたところ。しかも、後藤氏もあっさりとそれを認めちゃっている。『おまえが若者を語るな!』を読んで、「おもしろいけれどつまんない」と感じたのは、それが理由だったのか。
 結局のところ、宮台一味を撃滅するという方針に従って、同書は記述されているのだが、撃滅した後の地平は全く触れられていない。宮台学派や「世代論」というフレームをなくしたフィールドに、何が残って何が生まれるのかが見えてこない。
 確かに、「妥当性や根拠よりも戦略が重視されがち」な流れで、俗流若者論のようなあさっての方向に議論が進むことも多々あるわけだけど、どんな議論を巻き起こすにしても何らかの「戦場」の設定は必要になってくるし、勝利条件をある程度見極めていなければならないのは、「論壇」が誕生した時より変化はないだろう。
 にもかかわらず、後藤氏の話は、「武器」の選択の仕方に終始してしまっている。「世間に届かない若者論に意味ないじゃん」というgotanda6様の問いに対して「ウケ狙いではなく純粋に批判している」という答えのイノセントさには全Parsleyが泣いた。彼自身、この本を出したことで、「論壇」というフィールドに組み込まれてしまっているというのに、あまりにもノープラン過ぎるよ…。これじゃ「政策への反映」という高い目標設定をしている連中には足元にも及ばないよ…。

 まぁ、この対談を読む限りにおいては後藤氏に「戦略」をたてるつもりは全くないし好きでもなさそうだから、誰かが替わりに大モルトケになって役割分担をすれば、宮台=香山ラインを崩せるかもしれない。
 個人的には、彼らの登場時よりもさらに上を行く超リベラルな主張をするか、保守反動で「お母さん感謝ラップ」に進むかのどちらかの論理立てをするしかないように思える。時流を見れば、後者がカンタンなようにも見えるけれど、さてさて…。

おまえが若者を語るな! (角川oneテーマ21 C 154)
後藤 和智
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