『インフォコモンズ』&『ブログ論壇の誕生』を読んだ。

インフォコモンズ (講談社BIZ)
佐々木 俊尚
講談社
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ブログ論壇の誕生 (文春新書 (657))
佐々木 俊尚
文芸春秋
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 両書とも、献本を頂きました。ありがとうございます。

 『インフォコモンズ(情報共有圏)』とは、著者によれば「公が私の行動を瞬時に、自動的に把握するコミュニティ」のこと。Web2.0の先に来たるWeb3.0下のアーキテクチャや社会構造の概念について、おそらく日本ではじめて大真面目に検証しており、非常にマクロ的な視点の作品。
 一方、『ブログ論壇の誕生』は、毎日新聞WaiWai問題が早速取り上げられていたり、「トリアージ」や「承認欲求」を巡る議論などを追っており、ミクロなネットのシーンを切り取ろうと試みた内容となっている。

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『m9』をm9(^Д^)プギャーせずに惜別する。

m9 Vol.3 (晋遊舎ムック)
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晋遊舎
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 まぁ、最初から長くは持たないと誰もが思っていただろうけれど、『m9』が休刊になるとの由。9月に入ってブログの活用をはじめたばかりの段階でのこの判断が晋遊舎らしいというかなんというか。

 アメーバニュース経由で掲載されているyahoo「ねたりか」の記事の反応が「初めて聞いた、こんな雑誌・・・。」「刊行されてたのさえしらなかった。。」というもの中心になっていることが、この雑誌の世間的な評価を端的に示してはいる。
 しかし、実際に手にとることさえしなかったひとたちの反応は、この際気にする必要はないようにも思える。むしろ三号通して読み続けた(私のような)ひとが、どのような感慨を持っているのか、特に編集者と執筆ライター陣は耳を澄ますべきなのではないだろうか。

 Parsley的には、結局のところ三号を要しても、創刊の言葉にある「ライトオピニオン」というものが確立出来なかったことが、根本的な失敗だったんじゃないかなーと感じざるを得ない。
 例えば、今号の特集、「ネットはマスコミを殺すか」の初っ端を飾った、宮島理氏の毎日新聞WaiWai問題の記事は”炎上はメディアスクラムのパロディ”という結論ありきで、この騒動が起こり迅速にWikiが立ち上がったことが朝比奈社長らの人事と時期が一致することや、既婚女性板の活躍等にはあまり触れておらず、失礼ながら物足りなかった。もっと言えば、この記事の構造自体が、既存論壇誌の”パロディ”と感じざるを得なかった。で、結局宮崎哲弥氏のような「権威」に、今回の騒動の見解をオーソライズして貰わなければならなかったという図式でしょ?(表紙の見出しになっているのはこちらだ)
 これが「ライトオピニオン」の実態だとすれば、ちょっとカッコ悪いよなー。

 アイドル論は、創刊号で碇ポルシェ氏、3号で杉作J太郎氏・宇多丸氏・吉田豪氏の対談が掲載されているが、これがまた内容がないよーというか、「Perfumeを取り上げれば、それでOKなんじゃね」的な記事で、失礼ながら暗澹とさせられた。アイドル論なんてネットを漁れば既存の「聖的×性的」なんてとうの昔に超えた面白い論考はわんさか出てきますよ。

 私がこの雑誌を読んで若干イラっとするのは、ネット上の議論や事象を、雑誌の紙面上に移植しようとする試みは全然歓迎なのだけど、それが「さわり」だけに過ぎない、ということだ。はてなで100ぶくま以上いったブログしか読んでなさそう、というか。
 いみじくも、仲俣暁生氏が今号の記事で編集者は「最初の読者」から「最初の検索者」になる必要がある、と指摘しているのだが、そういった意味においても、アンテナが少し低かったように感じてしまう。

 と、まぁ、いろいろくさしてみたものの。この雑誌がなくなるのはやっぱり残念です。
 『少年犯罪データベース』様の記事が掲載されたり、津田大介氏と小寺信良氏の対談が掲載されたり、いい線も行っていたと思うんですよ。今号は「落書きはアートなのか」という小林茂雄武蔵工業大学准教授の記事がいろいろ勉強になったし。
 井上トシユキ氏のGoogleストリートビューの問題を一通り挙げた後に、「ここまで分かった上でストリートビューでバカ画像を探したり、思い出の場所を検索して甘酸っぱい気持ちになるのなら、それはそれとしていーんじゃね?」という落とし芸や、小田嶋隆先生の男・清原和博を描くタッチ、田中秀臣先生の増田悦佐氏の『日本型ヒーローが世界を救う』の再評価論。これらの連載が全て終わりかと思うと、一段と味わい深い。
 『ココロ社』様の「『ソトコト』が黙殺する環境問題のワイルド解決法」は、前の方で武田邦彦中部大学教授の「エコロジーの嘘を暴く!!」を読まされた後で読むとより一層ほのぼのする。そして、一話完結で、いつでも休刊になってもいい〆のお言葉が、逆にすがすがしい。

 そんなこんなで。
 悲しいけれど、コミュニティを可視化するメディアは、雑誌からネットに完全に移行してしまい、逆にネットから誌面に移植するという行為は極めて難しい、という教訓が残った、ということになるのだろう。
 論壇に対するパロディとしてのライトオピニオンは、マスメディアを殺すよりも先に、殺される結果になった。
 そりゃそうだよな、と思いつつも、編集者と執筆陣の皆様にはねぎらいの言葉をかけたいと思う。短い間でしたが、お疲れ様でした。

『装苑男子』!?



 なんだか、ラフォーレ原宿に行く度に買っているような気がする『装苑』。ここの山下書店限定のスカーフが付いていたというのに釣られたというのもあるのですが…。

 今回は、『装苑男子』というタブロイド誌が付録についていた。
 中では普通のモードやミラノのコレクションの速報などが掲載されているのだが、特に目を引いたのは「男子も女子も今すぐ欲しい注目アイテム50」という見開き企画。トラッドを中心によりユニセックスなものをチョイスしている。



 しかし、『装苑』まで男性向けの企画を組むというのは、「彼氏と一緒に」というだけではなく、コンサバ一辺倒な男性ファッション誌にあきたらない層にリーチしようという狙いも多少あるのかな?
 どちらにしても、女性ファッション誌のユニセックス志向というのは今後より顕在化していくことになるのでしょうね。

中2病vs中3病

 ない。どこの本屋探しても『ムダヅモ無き改革』『m9』3号も見当たらない。

 特に後者はAmazonでも「3~5週間待ち」状態で、取次流通の弊害が全て出ているなぁと思いつつ、何軒目かの本屋で目に留まった女子中学生向けファッション誌『Hana*chu』をぱらぱらめくってみた。

 面白かったのが、「中2病vs中3病」という特集。

 なんでも、中2はケータイで告られたなら即OKで、中3になると「やっぱ実際に会って言ってもらわないとね~」らしい。受けたのは、中2は「鬼ごっこに燃えられる」というあたりで、それを見て中3は「そんな頃もあったよね~」と遠い目をするらしい。

 で、一番気になったのは、中3になると、「ケータイ小説は本で読む」とあるのだが。どこまで本当なんだろう? この実態は誰か検証して欲しいなぁ。


『ケータイ小説的。』のこと。「批評」のこと。

ケータイ小説的。――“再ヤンキー化”時代の少女たち
速水健朗
原書房
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 gotanda6様の3冊目の単著に関しては、すでに発売から二ヶ月近くが経過していて、いろいろなブログでも取り上げられているので、今更Parsleyから言うべき余地は少ないのだけれど、ちょうど本日がジュンク堂書店新宿店のトークセッション『「ライトノベル的 VS ケータイ小説的」―ファスト風土の文学的想像力―』で、自分もこれから拝聴しに行くので、本書についての簡単な感想と、「批評」ということについて感じたことを記しておきたい。
 目次はこちらをご参照のこと。

 何よりも本書の功績は、ケータイ小説のルーツがこれまでの文壇の外であるJポップ、とりわけ浜崎あゆみであるとし、ケータイ小説の「リアル」の先達としてヤンキー、レディースご用達雑誌だった『ティーンズロード』を掘り起こし、「東京」がない世界-全ての流通が均一化した「ファスト風土化」した郊外が生んだ「文化」であると喝破したことだろう。
 要するに、筆者の手によって、ケータイ小説というものの立ち位置が、はじめて規定されたわけだ。今後ケータイ小説を「読み解いていく」=「批評する」ための目的のためには、「はじまり」として読まなければいけない本、ということになるのではないだろうか。

 個人的には、153ページにある、TSUTAYA・ゲオといったレンタルショップ併設の複合型書店の影響力が詳らかになったグラフが一番興味深かった。確かに、地方でも既存のチェーン書店がある地域(北陸や四国)などでは、それほど影響が見えてきてないものね。

  ただし。本書で取り上げられている『恋空』などが世に出てから既に2年程の時間が過ぎ、ケータイ小説そのもののパイが爆発的な広がりを見せているため、特に作品の内容に触れた部分に関しては、本書に限らず急速に陳腐化する危険性は伴っているとは思う。
 例えば、モバゲーTOWNでずっと総合一位の座を揺ぎなくしている藤原亜姫の『イン ザ クローゼット ~blog中毒~』は、「中卒、ブス、チビ、貧乏、馬鹿。」な地方出身の少女が、東京に出て美容師見習いになり、そんな自分から逃れて憧れるセレブになりたい一心でホテトル嬢になり、顔や胸を整形し、blogにレイナという架空の人格を作り、どんどんネット中心の生活になっていく様が描かれている。そこで描かれている「リアル」は、『恋空』などとは明らかに違うものに変質してきており、ケータイ小説の2.0化がはじまっていると捉えることも出来るかもしれないと感じている。
 逆に、そういった意味において本書は「間に合った」批評であり、今後この分野に手を出そうという論者にとっては、ますますやっかいなジャンルでもある、といえるのではないだろうか。少女たちは、常に、先に先に疾走しているのだ。

 さて、筆者はあとがきで、ヤンキー文化を「被差別文化」と規定し、次のように記している。

 相田みつをを疎外すること、ケータイ小説を疎外することでしか自分たちの優位性をアピールできないところに、現代詩、純文学の行き詰まりがある。批評はその延命策に追従するばかりだから機能しないのだ。
 本書は、その「被差別文化」にスポットを当てることこそ、現代の社会を直視する批評的な行為であるという信念に突き動かされて書かれたものである。

 批評に自由を! ヤンキー文化にもっと光を!

 あ、ここの中に「グラフティ」も仲間に入れてあげて欲しいです。
 東横線に乗っていると、思いがけないところにグラフティがあるので楽しい。Parsleyはいつ消されるともしれない「作品」を、ケータイのカメラで撮るのが趣味になりはじめている。
 そういえば、ちょっと前に東急東横線の車両に「落書き」をされたというニュースがあった。(参照
 誤解を恐れずに言うと、このグラフティは「アート」として捉え語るだけの要素は持ち備えており、車両に書くという行為自体が、ラッピング広告列車が普遍化しつつある現状への批評的な行為だと思う。が、そんな頓珍漢なことを主張する「美術評論家」は誰もいない。
 これも、グラフティアートという存在の、ルーツや文化的背景が規定されておらず立ち位置が明確でないから、「落書き」とされてしまうわけで、誰かが「批評」という行為を行っていたとしたならば、また別の切り取られ方をしたはずだ。まぁ、器物損壊は犯罪ですけどね。

 だから。
 「批評」をするということは『404 Blog Not Found』様がおっしゃるような、「大きなお世話」では断じてないのだ。
 批評というものは、批評の対象のためだけにやるものではない。ほっておいたならば、ただディスコミュニケーションが横たわり続けることになるだろう。あるジャンルが、ジャンルとして確立するためには、必ず必要になってくる行為なのだということが、彼には分かっていないと言わざるを得ない。
 「ヤンキー文化に光を!」と叫ぶことは、決して穴に向かって叫んで済ませていいことではないのだ。

 おっと、そろそろ新宿に行かないと。ちと中途半端ではありますが、「批評」の機能に関しては別の機会にさらに掘り下げて考える機会を持ちたいと思います。ではでは~。

『乙女男子研究所』第三回掲載されました。

 【乙女男子研究所】第3回・スーツで甘味処のススメ

 たまたま今日は『ボクナリ』の編集会議の日で、おやつ大臣に任命されているParsleyは聖路加病院近くの塩瀬総本家で涼菓を買い込んで行きました。

 まだまだ蒸し暑い日は続きそうですので、記事が皆様の舌と心を満たすためのきっかけになれば幸いでございます。

休刊になる雑誌のまとめ(主に自分用)

 最近、雑誌の休刊の発表が相次いでいて、自分でも整理出来ていないのでちょっとまとめてみる。たぶん、失念していたり、忘れていたり、誰にも知られずにひっそりと休刊になる雑誌は他にもありそうだし、随時追加していく、かも。

 ■月刊誌

 ・『論座』(朝日新聞社)

論座 2008年 09月号 [雑誌]
論座 2008年 09月号 [雑誌]

posted with amazlet at 08.09.04
朝日新聞社出版局

 ・『月刊現代』(講談社)

 ■女性ファッション誌

 ・『GRACE』(世界文化社)

『BOAO』(マガジンハウス)

 ■コミック誌

 ・『週刊ヤングサンデー』(小学館)

 ※ヤンサンはAmazonで販売してないのか!?初めて知った。

 ・『月刊マガジンZ』(講談社)

 ■趣味・実用

 『KING』(講談社)

 ・『月刊PLAYBOY』(集英社)

 ・『ROADSHOW』(集英社)

 ・『クロスワードin』(講談社)

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 各雑誌のサイトを覘くと、結構充実していたりもしてたりしているところもあるにも関わらず、販促にはあまり役に立ってなかったことが見て取れる。そんな中、『クロスワードin』のサイトの味わいが深い。
 『論座』と『月刊現代』がなくなることを考えると、左右とか思想的なことではなく、論壇誌というパッケージが成り立たなくなってきている証拠。
 女性ファッション誌は正直増えすぎなので、整理の時期ということでしょう。特にアラサー世代向けの雑誌は、男女ジャンル問わず厳しい。『Non-no』読むひとはおそらく30になっても読んでいるように見えるし。
 グラビアアイドル界的には、『ヤンサン』と『KING』の休刊が痛すぎる。
 そして、どの分野でも、ライター業は仕事の幅が際限なく減り続けている。この傾向は来年になって加速度を増していくことになるだろうね。

『PS』10月号を読んだ

 表紙は木村カエラ。昨年の11月号以来ほぼ一年ぶりの登場(拙エントリー参照)で、グラビアは新曲のタイトルさながらに「スタイリッシュ」だった。

 誌面はすっかり秋めいている。13PのSINDEEのバラ刺しゅうマフラーはちょっと欲しいかも!
 全体としてフォークロア・ボヘミアンといったところが強調されているが、とにかくボーダー柄が目に付いた。ま、チェックなんかもそうだけど、合わせやすいし安心して薦められるし買えるところだろう。実際街でも着ているひと結構いるしね。

 特集では、中吊り広告などで大きく取り上げていた『スザンヌ主演・ワンピース秋の最新!一ヶ月スタイル』より、むしろ注目したいのは『MEGをつくる30の方法』のほう。たぶん女性ファッション誌で6ページ割いてあらゆる切り口で彼女のことを取り上げたのは初めてなのでは? ファンのひとは必見。

 あと、『彼PS』という企画もあったが、「彼」というより「カップルPS」で、『anan』のSEX特集の綴じ込み付録「Men’s anan」がほとんど女性側の要望で埋め尽くされていたのに比べて肩透かし気味だった。これなら四色ページで十分だったように思えた。
 で、四色ページの方では流行にのっとって「血液型の説明画」が。イラストがカワイイ。内容は、まぁ無難なんじゃないでしょうか。こういうのが好きな方は目を通しておくのもいいかも。