性懲りもなく『m9』vol2を買った。

m9 Vol.2 (晋遊舎ムック)
m9 Vol.2 (晋遊舎ムック)

posted with amazlet at 08.07.01
晋遊舎
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 中国の話題を前面に持ってきて、ああ晋遊舎、といった印象。気鋭のライター陣を揃えた前号と比較しても、宮崎哲弥氏など知名度のある論者の名が並び、手堅い感じを受ける。悪く言えば「普通の」ムックになった。

 そんな中でも注目なのは、我らがマッスル坂井(彼が誰だか存じ上げない方はこちらの拙文へ)がDVDのレビュアーとして、釣りビデオの紹介をしているのがめちゃシュールだった。
 あと、山口敏太郎氏の「2012年、今度こそ人類は滅亡?」というコラムが目を引いた。不安を煽るのではなく、一歩引いた立場で現在の状況をまとめられていたのにも好感が持てた。あーでも山口氏はプロレスファンならザ・グレート・サスケが、頻繁に2012年滅亡説を唱えていることを織り込んで欲しかったなー!

 『ココロ社』様の連載は前回に増して素敵だった。私も「口から出る煙は、まるであなたの魂(ソウル」)状態。決してエクトプラズムじゃないよ!タバコ・イズ・ビューティフル!!
 真面目な話、彼の記事はテンポが同誌に馴染んできているような気がするので、次回も楽しみにしてます。

新聞が、ネットが、読めなくなっていた

 この二週間あまり、ブログを放置して何をしていたのかを、ありのままに語るぜ!
 ……リア充してました。と、いうのは冗談ですが、新聞もネット界隈もほとんど見ていない、というのが正直なところです。

 理由は、秋葉原のあの事件。

 何というか、「怪我をされた方々にはお悔やみ申し上げます」「亡くなられた方々のご冥福をお祈りいたします」という言葉を免罪符に、情報を消費されていく情景が見てて耐えられなかった、というか。今回の事件をどう「情報」として利用するのが得なのか、ということが見え透いた記事ばかりのように、私には見えた。
 例えば、読売新聞の記事「凶行の交差点で止血・人工呼吸、市民が医師が懸命救助」は写真が趣味の男性が救助活動を幇助し、一枚も写真を撮らなかったという「物語」を挿入しているが、行間には明らかに、携帯やUstreamTVで「中継」をしたものに対する批判がある。
 佐々木俊尚氏の『フラット革命』では冒頭に、1999年に人一般人が人身事故の写真をインターネットに掲載することに対する批判的に取り上げたエピソードが思い起こされる。くしくもこの時の舞台も秋葉原。その時より報道の倫理とやらの神学論争は根本的に変わっていない。というか、議論への参加者の数が飛躍的に増えて錯綜し混乱している、と言っていいだろう。
 ほかにも、犯人が不安定雇用者だったということから、社会的にそっち界隈のひとが結びつけて語ることも想像の範囲内だったし、内心では早いところ止めたかっただろう歩行者天国を中止の方向で疾風のように決定したのも予想通りだった。あーあ、これでアソビットシティのあたりに車突っ込まれたらどうするんだろうね。

 自分が秋葉原に関する言説や人々か抱いているイメージについて不思議に感じるのは、どれにも「悪意」が欠落していることだ。万世橋署の路上パフォーマーに対する取締りへの恨み節くらい? あとはイベントの不手際を巡る騒ぎがあった場合か。これは以前拙blogでも取り上げたな。(これとかこれ
 
 1年前まで、毎週のように秋葉原でアイドルのイベントを開催する側の人間だった自分に言わせれば、6月8日や、26日に警官がナイフで刺されて軽傷を負った事件は、「目の前で起こるであろう事態」だった。 
 秋葉原の駅に降り立ってから私は常に全身緊張していた。イベントの主役であるアイドルに何かが起きるのでは。ファンとアイドルが一番近づく握手会では、ファンに対して疑心暗鬼の気持ちをどこかで持ち続けていたことは告白しなければならないだろう。
 一番やっかいなのは、アイドルを駅や駐車場まで誘導する場合。血管が切れるのではないかという程胸が痛かった。いつ、どの方向から、ナイフやスタンガンが襲ってくるかも、ということが、頭から離れることはなかった。正直、脇腹が刺される夢を、当時は何度も見ていた。

 幸いにも、その仕事から離れて、秋葉原から解放された自分はこの事件を目の当たりにせずに済んだ。夢は自分のいないところで現実になった。だが、それだけのことだ。情報は過剰に、私の目に入ってくる。いつしか私は購読している新聞を読まなくなり、ブログの巡回をしなくなり、LivedoorReaderは、未読フィードが1万件に達した。事件の記事が目に入ると、反射的にブラウザを落とすようになっていった。電車の中ではなるべく顔をうずめて、週刊誌の広告が目に入らないようにしていた。

 事件から20日近く経ち、報道は落ち着いている。しかし、未だに事件の「解釈」があちこちの媒体で踊っている。自分はそれに参加する気持ちにはなれないが、理解しようとすればするほど、空虚なものしか残らないことだけは断言できる。防止策を考えれば考える程、空回りに終わるであろうことも。

 そして、あの緊張感は呼び戻されたままだ。当分の間、私は秋葉原駅のホームに降り立つことは全力で回避しないといけなさそうだ。

著者と書店売り場との距離

よしながふみ対談集 あのひととここだけのおしゃべり
よしなが ふみ
太田出版
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 羽海野チカ女史は『ハチミツとクローバー』も『三月のライオン』も、キャラクターにイマイチ入り込めなくて多少の苦手意識があったのだけれど、よしながふみ女史の対談集で、『ハチクロ』の最初の頃は、空き時間にご自身で書店用のポップを描いて担当編集に渡していたという話があって、超驚いた。このひとは、自分と担当編集の手を離れた瞬間に「作品」が「商品」になるということを分かっているんだなぁ、と。

 ネットなどのおかげで、コンテンツの作り手とユーザーとの間の距離というのは確かに短縮されているのに比べて、本を売るまでに介在する人の数は減っていない。
 著作者→担当編集→取次担当営業→取次の部決担当→取次地域担当→書店の発注担当→書店の売り場担当……こんな感じか?まだまだ抜けているかもしれない。
 それで。出版社でポスターやポップを作るものは、最初から売れると分かっているものだったり(だから発売前に重版という話になったりする)、営業サイドでのフェア開催の際くらい。それに零れ落ちた作品は、ただトラックで倉庫から版元経由で書店に配られ、下手をすると売り場には一度も並ぶこともなく、取次の返品センターか、版元の倉庫に戻される羽目になる。

 たぶん、コミックや新書といった販売点数が多いジャンルの著作者のことは、書店の現場レベルで全体を把握しているひとはいないだろうから、どんな販促物でもないよりは、あった方がアピールにはなるだろう。
 最近出てきた、”気鋭の”著作者の方々の中にも、ポップを用意するだけで、ちょっとは売り上げが変わった作品があったかもしれないな。

『PS』7月号を読んだ

 表紙は絢香(無論セカンドアルバム発売のパブ絡みでしょう)。他にも、安田美紗子、南明奈、alonの三人がコーディネーするページがあったり、新鮮な顔ぶれが目立ってはいた。けれど、あまり読みどころはなかった、というのが正直な感想かなぁ。
 今号には『姉PS』が付いているのだけれど、若作りしたいひとはどうせ本編に掲載されているものを買うのだから、『姉Cam』のように独立させでもしない限りあまり意味がないように思えた。
 四色ページも、パフェおやじが登場していたのが目を引いたくらい。
 全体として低調な感じは否めなかったけれど、「愛しのアニマルドールたち」というぬいぐるみの特集が6ページあったのは嬉しかった。ただ…アフタヌーンティーの白くまの写真はいかがなものか。まるで『ルールズ・オブ・アトラクション』みたいじゃないですか!

ルールズ・オブ・アトラクション
エスピーオー (2004-04-09)
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