雑誌について、仮の数字を出して遊びつつ

 我が家では『大相撲』と『F1 Racing』を定期購読しております。そんな雑誌好きのparsleyが、『404 Blog Not Found』様の記事をベースにとりとめもなく考えてみます。

 ■参考
 雑誌は売れないのか売らないのか(『404 Blog Not Found』様)
 日本の雑誌は売れない方が儲かる(『【B面】犬にかぶらせろ!』様)
 売れなくなった雑誌が定期購読で立ち直るかなー?(『in-between days 』様)

 ■印刷物で、金食い虫なのは印刷費
 製作費のうち、50~70%程を占める。刷り部数10万なら1500万円前後はかかる。

 ■単純に広告がなかったとすれば。
 仮に500万円の広告収入がまるまるなくなるとする。
 実売でリカバーしようとするならば、15%前後は販売率を上乗せしなければいけないだろう。
 大抵の雑誌は、70%は見込んで損益を計算するとして、返品率15%か…。既にバケモノレベル。そういう媒体から広告が落ちることはまずないか(笑)。

 ■広告の担保は部数
 ま、当たり前の話ですけれど。

 ■配達コスト
 ヤマト運輸のメール便の運賃は160円。(参照
 3万件に発送するとして、480万。大抵の雑誌のひと月の広告収入が飛ぶ数字。
 ちなみに、新聞社発行の雑誌は専売店が扱っているが、特別値引きはしていなかったように記憶している。

 ■そもそも「雑誌の凋落」はほんとうか?
 いや勿論厳しいです。でも、ちょっと立ち止まって考えてみる。
 手元には一年前の『情報メディア白書』しかないのだけど、2004年の雑誌の創刊点数は216、対して休刊点数は172。2005年はどちらも減少、といった感じ? 
 この数字が逆転したならば、いよいよビジネスモデルとして(取次依存が)駄目かもしれない、という話になるだろうけれど。
 同じ週刊誌でも、新聞社系とゴシップに強い雑誌が落ち込んでいるのを横目に、文春・新潮は伸長している。女性向け雑誌はファッション誌を中心に拡大しているも周知の通り。
 まぁ、これまでアホみたいに売れていた総合週刊誌・コミック誌がそうでもなくなったね、と捉えるのが正しいと思う。一番販売部数の多かった95年の39億1100万部という数字の方がどうかしていると思うのは私だけだろうか。この10年で販売部数は4分の3程になっているが、雑誌広告費は95年より下回ってはいない。

 ■なぜ日本では定期購読による雑誌の大幅値引きが出来ないのだろうか?
 製作費が高すぎる。
 なんであんな原稿に1P2万円もするのか。意味が分からない。
 ライター・デザイナー・漫画家は出版物に名前が載るということをもっと名誉に感じて、ディスカウントに応じるべきだ。

「タレント」より「ブロガー」のご時世

  女性だけのケータイイベントに潜入!? 20色にドキッ!!(RBB TODAY)

 23日夜、「PANTONE ケータイイベント 20 CORORS」と題した女性ブロガー限定イベントが原宿のCafe SUTUDIOにて行われた。これはソフトバンクモバイルから世界初の20色展開でリリースされたシャープ製3G携帯電話「812SH」の発売を記念したもので、会場には20色を代表する20名のモデルと、招待された30名ほどの一般女性ブロガーが参加した。

 ふむふむ、と読み進めてみて軽く驚いたのが、記事の真ん中くらいに三枚の写真があって、「ブロガーの1人として参加していた真鍋摩緒さん」とあったこと。
 真鍋摩緒といえば、去年末までサムライTVの「S-ARENA X」でアシスタント(というか実質MC)を勤めていた。Wikipediaでも「日本のタレント」にカテゴリーされている。(参照
 この記事だと、まるで一般ブロガーとして参加したような印象を受けるが、彼女のブログでは「20色を代表するモデルの1人」という説明になっている。ややこしいなぁ。(参照

 確かなのは、彼女クラスのタレントならば、「ブロガー」と称した方が各方面にとってより都合がよくなっているということ。眞鍋かをりは「ブログやっているタレント」だったが、真鍋摩緒の場合「タレントやっているブロガー」と逆転しているわけだ。

 今回のイベントに関して言えば、ソフトバンクなりシャープなりは各ブロガーを「インフルエンサー」として捉えているわけではなく、「一般女性ブロガー」を30名集めたということ自体をブランディングとして期待しているように見える。ちょっと不穏な言葉を使うと、ブロガー舐めているわけですよ。
 残念というべきか、ざっと見た感じでこのイベントを記事にしているのは、彼女とやはり「モデル」のお仕事として参加したさいとうまみ(参照)など数える程しかなかった。これではバイラルも何もないな。
 
 そういえば。真鍋摩緒は去年の夏くらいに『NON-NO』か何かで「未だにマンガ喫茶で更新してます」なんて言っていたように記憶しているのだけれど。今はどうしているのだろう??

AMNへのほんのちょっとの懸念と希望

 今日、アジャイルメディアネットワークが設立記者会見を開催、去年末からの試用期間を経て晴れて本格始動となった模様。発表会の資料も既に公開されている。(参照
 各参加ブログでは、これまで表示されていたブログ・オン・ブログ広告に加えて、ラージバナー広告も表示されるようになっている。しかし…皆様ページデザインに苦心なさっている印象を受けた。

 既に、ImpressWatchに記事が上がっていた。

 ブロガー向け広告を展開するブログネットワーク「AMN」が設立
 
  AMNに参加するパートナーブログ数は現在のところ12で、合計の月間PVは約300万PV。パートナーブログの数は今後も順次拡大していく予定だが、数が多すぎると情報がノイズになりうるとの判断から、最大でも100程度に制限する方針。AMNへの参加基準に関しては現在のところ公開されていないが、基本的にはGoogleのアクセス解析「Google Analytics」をベースとしており、客観的な参加基準を設けて早急に公開する予定だという。

 パートナーブログでは、サイドバーなどで企業のブログを表示する「ブログ・オン・ブログ広告」を設置し、企業のビジネスブログの新着フィードとバナーをローテーションで自動的に表示する。また、ブログを設けていない企業などのために、728×90ピクセルのバナー広告メニューも用意する。さらにパートナーブログの新着フィードとアイコンを自動表示する「ブログクリッピングエリア」も広告の下部に表示。参加ブログの情報を互いに表示することで、ブログ間のコミュニケーションも促進する狙いがあるという。

 「ブログ間のコミュニケーションも促進」というあたりは微苦笑してしまうが、マジックミドルへの広告展開は今のところほとんど存在しないというのは確か。「法律的なサポートを行なう体制も整えていく」というのもほんとうならば期待したいところだ。
 気になる選考基準だが、既にサイトには以下のような記載がある。

 ブロガーのみなさんへ

 ・特定領域に関する専門性をベースにした情報フィードがあること
 ・プロフィール、もしくはそれに準ずる内容が公開されていること
 ・ブログの運営者が特定できる(責任の所在が明らかである)こと
 ・問い合わせ先が明記されていること
 ・平均して週一回以上の更新があること
 ・事実を重視し、虚飾がないこと
 ・引用(リンク)を適度に活用していること
 ・読者や他のブロガーとのインタラクションを厭わないこと
 ・今後、月間平均で5万ページビュー以上の閲覧が見込めること

 なるほど。「特定領域の専門性をベース」にしてないし、月間数千PVのparsleyには関係ないな(涙)。
 しかし。「事実を重視し、虚飾がないこと」と「読者や他のブロガーとのインタラクションを厭わないこと」はレギュレーションが難しいように思えるのだが。早期に「客観的な参加基準」の公開されることを待ちたい。
 気になるのは、「パートナーブログへの支援も積極的に進める」としているところ。ImpressWatchには「仕事などでブログの更新が難しくなった場合の執筆支援や、記事を書く上での法律的な知識に関する指導」とある。うーん。「指導」という言葉に引っかかりを覚える。
 まぁ、広告が入る以上、加入ブログが対象企業に不利になることが書かれるケースは考えづらい(そもそも加入ブロガーにそうする動機が乏しい)が、書いたそばから運営サイドの介入があったり、除名されたりする可能性はあるんじゃないかなぁ。

 個人的にちょっと懸念しているのは、『404 Blog Not Found』様が、カテゴリー「Love」やアダルトコンテンツを扱ったエントリーがAMNに相応しくないという理由で今後ネタにしなくなるのでは、ということ。彼ほどの立場のひとで、アダルトコンテンツにしばしば言及して頂けるひとを私は知らない。
 おそらく杞憂だとは思うけれど、もしも今回の加入で、こういった内容の記事が読めなくなるとすれば悲しい。今後も加入ブロガーが縦横無尽に健筆を振るわれんことを願うばかりです。

『ネット君臨:識者座談会』を読んでみた。

 毎日新聞の新年連載企画『ネット君臨』は、ネットがもたらした負の部分を恣意的にクローズアップする形になって(Webで可視化されている上では)すこぶる評判が悪い。しかも、取材過程が対象者によって明らかにされてしまい、かなりかっこ悪いことにもなっている。(佐々木俊尚氏のblog参照
 19日朝刊の10・11面に掲載された「識者座談会」は、わざわざ駅売りの新聞買って読んでみた。
 率直に言って、バイアスはかかったまま、かっこ悪さは是正されないままだった。

 ネット君臨:識者座談会(その1) 迅速な救済措置必要
 ネット君臨:識者座談会(その2) 情報倫理の確立急げ
 「ネット君臨」に関連した識者座談会の特集紙面を掲載します。 (まいまいクラブ)

 ネット上では分からないのだけど、実は同じ日の一面に、「ネット教育 全国に指導員」という記事が掲載されていて、ここから特集記事に誘導するという流れになっていた。

 インターネットの有害サイトで子どもが事件に巻き込まれたり、ネットがいじめに使われる問題が深刻化しているため、総務省はネットの安全で適切な利用の仕方を子どもや親に教えるボランティアの地域指導員を全国規模で育成する計画を決めた。子どもの携帯やパソコンで1割にも満たないフィルタリングの普及率アップも目指す。

 別にこの日に一面に掲載するニュース性はなく、座談会を読む前からインターネットの負の部分を読者に刷り込ませるためとしか思えない構成だ。もっとも、総務省が規制の方向に傾いているのはうかがえるので、この企画自体がそういう観測気球なのかもしれない、という想像はかき立てられる展開ではある。

 さて、肝心の座談会。佐々木俊尚氏がネット擁護派、柳田邦男氏が規制派の急先鋒といった役回り。竹花豊氏は規制は必要としながらもニュートラル、別所直哉氏はWeb事業者としてクレームを担当、といった印象を受けた。そして、司会の朝比奈豊氏は、規制を規定の路線としているのが随所に見受けられた。
 まず。アジェンダの設定がどうなのか。児童ポルノと匿名による誹謗中傷を一緒くたにして論じるという姿勢に疑問を覚える。当たり前だが前者は犯罪だというコンセンサスが出来ている。粛々と法整備を行い警察当局に頑張ってもらうべき以上、という感じ。今回の四氏で論じあうのがナンセンス。ネットに絡めるのは牽強付会と断じていいだろう。
 柳田氏も、ネット批判のために戦後の公害を持ち出した時点でちょっと目を当てられないなと思った。匿名・実名というニ項対立が強固でハンドルや顕名という概念はなさげ。というか、そこに理解のない「識者」が混じると議論が深まらない、という印象を受けた。そもそも、この企画で取り上げている諸々の問題は、新たに発生したものではなく、可視化されるようになったに過ぎないのではないか。柳田氏の世代のひとに、そういった視点を期待するのは無理っぽい。残念だけど。
 実際のところ、竹花氏がおっしゃるように現実問題としてネット社会はもう動き始めている。規制を行うにせよ実務マターの段階で、マクロよりもミクロなんじゃないか、と思ってみたりする。ミクロの実例が抽象的なので、「世論」を喚起するという目的に対してもイマイチ感がある。
  
 オンラインの片隅にいる身としては、ここまで大手を振って「規制」が語られるようになった、ということに対しては複雑な気持ちを覚える。要するに「自治」は機能していない、と認識されているし、実際その通りだということ。そういう足音に無頓着なひとが行き過ぎることを当局は待っているのだろうな、と邪推してみたりもする。
 また、誌面にいくつか挿入される「ネット社会取材班の考え」で、「ログ保存の義務化を」を提唱していて、あたかも意見の一致が得られたような書き方をされていた。

 ネットでの誹謗中傷やプライバシー侵害が実社会での被害にもつながり、深刻化している現状を考えれば、被害者救済のためのルール作りが急務。具体的には、損害賠償訴訟などに不可欠な発信者情報の開示をきちんと行えるように一定期間のログ(交信記録)の保存をプロバイダーに義務付ける措置が必要だと考える。この際、政治家などの公人や大企業が自己防衛の手段として発信者情報の開示を乱用する恐れもあるため、一般個人の被害とは区別する柔軟な運用が求められる。

 なんだか、法人による発信者情報開示要求と訴訟が乱発し、「個人を守る」という目的はなんだったのだろう状態になりそうな悪寒がするのは私だけだろうか。

 以前、新聞社の中のひととお会いした時に「今既存メディアがよくないということに焦点が当たって、その結果本当に権力を持っている側に対しては取り込まれているのでは」という趣旨のことを投げかけられたことがあった。その場では何も反論出来なかったのだけれど、今ならネットに対する法整備という観点において、毎日新聞をはじめとするオールドメディアは本当に権力を持っている側に取り込まれているのでは、という疑問を提示することが出来るな、と思った。

ままならない世界

 忙しい割に実にならない感じがしないでもなく悶々とした日々を過ごしております。parsleyです。相変わらず自分と仕事のマネジメントがなってない奴です。少し、いやかなり落ち込んでおります。
 
 中でも、三連休の最終日に例によって秋葉原に張り付いていたのだけど、こちらのDVD発売記念イベントより、ホコ天にいるレイヤーの方が人集めていたのには心底参った。
 私が遭遇したのは多分、『アキバblog』様で紹介されていた娘たちだと思われるのだけど(参照)、それはもう、皆寄って来るのですよ。こっちは有料(DVDの購入費は4000円する)で向こうはタダという差があるのだけど、敗北感を覚えずにはいられなかった。もう何枚もイメージDVD出している、そこそこ購買希求力のあるタレントだとしても、秋葉原という街ではそういったフラットな戦いを強いられるようになっている。
 というか、商業ラインに乗っていようが趣味だろうが、自己プロデュースを正しく理解しない娘は生き残っていけない。例えその子が小中生だとしてもだ。
 
 最近、YouTubeでは『アイドルマスター』の動画がアップされて人気だし、綿矢りさの『夢を与える』も登場して、世間的には「アイドル」回帰なのかな、と思ってみたりもする。けれど、多くの人は歌って踊れて脱げる90年代のアイドルを今になってもイメージしている。細分化・分業化が進んでいる現在の情勢に対するカウンターは虚構の中にしか存在しない、ということになるのだろうな。

 まぁ、あとしばらくは、ままならない世界でもがき続けなきゃいけないのだろうな、私は。
 

今更『次世代ウェブ』を読了したのだけど。

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 献本を頂いた佐々木俊尚氏の『次世代ウェブ』、今頃になって読了しました(ありがとうございました)。
 内容に関しては、この著書単体で感想を述べるのはちょっと難しいな、と感じた。『グーグル』『ネットvsリアルの衝突』も踏まえていないといけないし、これから刊行されるであろう氏の続編も併せて読んで考えないとなぁ、という気にさせられる。第五章で、松永英明氏の「Web2.0の背景にある考え方。」から集合知について引用して、それについて「また別に機会に考えてみたい」と記されているから尚更だ。
 もっとも。新書という媒体は、全国の書店に数万部程ばら撒くというモデル。私みたいに擦れた読者よりもWebの動向にさほど関心のないひとの方が多いだろう。そういった私の知り合いに読んで貰ったのだけど、「読みやすくて、これまで何が問題かよく分からなかったことも知ることができた」と言っていた。

 しかし…。ないのだ、どこを探しても。参考文献・URLの一覧が。というか、引用されたサイトのURLはどこにも記載がない。
 多分、読者は興味のあることには検索して自分で調べるだろう、ということなのだろうけれど。うーん。
 私は佐々木氏の『グーグル』を読んでこんなことを書いているのだけど、一年を経て参照部分を全部省くという方向に進むとは思わなかった。

 新書戦線は春にかけて扶桑社やアスキーが参入する。どうも最近、どこも手抜き感が目立つようになっている気がするので、カンフル剤になればいいなと思うのだが、悪貨が良貨を駆逐する方向に進みそうな気がする。
 
 

数が問題じゃない。届くところには届くよ。

 前回のエントリーの続きのような、続きじゃないような。
 ますます供給過多になり、ほんとかどうか分からない情報が氾濫する中、遭えて何かを書き散らして公開する意味やモチベを、どこに置けばいいのか。
 結局のところ、手前の言葉が「届いている」という充足感が一番なんじゃないかなぁ、と思う。逆に、「誰も言わんとしていることを理解してねぇ」ということが長期に渡って続くようならば、blogでもミク日記でも2chのカキコでも書く意味がない。届かない言葉が可哀相。どこかここではない別の場所で発信すべきだったのかもしれない。
 これは、パーソナリティによるアクセスの大小によって変わるものじゃない。といっても私は泡沫ブロガーなので大手サイトの中の人の気持ちは想像するしかないのだけど(笑)。サイトを閉じたり、プライベートモードにしたり、更新の頻度が極端に落ちたりするひとたちの根底にあるのは、そういったことなんじゃないかなぁ。
 今、ブログというツールは、以前と比べて言葉が届き辛くなっているようにも思える。もっともブログに限ったことではないのかもしれないけれど。tb・コメント・SBMなどで反応がより可視化しやすいポジにいる分、損の部分がより大きく見えやすいのは間違いないだろう。
 書き手の方も、「発信」という行動が当たり前に出来るようになって、目的が「発信」そのものから、発信した「影響」の方を重視するようになっている。で、その「影響」が手っ取り早く分かるのが、アクセス数だったり、ぶくま数だったりといった感じかしら。

 たぶん、これからは、エントリーを書くにしても、その目的を正しく設定することがより大事に感じられるひとが増えていくのでは、と思う。不特定多数に向けられるものならば、これまで通りでいいのかもだけど。SBMならクリップしたユーザーが見えるし、読み手が誰かというのも分かる以上、読み手を選ぶ書き方を意図的にしているエントリーが増えている気がする。
 数の質に注意することは、弱小~中規模サイトにとっては書くモチベになり得るし、大手サイトにとっては読者の選別に繋がるだろう。もしかして、一つの圏域を形成しているように見える正体なのではないか?
 あと、「ほのめかしメゾット」は、読者をふるいにかける方法論でしょうね。 
 
 個人的には、幸いにも自分の言葉が伝わっているという実感があるので、愚にもつかないことを書いていられたのだな、と思っている。
 たぶん、これからも。大丈夫。
 何らかの意味が読み取れる表現を適切に使ってさえいれば、届くところにはちゃんと届くよ。

2007年のブロゴスフィアからは明るい未来が見えない

 分不相応だと知りつつ、性懲りもなくオンライン=ブロゴスフィア論を書き散らしてみる。
 最近、いろいろな方のエントリーを読んで、釈然としないことが多いような気がする。ITベンチャーサイドの方々からは、blogまだまだいけるよ的なプロパガンダっぽい発言が目に付いたりするし。広告・マーケティングに呑まれない寸前のラインを探りつつで大変なんだろうけれど。FPNアルファブロガー2006の結果を見る限り、もうこのフィールドからは新鮮なイノベーションが生まれる素地は失われてしまったのだろうな、というふうに考えざるを得ない。
 逆に言えば、イノベーションを生む存在は、生む存在同士で結びついて、ブロゴスフィアとは別の場所でそういった作業に従事するようにシフトした、というふうに取れるかもしれない。
 ビジネス・Web論系のブログに限っても、2005年あたりは凄い経歴の人たちが凄い知的展開をコメント欄で繰り広げているような印象があった。今も彼らは高度な論考をどこかで繰り広げているのだろう。それが見えなくなった、というだけのことだ。
 結局、「アルファブロガー」の時代ともいえるこの2年間は、フラットになったフィールドから、有為なイノベーションや人材をふるいにかける2年間だった。今、このフィールドには、「とり残された人たち」しかいないのかもしれない。私も含めて。
 
 2年前はフラットだったかもしれない空間は既にフラットではない。
 確かに、Web上に参入するという一点については今もこれからも平等だ。が、既に広告屋さんやITベンチャー屋さんが『ポピュラス』における「神」に相当する地位を争っているような状況。彼らが山や川や崖を思い思いに築いては壊しを繰り返し、その度に右往左往する羽目になるのではないか。たぶん、オフラインに軸足を持たずにWeb上で活動しようとするならば、これまでとは比較にならない程道のりは険しく、得るものは少なくなっていくと思う。

Tit & Tap

 オンライン上での議論や係争が、だらだらと長引いて皆が飽きるまで続く理由。
 もしかして、多くの発言者-ブロガーだったり発言者だったり-が、「しっぺ返し」戦略を採用しているからなんじゃないかな、と突然思いついた。
 例えば「この相手は礼節わきまえてないから、こちらもそういう態度で臨もう」とか。
 細かな事例の検証を何もしていないので仮説以上でも以下でもないのだけど。

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