忙殺・煩悩・充電

 先週あたりから、めくるめく素敵なまでに、リーマン的多忙を極めている。
 ちょっと今週は濃いエントリーを記すのは難しいかもなぁ。
 ヨガに行ったり、東京優駿外したり、ネタはそれなりにあるのですけれど。

 『an・an』関連で言えば。これだけHow toでやっておきながら、ちっとも官能的でないのは何でだろう、という疑問がふつふつと沸いてきた。「官能」イコール「エロス」としても「センス」としても。
 ちょっとヒントになったのが、江國香織の『とるにたらないもの』なのだが、その話はまたおいおい…。

 そんなこんなで。今週はいやがおうにも煩悩を充電させる期間になりそう。

 関係ないけれど。拙blog過去最大のコメントスパムに見舞われている。どうしたものかねぇ…。

『ananプロデュース エッチDVD for Girls』を見てみた

an・an (アン・アン) 2006年 5/31号 [雑誌]
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マガジンハウス 2006-05-24
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 全国の中学生諸君は今すぐに460円を握り締めて近くの本屋さんに走り、『anan』No.1513号(5月24日発売)を買うべきだ。合法的にHな雑誌とDVDをいっぺんに手に入れるチャンス。この機会を逃して次があると思うな!
 …と、いうのは冗談だけど。これが男性誌ならば、R18指定を掛けて成人コーナーに追いやられる可能性がある。69Pからは「おしゃれヌード」の後追いしているような写真と、南Q太の『妄想カップル』は、袋とじにしなくていいんだふーん、という感じ。成人指定のシール張りが一点から二点に増えて汲々とするような雑誌を作っている会社に籍を置いている身からしてみれば、なんて素敵なダブルスタンダード、とまずは思った(笑)。

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今更の『「ことのは」問題を考える』雑感

 ほんとうに今更だけど、佐々木俊尚氏の『「ことのは」問題を考える』について覚書程度に記しておきたい。

 まず、インタビューから一ヶ月近くも経てからこのエントリーを上梓した意味はどのあたりにあるのだろうか、と考える。そろそろ皆このネタに飽きてきたような印象があっただけに、はてなブックマークの食いつきのよさにちょっとびっくり(参照)。良くも悪くも関心を再度掘り起こすことには成功しているわけで、これがR30様がおっしゃっている職業技術というやつなのかぁと思った。
 ただ、3月に最初の石が投げられてから、波紋が広がる過程において、問題も際限なく拡散している。佐々木氏は今回、この事件をネタにフラット化の果ての「絶対的正義」という自説のフレーズを持ち込んだ。
 確かなことは、『ことのは』様がオウマーだろうがオウマーでなかろうが、ブロゴスフィアの関心はそこから離れつつある、ということだ。これも、やはり意図的なものなのだろうか??

 個人的には、彼のエントリーを読んで、「ブログ・ジャーナリズム」というのは言葉が悪かったんだな、と思った。オンラインからのマスコミュニケーションの再編、と表現した方がより正確だった。
 付け加えれば、ブログで何かものを言おうとすれば、既にそれはジャーナルなんじゃない?
 だから、玉石を振り分けてポンと出す人間が必要なわけで、ジャーナリストが要るわけじゃないように思える。「ブログ・ジャーナリズム」を標榜していた方々が皆「発言者」の域を脱してない、あるいは余儀なく発言せざるを得ないところに、停滞感を覚えてしまう。

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「革命」に失敗したものとしての「乙女男子」

 ‥というフレーズを、唐突に思いついた。

 自分の世代だと、日渡早紀の『ぼくの地球を守って』や高河ゆんの『アーシアン』やCLAMPの『聖伝』で、セカイを変えるという快楽に溺れて1990年前後を過ごし、『少女革命ウテナ』で、変える対象が自意識へとシフトして、しまいには喜怒哀楽別に項目が分けられた、サプリメントのような物語だけが残っていったことを体験している。
 これが敗北あるいは退嬰の歴史に見えるかどうかは別の話として、セカイの革命を未だに夢みているような香具師のことを、精神文化的に「乙女」と呼ぶのではないだろうか?

 ま、仮説と呼ぶにはおこがましい思いつきでしかないのだけど。

 現状、「乙女」という言葉は、嗜好面と精神面と社会面と個別に語られているにもかかわらず、一緒くたに捉えられているため混乱しているような印象がある。
 個人的には、「何処のケーキが美味しい」とか「何処のマスコットキャラクターが欲しい」といったことや、「若きウェルテルの悩み」みたいなことは大事だけど、「どこかにいるお姫様がやってくる」なんてこと(参照)は激しくどうでもいいです(笑)。

 

仮説・「モテたければヨガスタジオへ!」

 さて、アーレフ界隈のことで、私ことparsleyが関心があることは大まかに2点しかなかった。

 まずは、「世紀末文化」というムーブメントの中での位置づけ。これは、拙blogでも数回取り上げた(これとかこれとか)。あまりモテなかったけど。
 もう一つは、「どうして麻原彰晃はあんなにもモテたのか」という命題である。

 既に、『犬にかぶらせろ』様が「キモメンがモテになるとカルトができる」という仮説を発表なさっていて、『このとは』様界隈の記事を読んだりしている間もこのフレーズがず~っと頭に残っていた。
 畳み掛けるように、『GripBlog』様のインタビューで、滝本太郎弁護士がこんなことをさらっと述べている。

 要するに、人間というのは思想・感情・行動で動くとかってよく言うんだけどね。(図を描きながら)思想と感情と行動というのは正三角形だと。
 (中略)
 だから、女性信者なんかは、麻原さんへの恋愛感情へも似たものがあるから、それに結構引っ張られている。それぞれリンクするのでね。

 (「滝本弁護士へインタビュー」より)

 
 勿論、催眠やらLSDやらで洗脳されちゃったという側面は承知しているけれど、ファーストインプレッションの時点ではそういったファクターはないはず。一体他にどんな要素が?
 それで、カギは「ヨガ」だな、と私は感じたというわけだ。

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「消費」「変化」、とりとめもなく

 最近、「消費」という言葉を多用していた反省も含めつつ、もう少しつらつら記してみたい。
 きっかけは、『BigBang』様の「すさまじく消費されていくこと——永遠に?」を拝読したから。

 が、その前に。『Proving grounds of the mad over logs』様から拙エントリーに反応を頂いた(参照)ので、ちょっと補足。
 オウム真理教に対する視点は私が記したことと近いし、「宗教団体もカルトもそうでしょうけど、教義というのは後でついてくるんです」という『GripBlog』様の滝本弁護士のインタビューとも合致する。
 それで、私が「オウムなんてエンタメでしょ」と記したのは、その時点で誰もそう言ってなかったからに過ぎない。そもそも『ことのは』様自体にそれほど興味はないし(笑)。blogのネタとして、消費する存在。
 この件に関わる記事を上梓されていた方々も、申し訳ないけれど私と同じに見える。何か自分の主張や欲求を表すために、この件をネタにしたのだから。確信犯にしろ無意識にしろ。
 だから、「消費社会だからって何でもエンタメにすればいいわけじゃないでしょ」ではなく、「消費社会では何でも(自動的に)エンタメにしてる」のだと思う。せめてそのことを自覚して咀嚼しようよ、というのが、一連のエントリーで、ネタをダシに私の言いたかったことになる。

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『かもめ食堂』に乗れなかった理由

 『かもめ食堂』(2005年・日)

 採点(五段階):★★☆☆☆

 写真は、この映画のパンフレット。もたいまさこが演じるマサコの重要アイテムである旅行かばんがモチーフになっている。

 しかし、もう公開されて大分たつというのに、盛況で驚いた。
 主力は30代の女性2~3人組といったところ? 女性を相手にしたマーケットのプレイヤーは、この映画を見ておくべきなんじゃないだろうか。

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ソフィスティケートされるオタ要素

PS (ピーエス) 2006年 06月号 [雑誌] PS (ピーエス) 2006年 06月号 [雑誌]

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 遅きに失し杉、という感ありありだけど、『PS』6月号の感想など。表紙は蒼井優。写真集『トラベル・サンド』
の空気を帰国してそのまま持ち込んだ感じ。それにしても、彼女ももう二十歳かぁ。

 今回気になったのは、65Pにしょこたんこと中川翔子が登場していること。
 確か、去年も出演していたから目新しくはないのだけど、最近某消費者金融絡みでブログのエントリーが削除され、某週刊誌にまで掲載される渦中なだけに、以下のくだりが痛々しい。

  いつも女の子らしくいたいと思っているので、やっぱりワードロープはスカートがメイン。色もピンクや白、デニムのミニスカばっかりです。でも、今年はなんだかワンピースが気になりますね。花柄も大好きなんですが、こんなダークカラーのワンピだと大人っぽくなれて、ちょっとうれしい  キャラクター的にアキバ系アイドルだったりするので、夏は思いきって、おでこを出して見た目だけでも代官山系を目指します!(笑)

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ブログ本を出す意味とか、拙エントリーの時間的距離とか、、

 あんまり声を大きくするとオフラインの立場的にどうかなので、”こっそりと”ここに書こう。
 私は、「出版」というものに対して、かなり幻滅している。
 もともと田中芳樹あたりが描く「売れない作家」像なんかに憧れちゃう他愛もない幻想がベースだから、崩れて当たり前といえば当たり前なんだけど。とにかく、自分で書いたものを本にする、という発想は、失せた。

 こんなことを書くのは『ネットは新聞を殺すのかblog』様がブログを本にして、ブログを閉めることを示唆されるような発言をされていたから(参照)。
 あぁ、過去ログ読みたきゃ本買ってね方式ということですか。頭いいなぁ、エントリーだけを残してコメント・tbもオミットされるのだろうし、というのが率直な感想。

 それにしても、ブログ本を出すメリットが出版社にあるとは、どうしても思えないんだけどなぁ。
 仮に5000部刷るとして、印刷費は200万前後? 専門じゃないのでアレな数字だけど、価格設定1500円にして、30%は売らなきゃいけない計算になる。ハードル、低くはないですよ。
 だいたい、タダで読ませてもらっていたものをお金を払って再読したいという人がどれだけいるんだろうとも思うし。潤うのは著者だけじゃん。

 ただまぁ、エントリーという「現在」の保存方法として、極めて有効だというのは認めなければならないだろう。もちろん、「著者」という肩書きを得るという意味合いも。

 内容に関しては、結局皆が求めていたのって、ブログ”イエロー”ジャーナリズムだったのね、と思った。これについてはまた別の機会に。

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「永田町の闇鍋」よ永遠に

 松野頼三と聞いて、真っ先に思い浮かぶのが、『週刊朝日』で年に一回掲載されていた、「永田町の闇鍋」。
 出席者がまた豪華で、小泉純一郎以下、麻生太郎・高村正彦・平沼赳夫・羽田孜・鳩山由紀夫・鹿野道彦といった面々。松野翁を囲んでの丁々発止のやり取りは、時にニヤリと、時にドキリとさせられる、スリリングな企画だった。

 彼の訃報を聞いて、不謹慎ながらこの企画も一緒に墓場かぁと思った。
 多分、与野党・主流反主流を横断して一同に会することが記事になることは、当分はないのではないか。

 とにかく、ご冥福。

 松野頼三氏死去…元自民党総務会長、小泉首相の指南役(読売新聞)