Love? or Sex?

 小谷野敦氏の『「誰でも恋愛できる」という幻想を捨てよ』と、栗先生の反応エントリー「だから恋愛するのは簡単だって」を読んだ。

 私が思ったのは、結局のところ「恋愛」という言葉の定義合戦になるよなぁ、ということ。
 もっといえば、「恋愛」という言葉が指す時間の長短だろう。

 ただ、私はこういった恋愛論は、皆夢中になっているふりをしているだけだろ、と考えている。恋愛から性愛を抽出して取り出したいだけなんじゃないの、と。
 したいと思ってする恋愛をするのはそりゃ難しいでしょ。
 でも、「だからセックスするのは簡単だって」と言えば、脊髄反射で首肯出来る。

着せ替え気分はスキンでは満たせない

 衝動でスキンを替えてみた。
 というか、立て込んでいてそれぐらいのことしかいじれない。
 本当は両サイドをケアしたいところなんだけど。

 しかし、服を諭吉さん10枚分ぐらい買い漁って、溜まりに溜まったほにゃららを発散させたいところですね‥。
 スキン替えるくらいでは満足できませんよ。ええ。

流れよわが涙、とトラックマンは言った

 ‥かどうかは定かではないけれど。

 JRAサラ最多出走、ハートランドヒリュが調教中に死亡

 去年11月3日に、オートダービーが持っていた122回の記録を43年ぶりに更新し、現在JRAのサラブレッド最多出走記録を更新中のハートランドヒリュ(牡10 栗東・河内洋厩舎)が、きょうの調教中に急性心不全を発症し、死亡した。
 ハートランドヒリュは父ランドヒリュウ、母テルノワカクサ(母の父パーソロン)。1998年12月に栗東・清水久雄厩舎からデビュー。管理していた清水久雄師の勇退に伴い、河内洋厩舎に転厩。3月12日の中京11R、遠州灘特別で通算127戦目を迎えていた。

 このニュースを聞いて、調教中に斃れ鬼籍に入った馬たちを思い起こす。
 ニホンピロジュピタ。南部杯までの四連勝は強烈だった。オペラハウスの代表産駒はテイエムオペラオーではなくこの馬だといい続ける香具師が一人くらいいてもいいはずだ。
 スイートゥンビター。外国産馬がクラシック開放されたこの年、ダービーを奪うのはクロフネではなくこの馬だと言い張っていた。

 まさか、彼がこのような結末を迎えるとは思わなかった。
 ご冥福。

 彼の戦跡はこちら

「乙女に乙女心はわからない」

 で、分かっていなかった、ということに気付いてフェイズ終了。これにて「完」。
 もし、「少女まんがジェネレーター」が出来るとすれば、そんな感じの骨格があって、あとはバリエーションを選択するカタチになるんじゃないだろうか?

 もっと正確に言うと、無意識のうちにセカイを自分に取り込むことを出来ると思い込んでいるパーソナリティの挫折の過程、ということになるのかな?

 乙女が乙女心が分からないように、乙女男子に乙女男子心は分からない。
 分からないから想像してチラシの裏に書くことを書き散らす。書き散らすことで、インナースペースに取り込もうとする。………。

 私の場合、ひとの行為には興味が沸くけれど、そのひと自体にはそれほど関心が向かないのは、そういうことなんだろうなぁ、と思う。そして、そういったことを通そうとする自分がもう既に破綻して絶望か諦念かの選択を迫られている最中、といったところなんだろう。

ブログに不向きなブロガーの考える売文

 最近はちょっとしたカミングアウトがムーブメントのようなので便乗すると、10年以上前のparsleyは、物書きをメシのタネにして生きていこうと本気で考えていた。それも、フィクションとかノンフィクションとかいうくくりではなく、脳内をただ垂れ流しにして適当に単語を並べるだけで、毎月貯金通帳の額増える、といった類の文章で、である。しかも、思うだけならまだ救いがあるのだけど、結構真剣に勉強までしちゃっていたのでタチが悪い。あーどれだけ自己批判しても足らんなこりゃ(笑)。
 なので、私のエントリーは、本気で書けば書くほど、エッセイの書き方講座で習う構造を踏襲した感じになっていく。いくら意識的に文体を崩しても拭えない。

 当時、自分が得意にしていた(あるいは思い込んでいた)のは、一見すると関係ない複数の事象を、体験を触媒にして結びつける、という手法。
 確かに、雑誌か何かに寄稿するには完成度の高い「作品=エッセイ」が出来るかもしれない。けれど、それをやって許されるのは、林真理子や阿川佐知子クラスのひとだということにアホなので気付かなかった。
 今でも、ついついその癖が出るのだけれど、これだけフローでの情報の交錯が繰り返されるオンライン上で、ストックを陳列して繁盛するには、finalvent様やkanose様やdan_kogai様やgotanda6様ぐらいの方でないと、ちょっと難しいような気がする。自分史以外の過去を漁って商売していくのが選ばれた人間の特権なのは、昔からそうだし、これからもそうなのだと思う。
 つまるところ、parsleyの書き方は少なくとも今parsleyがブログでする文ではないな、という結論に到達してしまったのだった……。

 そんなことを、catfrog様のところで、3月14日に展開したエントリーを読み進めてつらつらと考えた。まったく、折角のホワイトデーだというのに!

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たぶん、そういう世界は目前

 『heartbreaking.』様の「オマエのセックス体験談より、オッパイ出せ」はてぶ経由で拝読して。

 「セックス体験談よりも、オッパイ出す」世の中がそう遠くない日にやってくる、と考えているparsley的には、かさぶたが残りそうなエントリーだった。

 ぶちゃけると、言葉を紡ぐよりもチ○コマ○コ出すほうが手っ取り早い。
 そう気付いてしまった人を押し止めるには、道徳やら倫理やらといったあやふやなファクターに縋る以外にない、というのが2006年3月現在の状況だと思う。