『嫌オタク流』と「小娘が何か言ってます。」を強引に結びつけてみる

 実は昨日・今日と全く同じ、凄惨な夢を見た。
 グラビアアイドルのイベントで、進行が上手くいかず、詰めていたお客さんに囲まれて、ボコボコにストンピングされる夢!(笑)
 えっ? 病んでいる?
 うーん。そうかもしれないなぁ…。

 個人的には、こんな夢を見たのは『嫌オタク流』を読んだためだと考えている。
 この本は大本の構成で二次元/三次元という対立項があるので、私が関わっていることにはほとんど触れられていない。とはいえ、「ピュア」なひとたちの一部が、自分達が望むものと違ったものを提供された時にどんな反応を示すか、ということもまぁ知っているわけで。流石にストンピングはされることはないだろう、とは思うけど(笑)。

 ウケたのは、オタクと非オタクの視点の違いを際立たせるために、小倉優子を持ち出しているくだり。
中原晶也氏・高橋ヨシキ氏がビッチ派で、海猫沢めろん氏が「純粋で処女」派(笑)。この本オタクが二元論で物事考えがちなことを批判する内容なのに、その外側にあるものでは偏見に基づいて発言しちゃう、というところが面白い。まぁ、「記号」が必要としているのは、オタクも非オタクも大差ないんじゃないだろうか?

 しかし。考え込まされたのは、画一的で多様性のないコンテンツが大量生産されるのは、みんなで徒党を組んで同じ価値観の中で優劣を決める学校教育に原因を求めていることだ。
 たまたま、『はあちゅう主義』様が「小娘が何か言ってます。」で「日本が可及的速やかにやらなければならないのは教育改革」と演説風にやっちゃったのを横目で見ていたから、正直ギクリとした。

“『嫌オタク流』と「小娘が何か言ってます。」を強引に結びつけてみる” の続きを読む

些細な心象の告白

 この頃、ひと様の文章を読んで、沈鬱な気分になることが多い。

 例えば。フィギュアで荒川静香が金メダルを取った際の記者会見の記事。(時事通信社・こちら

 -浅田真央は将来チャンピオンになれると思うか。
 可能性は十分あると思う。その年その年のチャンピオンは才能と運が重なった時になれるので、頑張ってほしい。(続)

 ……なんでそんなこと聞くかなぁ。 
 ミキティをプッシュしていたメディア・広告・産業界は面白くないのかもしれないけれど。普通にないなと思う。
 もちろんミキティは何も悪くないよ。念のため。

 しかし、そうなると表紙に持ってきた「アエラ」が慧眼ということになるなぁ。

 他にも、堀江メール界隈とかきっこ界隈とかはあちゅう界隈とかも、目にすると「目にしてしまった」感を覚えてしまう。
 何と言うか、『ガメラ3』のメイキングで樋口真嗣が渋谷センター街の爆発シーンで、「愚民ども、死ね死ね死ね~」とかいいながらVチェックをしていた気持ちが分かる、といった感じ?

 ま、そんな感じでやさぐれています、ということで。

ストックを拾い上げるのは

 finalvent様が2月21日の日記で、読売新聞社説に対して、「もっとも美しい日本語は2ちゃん語」と記されていた。
 そういうふうに断言なさることには禿同なのではあるが、同時にびみょ~な気分にもなった。
 私が以前に書いた、一部ではヤケに受けたがタイミング的にちょっとスベったかなという感じの『広辞苑に「あぼーん」が載る日』という記事があるのだが、書いた本人ですらこういう機会がないと読み返さないという事実を再確認するハメになったからだ。

“ストックを拾い上げるのは” の続きを読む

Amazonと、出版編集に関するあれこれ

 先週の水曜日に、Amazonが取次・卸などを介さずに、書籍、CD、スポーツ用品などの直接仕入れによる委託販売を受け付ける、というニュースがNIKKEINETに載った。(参照) 字だけを見ると、「すわ出版流通2.0ですか!」…と感じるのも無理はない。これまで取次がしていた、買付けや部数の調整までAmazonが握ってしまうのか…。
 が。たまたま本丸に乗り込む機会があってそのことを確認すると、現時点では取次や問屋との関係はそのままで、登録データのない(=取次・問屋で扱っていない)商品をケアするものらしい。
 つまり、新サービス「アマゾンe託販売サービス」で業界地図が一変するような手合いのものではない。小さな出版社・メーカーの商品の売り場を提供するという、Amazon流のロングテールを促進する意図以上でも以下でもない、ということだ。
 とはいえ、同人誌や自主制作映画なども、この「アマゾンe託販売サービス」で売る道筋は出来たんじゃないだろうか。表現者としても消費者としても、まことに目出度いことなんじゃないのだろうか。

 と、ここまで考えて私は背筋が寒くなった。このサービスが始まって一番辛くなるのは、取次や卸問屋じゃなくて、コンテンツを提供している出版社・メーカーの側なんじゃないのか??
 例えば、自分が芸能事務所の立場なら、思い通りにならない編集者のいる雑誌などすっ飛ばして所属タレントのインフォメーションを集めたペーパーを作る。現状はそれがお金にならないけれど、この新サービスを使えば、お金になるかもしれない
 このままいけば、記事にしろ広告にしろ他に情報を流通する術がなかったから集まってきたに過ぎないと思い知る日が来るのは近い、と考えざるを得ない。

“Amazonと、出版編集に関するあれこれ” の続きを読む

グーグルの中にひとに感じる親近感

 『ザ・サーチ』での個人的なツボは、サーゲイ・ブリンが長年背中の痛みに悩んでいる、というくだりだったりする。
 というのも、私もずーっと痛くて痛くて仕方がないんですよこれが。

 …やっぱりマッサージ行った方がいいのかなぁ。

『ウェブ進化論』とその周辺外部の雑想

4480062858 ウェブ進化論 本当の大変化はこれから始まる
梅田 望夫
筑摩書房 2006-02-07

by G-Tools

 一言でとても「大人」の本だなぁというのが、読後直後の感想になる。言葉はそんなに変わっているとは思わないのだけれど、blogと書籍では文脈の流れが違うなぁと、彼の過去ログと読み比べて思ってみたり。
 もう既に様々な方が指摘していることだけど、この本は私のような「暇人」に対してではなく、「エスタブリッシュメント」に向けて書かれたものだから、その内容の是非に関してを語ることは、「暇人」の任ではないように思える。例えば大手新聞が毎週日曜日に掲載している書評と同じようなことをしていても仕方があるまい。
 暇人としては、この本が読まれること(あるいは読まれなかったこと)によって、直接的には関わりないけれど、「梅田ワールド」に取り込まれているように見える記事が同時期に各所で上がってきている、ということが面白い。

“『ウェブ進化論』とその周辺外部の雑想” の続きを読む

森の中の木々たち

 前回と、前々回の記事の参考文献を紹介してみる。
 あんな記事でも、こんなにバックボーンがあるんですよ、と(笑)。

4094023968 プラトニック・セックス
飯島 愛
小学館 2001-08

by G-Tools

 たぶん、AV女優に関しては飯島愛以前と飯島愛以後という区分けが存在すると思うので、敬意を表して最初に紹介させていただきます。

“森の中の木々たち” の続きを読む

OPEN YOUR EYES

 あ~ぁ。最近取引先とか他部署に頭下げてばかりだよ、でもこれって自分のところまでハナシが降りてくるのが遅いのが原因だよな、つーか自分って窓際? っていうか窓際だよねそうだよね。…って感じでイジけ気味のparsleyです。
 紙媒体にしろ、映像媒体にしろ、作品→製品→商品という工程を経ていることには変わりない。
 で、互いの部門で重要視しているところは分からなかったりしているので、互いに軽く見ているわけではないのだけれど、結局軽く扱っているように感じてしまったりもする。
 それで、困ったことに自分はぜんぶに中途半端に関わっているから、謝り役になることが多いということなのですな。まぁいいんだけどさ。

 えっ? 私のことなんてどうでもいい? 分かっていますよ。
 でも、そんなささくれ立っている中、『404 Blog Not Found』様の下記のような言葉を読むととても嬉しい、ということなのですよ。

「職業に貴賤なし」と言いますが、売春(婦|夫)からAV(女|男)優に至るまで、アダルトコンテントの主役達は、私にはとても尊い職業に見えます。文字通り体を張って商売しているわけですから。 

 女優さんたちがされていることは、言わば資本主義社会における巫女の役割を担っているのだと私は思っている。そういったことをわざわざ言明するヒトもいないし、作り手の側もそこまで理論武装していない場合が多いので、世間知には程遠いのが現状なんだろうけれど。
 dan様の「秘すれば花、晒せば塵芥」「一人上手道」『壷の中に水はどれくらいはいってる?』様の「誰のためにAVが生まれたの?」を拝読して、改めてそんなことを考えた。

“OPEN YOUR EYES” の続きを読む

AV鑑賞は、ひめごと、そしてダークです。

 これから記すことは、あくまでparsley個人の主観的な見解、あるいは偏見です。
 これが一般的な男性の視点とか、アダルト業界で就業する人間が皆このように考えているとか、誤解はなさらずにお願い致します。

 というわけで、『404 Blog Not Found』様の「AVの中に嘘はどれくらいはいってる?」と、紹介なさっている『壷の中に水はどれくらいはいってる?』様の「AVはセックスのお手本?ワイドショーは井戸端会議?」に対して、AVを売り歩いているひとの立場として、ちょいモヒ(ちょっとモヒカン族っぽく)で絡んでみる。

 まず、これはアダルトに限らず一般作もそうなのだが、商業DVDには一般家庭内における私的再生に用途を限って販売(レンタル)するという記載がある。
 もちろんこれは「コピー絶対するなよ!」という意味の文言だが、同時に、それを視聴するのは個人の責任において行われる、というところもポイントだろう。
 AVを見ないヒトの中にはAVを見るヒトに口を挟むか、自分は見ないと宣言するヒトがいるように感じるが、なぜそれを言明したがるのかといえば、アダルトコンテンツを無意識に貶めているからでしょう。
 下に見るのは個人的信条の範疇なのでとやかく言う権利はないけれど、AVを見ている、または関わっているからといって、ひととしてアレというわけでもないと思う。
 あ、相手の主体に入れるほど親密だというのなら、また別のハナシになるかな? まぁそれはお互いの話しあいで解決していただくとして…。

 で。
 AVという分野は、フィクションであってフィクションでない、ギリギリの境界線上に立っている。
 確かにシナリオはあるけれど、複数の人間が裸でくんずほぐれつしている様は嘘でもなんでもない。登場している女の子の顔にスペルマがかかって肌がカピカピになっているのは、現実にこの世のどこかで起こったことなのだ。
 そういった虚構の部分をオミットして現実の部分に欲情するように、ニンゲンって出来ているのではないかしら。それが自分と何の関わりのないひとならば、安心して欲情できるし(笑)。

“AV鑑賞は、ひめごと、そしてダークです。” の続きを読む