ご主人様を選択する自由と勇気

 11月24日の『ワールドビジネスサテライト』で、書籍流通についての特集があり、Amazon対取次という構図にスポットを当てていたそうだ。
 残念なことに私は見逃してしまったのでまた聞きになるのだが、オンライン書店=Amazonの勢いが優勢という色が濃厚な内容だったとのこと。バランスを取るためか、小谷キャスターが「私は本屋さんに行き続けます!」と言っていたと聞いて、思わず笑ってしまった。
 まぁ、ユーザーから見れば、同じ本を入手の方法として、Amazonを使うか本屋を使うか、ということになるよなぁ。
 この特集を詳細に紹介なさっている『貧乏だけど心は萌え』様のこのエントリーで「対抗すべきはネット書店vsリアル書店」と記されているのも同様の観点からだろう。
 
 だが、コンテンツの発信源である出版社(版元)の立場からしてみると、また別の風景が見えてくる。
 要は、取次に首根っこを捕まえられて右に左に振り回されている現状を何とかする方法論として、一辻社が取ったようなAmazonとのパートナーシップは魅力的な選択肢に映るよね、といった話なのだが。

 たぶん多くの方がピンとこないだろうから、一つ例を挙げてみる。
 ある出版社が、あるグラビアアイドルの写真集を企画した。彼女はデビューしてから今ひとつパッとしなかったが、深夜番組に出演するようになり、独特のツッコミが妙に視聴者の琴線に触れはじめ、某掲示板に専用スレが立つまでになった。まさに出すなら今しかないというタイミングだ。担当者は趣意書を徹夜して練り、ある大手取次の担当者へと持っていった。

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「お前が言うな!」ということを記しておく

 アダルトも立派なコンテンツ産業なので、こんなこと言うべきことじゃないのだけれど。
 巷で流行りの「下流社会」の議論の根底に、「クリエイティブ」なものに対する絶対的な信仰があると思う。
 その「クリエイティブ」とされるものが、もう何番煎じか分からないものだというのを目つぶってヒトやカネが群がる構造に皆気付けよ、と穴掘って叫ぶ今日この頃。

乙女男子が不思議に思う2、3の事柄

 モテ/非モテ界隈のエントリーを読んで、毎回やっかみ半分で思うのは、どちらかの陣営にカテゴライズされるヒトはお仲間が簡単に見つかって楽でいいよな、ということ。
 モテの方は、その手管なり知識なりキャラ造りなりに対して、「すご~い!」という視線を集めることが出来る。
 非モテの方は、自虐ネタや「モテ」陣営への敵意を、互いに共有しやすい、ように思える。
 私が「乙女男子」を自称するのは、以前のエントリーに書いたような理由によるが、加えて自分のことを説明する際に、既存の属性に頼ることができねーな、と感じているから、自分で自分の属性に当てはまる言葉を使うしかなかった、ということもある。属性に自分を当てはめるのではなく。
 だから、「乙女男子」という言葉自体は、瞬間的にはてなブックマーク上で浮上してきただけで、普遍的な言葉ではない。最早、私がこの言葉を守っていかなければならない、という奇妙な使命感を持っているほどだ。

 なぜこんなことを書くかと言うと、当然『こころ世代のテンノーゲーム』様に拙エントリーをDISして頂いたからなのだが、この機会に以前よりどうなのかな、と疑問に感じていることを、つらつらと記してみようと思う。

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脳は拘束されない。

 アールブリュットに言及したにも関わらず、「生の芸術 アールブリュット展」を観ていません、というのは片手落ち。なので、土曜日の昼下がりに銀座のHOUSE OF SHISEIDOまで行ってきた。

 「アールブリュット」とは何ぞや、というと、画家ジャン・デュビュフェによる造語。要するに、美術の専門教育を一切受けていない人々が「内的衝動に駆られて自発的に作る美的所産物」(パンフより)のことを差す。
 勿論、フロイトらによる「無意識」の開拓やら、20世紀前半の戦乱によって西欧文明と人々のインナースペースがズタズタにされた、ということも、彼らに光が当てる要因になった。……。
 
 で、私は「ネオ・アールブリュット、轍なき道」でも書いたように、郵便屋シュヴァルが、アールブリュットの極北であろうという仮説を胸に、展覧会に臨んだ。

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ちょっとした所在確認と危機感

 前のエントリーで書き忘れていたこと。
 
 私自身は、メタがデティールやネタなんかよりもずっと好きだということ。
 そういったメタなものにどっぷりとはまった人間が、いの一番に、オンからもオフからもオミットされていくのかな、ということ。

 これまで漠然と感じていたことだけど、何かより輪郭が浮き上がってきたように思えてきた。
 由々しき事態だなぁ。

 それこそ、ヘンリー・タガーやカルロ・ツィネリのように、自分の裡に閉じてく以外の方法がないじゃん。

「第一回東京ブロガーカンファレンス」雑感、雑想、その他

 11月19日夜7時半より、渋谷某所で開催された、「第一回東京カンファレンス」という名の飲み会に、行って参りました。
 私は結構早くに参加を決めたのだけど、こんな大仰な会になるとは思わなくて。
 な~んの準備もせずに行ったなら、こんな方こんな方こんな方までいらっしゃって、正直ビビってたじろいでいました。必死こいて平然としたフリしてたケドさ。

 それから、名刺頂いた皆様、こちらからお渡しできずに失礼致しました。
 あと、『犬にかぶらせろ!』様に『近江商人 JINBLOG』様。微妙な贈物でご迷惑ではなかったでしょうか? といっても返品は受け付けません(笑)。

 個人的な感想としては…セカイって狭いと改めて実感。毎度こういう会の度に、共通の知人とかバックボーンとかで繋がりがある人が見つかるのは、普通に不思議だ。
 あとは、それぞれの方のポジションによって、様々な案件別に、視点のズレというか、温度差があって面白いなぁと勝手に思っていた。
 今を見ているのか、明日を見ているのか、それとも明々後日を見ているのか、の差というか…。どれがいいというのではなく、ただの違いとして、各位の立ち位置が際立ったように感じた。

 で、どこにカテゴライズされた人間が、よりシアワセをつかむのかなぁ、と始発3本目の東横線の車中で漠然と考えてみた。
 無論、私の乏しい脳では答えが出るはずもない。オール後では尚更だ。。。。

 何はともあれ、とても有意義で楽しい時間でした。皆様、特に『好むと好まざるとにかかわらず』様に感謝。 

ネオ・アールブリュット、轍なき道

 『好むと好まざるとにかかわらず』様が、「プチクリ」と「アールブリュット」の関係について、実に興味深いエントリーを重ねていらっしゃているので、ちょっと私も考えてみた。
 本当はアールブリュット展を観に行ってから感想を挙げようかとも思ったのだけれど…。

 それで、クリエーターのクリエイトするモチベを、三人称(不特定多数)の視線=商業的見地ではなく、一人称もしくはごくごく近しい人たちからの視点に置いた方がずっとハッピー! …という考え方が、彼の言う「アールブリュット」なのかな、という感想を持った。間違っていたならゴメンナサイ。
 もっとも、過去を紐解けばいくらでも事例が見つけられることではある。
 例えば、ルイス・キャロルが『不思議のアリス』を書くことになったのは、友人家族の姉妹に聞かせるため、ひいては彼女達を楽しませようとする彼の欲求のためだ。これは極端か。
 モーリス・ユトリロはアルコール依存症/自己を克服するためのツールとして絵筆を持った。もっと極端か。
 思いっきり極端な例ならば、澁澤龍彦『幻想の画廊から』で紹介されている、郵便配達夫フェルディナン・シュヴァルが作りあげた「宮殿」が挙げられるだろう。

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とりあえずプチ・エデでいこう!

 プロフィールにあるように、私ことparsleyはアダルト系出版社でおまんまを頂いているわけだが、やっていることはいわゆる編集者ではありません。じゃあ何やっているのか、と問われると、広く浅く関わらなくちゃいけないポジションで、自分でもよく分からない役回り、としか説明出来ないのがツライところだ。口出せばある程度は耳貸してくれるんだけど…。

 ま、こんなblogをやっている以上、表現欲求は水準のひとよりもあるのだろう。けれど、その「表現」がオリジナルな自意識をカタチにする方向よりも、むしろ他者の自意識に投影して、パッチワークのように組み合わせてゆくほうを向いているような気がする。
 なので、はっきりとエディターやってみたいのだが、それでお金貰おうというふうに、積極的に動くつもりになれない。カネよりも好き勝手に出来るほうを選ぶ、というのもアリでしょ、と思ってしまう。
 「趣味ジャーナリズム」に対する「趣味編集」? それとも「プチ・クリ」に対応しての「プチ・エデ」でもいいか。

 そんな方向に今後はこのblogもいきたいなぁヤプログも正式版が始動することだしとか考えているうちに、じゅあ目標は何処に置くのか、いう問題に突き当たった。
 そのためにエントリーを挙げることが出来なかったんですぅ、という言い訳をひとまず垂れておいて…。
  

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Webのヴァージョンが上がっても

 いや、Web2.0に関して、parsleyに特に意見はないのだけれど、切込隊長様のこのエントリーや、『Zopeジャンキー日記』様のこのエントリーなどを拝読する限りは、メタの部分では既にWeb2.0自体が「終わっている」という結論になりそう。
 それで、これからは『僕の△  見てください。』様のこのエントリーのように、ネタとして消化して排泄されていくに任せるだけになっていくのかなぁと思う。
 なんだかむなしい。

 
 

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ないのはネタじゃないんです

 こんなサービスが始まっているらしい。

 テレビブログ

 2005年の上半期の話題商品第1位(電通調べ)と、すっかり市民権を得ブログ。盛り上がりとは裏腹に、ブログを公開したが、見てもらえない、ネタがなく続かないという悩みもよく聞きます。無理もありません。作家ならいざしらず、興味を惹く題材で豊富に書ける人はそういません。
 「テレビブログ」はテレビ番組をネタにしたブログです。テーマが「テレビ番組」なので書くネタに困らず、読者増も期待できます。ビジネス用、プライベート用などブログも複数が当たり前の時代。サブブログとしてもおすすめです。

 まぁ、存在が広まればtbセンターとしての機能をそれなりに果たすだろうけれど。
 ネタはあるんで私の代わりに仕事やって下さい、と思った(笑)。

 ↑の一文を言いたいだけにエントリー立てました。すいません。