漏電しつつ充電中

 ここのところ、『添え物』の更新がままならず、心苦しい限りのparsleyです。
 
 昨今の世間様の動きやら、オンラインでの話題に口を挟みたい気はあるのだけれど、私が言うにはおこがましかったり言うべきでなかったりで、勢い無口になりがちになっている。
 また、自意識を方向を表すのに最適と思える場所が、はてなブックマークでニュースやひと様のエントリーをクリップしたり、ハイクブログで廃人…もとい、俳人ぶったりすることで、ある程度は済んでしまい、言葉を惜しむ結果となっている。
 私的なことや、大きな声ではいえないことは、SNSの方になってしまうし。

 あんまりよくない傾向だなぁ。『添え物』、アイデンティティー・クライシス(笑)。

 いちおう、ネタはいろいろ寝かせてあるので、まとまった時間を見つけて書きたい気持ちはある。ある日突然三エントリーくらい書くことになるかも。というか、そういう時間が今一番欲しいものかもしれない。
 
 ま、そんなこんなで。オン・オフ双方で、自意識と体力を消耗しつつも、表現欲求を充電しております。
 とりあえずparsleyは生きています、というご報告もかねて。

もしも沈むのなら、独りで沈みたい

 今週は何気に忙しい。それも、充実感のない、「忙」という字を分解して以下略な類の忙しさなので、気分も沈みがちだ。
 おかげで、オンラインの遊覧も出来ない状態なのだが、それでも「祭り」という名の前線がどこかは把握しちゃっている。これを喜ぶべきか、悲しむべきか…。

 『世に倦む日日』様と「STOP THE KOIZUMI」のウォッチは当方も継続中。彼は、思考の積み上げの技術はお持ちなのに、結論を「ところでカルタゴは滅ぼさなければならない」系に落とす。仰ることに共感は絶対に無理だが、エンタメとしてはいいんじゃないか、というのが私の立場だ。
 が、流石に首相の靖国参拝関連の裁判に関する言説は看過できない。そのあたりは、、『Irregular Expression』様の鋭鋒によって論破されてしまっている(参照)ので多くを述べないが、さらに本来味方であるはずの参拝反対派から山口貴士弁護士が明らかに迷惑顔で彼の姿勢をダブルスタンダードと断じる事態になっているあたり、単純に面白いです。ゴメンナサイ。

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とりとめもない覚書

 靖国神社にまつわる喧騒についての私の心情的立場は「トルコライス。過去、現在。」で触れた以上のことも以下のこともないので、今回は黙って胸のうちにしまっておくつもりだった。
 が、『Scott’s scribble – 雑記。』様の「もしオレが靖国参拝に反対するならば。」と、紹介されている『余白から指先へ』様の記事を拝読して考えを変えた。
 やっぱり、靖国神社参拝「問題」に、もの凄い嫌悪感あることを吐き出しておくべきだ。
 以下、チラシの裏的な内容になると思うので、あらかじめお断りを…。

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たまには自分を褒めようか

 私事で恐縮ですが、拙blogも21日で丸一年を迎えました。
 これまでアクセスして頂いた方々に感謝。
 しかし。飽きっぽい人間がよくもまぁここまで続いたな、というのが正直なところだ。
 よくやったparsley。凄いぞparsley(笑)。

 それにしても。最初は、「アダルト出版社で働きはじめたparsleyの現実と非現実」を語る場という設定だったのが、随分変質してしまっている。
 もっと言えば、世知辛いこんな世の中から脳内で引き篭もるための別荘にするつもりが、セカイに対峙するための前線基地といった様相になってきている。退嬰への願望を自覚しつつも、他者とのかかわりを捨てられない、現代人の悲しい性というやつですな(苦笑)。

 最近、「発信」のモチベが落ちていて、このblogの幕の引き方とかも、おぼろげながら考えるようになった。いや、ブログに限ったコトではなく、自分の表現者としての欲求を、どうソフトランディングさせるか、ということが、一年間を振り返ってみて見えてきた課題である。
 といっても、物事に対して私が働く感性を、他者の口から聞くことが稀であるうちは、何か言わずにはいられないのだろうけれど。そこのところを問いかける橋頭堡としての『添え物』は、まだまだ私の中で大きな位置づけを占めることになりそうだ。

 そんなこんなで。いつまで続けられるのか分からないし、ある日突然ぷっつりと消えることもあるかも知れないけれど、とりあえずはだらだらと書きたいことを垂れ流していくことになりそうなので、皆様方におかれましては、今後ともparsleyと拙blogをよしなに願います。

午前1時のお茶会 ~習作~


「マリアージュ・フレール、アールグレイ・アンペリアル」
「敢えてダージリンにベルガモットという倒錯感がタマランのだよ」
「どうでもいいけれど、カップとポットはアフタヌーン・ティーじゃない?」
「…ほんとうは、紅茶のこと、大して好きでもないんだ」
「『ウテナ』かよ!」
「ま、紅茶に限らずだけど。好きなものと言っているのは、便宜上」
「シリアス~」
「あぁ、自分のことだけは好きかも」
「あー分かる分かる!! この世界でたった一人になっても生きていけると本気で考えているタイプよね」
「今までで一番、ぼくのこと誤解した発言だな」
「あなた、自分が誰かに理解されると思っているの?」
「自分が誰かに理解される?」
「思ってないでしょ」
「自分が理解されるより、他人を理解しているつもりになっている方が楽だろうね」
「そういうところが、頭が高いのよ。わたしのことなんて、何にも分かってないくせに」
「分かっているから、その紅茶にコレを一錠入れた」
「そしてあなたは、ソレを咥えたわけね。ねぇ。ほんとうはあなたが、自分自身が嫌いな自分が好きだってことを、あなたが認めることが大事だと思うの」
「認めてはいるよ、受け入れられないだけで。きみと同じ。女でも男でもない者になれない自分が好きなきみと」
「だから、欠けているものを与えてくれるひとを求める」
「求めて、得られた?」
「軽蔑なら、浴びるほど」
「そして同じくらい軽蔑してきたわけだ」
「何だか、一時間ぐらい同じハナシしているね」
「こうやって人は死ぬまでの暇を潰していくんだよ」
「そういえば。あなた、一時期わざわざカップからソーサーに移して飲んでなかったっけ? スコットランドのハイランダー流とかなんとか言って。あれ、止めたの?」
「…きみは【慮る】ということを学ぶべきだな」

『私の大好きなモリコーネ・ミュージック』と対峙する

私の大好きなモリコーネ・ミュージック~小泉純一郎選曲チャリティ・アルバム
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 映画音楽の巨匠にしてイタリアン・ポップスの編曲の父である、エンニオ・モリコーネの名曲群を小泉純一郎氏が選曲・監修。日頃からファンを自称する身としては、外せない一枚だろう。
 …かどうかは分からないが、小泉支持派のブロガーの誰もがこのアルバムに触れないというのは、他者の底浅を笑えない。不詳parsleyがレビューさせて頂きます。
 えっ? 首相はともかくモリコーネはどうなのかって?
 ご心配なく。私も彼の音楽には一格言アルヨ。何しろ『ペイネ 愛の世界旅行』のオープニングテーマを聴いただけで滂沱の涙を流せる人なのだ。むしろモリコーネの造詣で首相に勝負を挑むくらいのキモチで、このアルバムに対するつもりでいる。いざ!!

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ぶくまに関して思ふ二、三の事柄

 「はてなブックマーク」に関して、『Scott’s scribble – 雑記』様のこちらのエントリーにコメントさせて頂いた。が、奥歯に骨が挟まった感が残っている上、注目エントリーの閾値が3から5に上がる仕様に変更されるなど、状況が動いているので、あえて蒸し返してみることにした。

 以前に「人気エントリー」が偏りすぎじゃないかという内容のことを記事にしたが、閾値の引き上げが、「現実での人気者ををより人気者にするツール」という面を助長するのでは、と思うし、「100人の村のはてな」でのランキングが、セカイとはズレていってしまう可能性が高いように感じる。
 それが面白ければ無問題なのだが、finalvent様が早速記されているように、何かつまらない。つまらないのは、「はてな」な偏りが原因の一つに数えうるだろう。

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今日のつぶやき

 いろいろな面で、空気読めてなーい!
 ま、一人だけ違うテンポで生きているのは仕様だというハナシもありますが…。

 ま、世の中にはトンパチなことを許される人と許されない人、あるいは許される分野と許されない分野というものがあるなぁ、と思ったのが、以下のニュース。

 「参院軽視なら暴れちゃうぞ」大仁田氏

 自民党新人の杉村太蔵衆院議員(26)に「参院神奈川補選の応援に行こう」と呼び掛けている大仁田厚参院議員(47)が12日、党本部の武部勤幹事長室に抗議文を届けた。杉村氏から全く連絡がないことへの抗議で「あいさつぐらいあってもいいだろ。これじゃ『保護者だ』という武部さんも参院を軽視していることになる。参院には参院のプライドがある。オレたちは衆院の下請けじゃねえ」と声を荒らげた。

 この日参院で審議入りし、14日に採決される郵政民営化関連法案についても「これ以上参院を軽視するなら、本会議で騒ぎまくるぞ」と、怒りは関係ないところまで飛び火。前国会では採決で棄権した大仁田氏だが、報道陣から「(反対の)青票を含めてか」と問われると「当たり前だよ」とまで話した。

 いや、貴方が先の郵政法案の時に棄権して廃案に追い込み、民意が読めなかったことが参院軽視に結びついているんですけれどね。
 次回また法案に反対するならば、比例で当選した身として議員辞職が筋と思われるが、そこまでする度胸が彼にあるのかな。

 まー、今の私は正直他人のことをとやかくもの申せる■御座いませんので、おとなしく籠の中に戻るとします。ではでは。

うれしの紅茶の湯気越しに

 「17歳の頃から全然成長していない」ことを、半ば自慢にしちゃっているparsleyではあるけれど、17歳の頃のまま、な~んにも変わらずにいるかと言えば、勿論違う。
 そういえば、あの時に比べて、紅茶を飲まなくなったなぁ、と思う。
 飲まなくなったのには、やんごとなき事情がないわけではないのだが、飲まなくなったということ自体が、私の嗜好の変化を示しているのは誰の責任でもないだろう。

 知り合って浅い人からすれば、リアルなカフェマニアと見なされがちなのだが、実際のところコーヒーにそれほどこだわりはない。以前働いていた店のブレンドと、行きつけの珈琲店のブレンド。この二つさえあればいいと思っている。
 私にとって、お茶の世界はそれでは到底済まないだけの広がりがあったのだし、現在もあるのかもしれない。
 もともと祖母が紅茶党で、家にリプトンのティーパックが常備していたものを自分で入れるようになってから、もう20数年が経過している。
 はじめてトワイニングの紅茶葉の缶を買ったのは13の時。ラム酒を垂らしたアッサムを飲みたさがため、わざと深夜に受験勉強していたこと。『銀英伝』の悪い影響(笑)。
 一人暮らしをはじめて、フォートナム&メイソンのロイヤルブレンド250g缶を近所の食料品店で買い込んだ日々。
 折角貰ったヘネシーを、「ルーマニア・ミルクティー」とか言ってぜーんぶ茶に垂らすのに使うといった「罰当たりなこと」(当時の知人評)をしたこともあったっけ。

 …そうやってみると、紅茶を軸に展開する過去と直面する気になれなくて、しばらく距離を置いていたのかもなぁ、と思う。
 それでも、ひとりの時に外で飲む時はあったのだが、他人が入れてくれたものには、何の感慨も覚えない。只のタンニンとカフェインの溶解物に過ぎなくなっていた。

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「革命」と「ファシズム」のアナクロニズム

 Yahooブログにて、マスコミ各紙各局のOBや、現役の解説者などからなるニュースブログ『メディア・レボリューション』が9月から立ち上がっていたことを、恥ずかしながら『ガ島通信』様のこのエントリーを拝読するまで、全く存じ上げなかった。月尾嘉男東京大学名誉教授が代表を務め、岩見隆夫氏、阿部和義氏、岸井成格氏といった大物を揃えているのにも関わらずである。
 きっと、私の情報収集力不足のせいで、決して広報活動をしなかった武士の商法が原因だとは思っておりませんよ。たぶん。
 それで、内容に関してなのだが、『ガ島』様が記されているように、「既存の媒体では伝達できない」記事は、残念ながら見受けられない。一体どこが「革命」なのか、さっぱり分からない。ま、要するに新しい皮袋に古い酒を入れてみましょう、という試みなのだろう。
 私は現在の文壇/論壇の閉塞感は人の入れ替えがなく各媒体に滞留したままになっているのが原因だと思っている。新聞・雑誌からブログに移行したところで、新たな何かが生み出せる見込みは薄い。
 「革命」によって退場すべきは、紙媒体ではなく、今のメディア人の方だろう。

 そもそも、還暦を過ぎた方々が「レボリューション」という言葉を臆面もなく使うという構図に萎える。
 「世界を革命する力を!」と叫んで許されるのは、キレイな女の子と、女の子みたいな男の子だけなんですよ(笑)。
 元ネタに関しては、近日中に別エントリーを挙げます。

 同じように、その言語感覚を疑いたくなるのが、あっさりと「ファシズム」という言葉を使ってしまう人達。
 私が知見した範囲内では「禁煙ファシズム」「改革ファシズム」の二つか。主にそれに反する方々がレッテル張りに使っている模様である。
 これは独断と偏見だけれど、亀井静香氏らを中心に衆院解散時に小泉首相の政治手法を「独裁」「ヒトラー」と批判し、それをメディアが切り取り増幅して伝えた事によるシンクロニティが働いていると思う。

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