いま、会いにゆきたい映画

 昨日のblog界隈では、『ベイエリア在住町山智浩アメリカ日記』様がプライベートモードに追い込まれてしまったことで持ちきりだった。
 私は時たまにしか覗かない読者だったので、どんなコメントスクラムだったのかは知るよしもない。そんなヤツがこんなことを言っていいものか分からないけれど、そのコメントって本当に「個人」の書き込みだったのか、一抹の疑問を感じなくもない。「一体、お前さんはどこの手の者か」みたいな。
 最近、オンでもオフでも、そういうふうに隠れポジショントークしている輩の影を疑ってかかることが多くて疲れるが、D・アッテンボロー氏よろしく「それがどうした」で進んで行くのが正しい楽観主義者というものだろう。
 何にせよ、町山様の身辺が一日も早く平穏になりますことを。

 さて、休止直前に町山様が紹介されていた『ホテル・ルワンダ』
 77回アカデミー賞の主演男優賞にドン・チードル、助演女優賞ソフィー・オコネドーがノミネートされていたから、当然日本でも公開されるものだと思っていたが、現状どこの配給会社も買い付けていないという事実を、恥ずかしながらその際に知った。
 社会派の映画が敬遠されるといっても、『ノーマンズランド』『イン・ディス・ワールド』は東京の空気に溶け込むよう自然に公開されている。外野からは「何故?」としか思えない。ここで冒頭の陰謀論に繋がるわけですよ(苦笑)。

 幸い、公開を求める有志の会が立ち上がり、Web上で署名活動等を行うようなので、関心のある方は、是非リンク先をご覧頂きたいと思う。

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敵は「ブロック化」にあり?

 ☆有害ソフト「注文者県内なら県外通販業者も規制」/県☆(カナロコ)
 実名でのネット活用促す 総務省「悪の温床」化防止

 以上の記事と、それにまつわるエントリーの数々と、オフでの体験をないまぜにした雑感。まだ、散らかしたままの思考なので、覚え書き程度に…。

 有害ソフトにしろ、匿名にしろ、いくら規制しても解決にはならんだろうし、検討する側もそれは承知の上で言っているのではないかと思う。つまり、意図は「規制」じゃなくて「管理」でしょぶっちゃけ。
 もしかして、共産圏の官吏が日本に憧憬の視線を送ったように、総務省の担当の皆さんは中国のWeb事情に羨望しているのかもしれないな…などとイヤミを言いたくなる。

 で。なぜこういった問題が出てくるかといえば、個の中に閉塞していく志向を留める手段を持ち合わせていないからだ、と思う。
 有害ソフトが有害になるのは、現実と虚構との差異を感じる機会を逸しているからだし、逸するように閉じたコミュニティでしか行動出来ないように、彼/彼女がブロックされていたからだと取れる。
 「悪の温床」も同様で、あまりにもコミュニティとして独立しすぎているから歯止めが利かないのだろう。あとは、構成員の「分かるやつだけ分かればいい」感。

 異質な思考法への拒絶に、オン・オフ問わず進んでいるような気がしてならないし、自分もそちらに流されているんじゃないか、と感じたりする。
 だからこそ、このblogをやっているという面はあるのだけれどね。
 例えばmixiのようなSNSなんかも、結局は仲良しグループの中へと閉じていくだけなんじゃない、とも思うし。やったことないので何とも言えないけれど。トモダチ少ないから、誰も誘ってくれないんだもん。
 と、いっても、blogやっていても、閉塞するものは閉塞するし。無意識下での他人への警戒がなくなるものでもないし。
 とはいえ、今そういったことを意識しすぎじゃないの、と私は思うし、その結果、細分化されて孤立した趣向ごとを、当局が分割して統治するような未来がやってくるのは願い下げにしたいです。

次元の服が黒ならそれでいいんです

 タイトルは上野顕太郎『ひまあり2』より引用。分かる人だけ分かって下さい。
 というか、ユーズド価格高っ! 吃驚。

 最近占いばっかやっているparsley。この蒸し暑さに脳がヤラれて込み入ったこと考えられないのだと暖かく見守って頂ければ…。
 で。今回はルパン占い

 結果は以下に。

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誤解怖くてやってられるかって!

 こんなものをやってみた。

 あなたの腹黒度チェックGoisuNet

 まぁ、だいたい結果は想像つくが…。

 質問【1】 テストであなたは好成績を残さなくてなりませんが自信がありません。

 →カンニングする

 「諦めて余白に絵描き始める」という選択が欲しいところ。諦めの早さは数少ない美徳なので(苦笑)。

 質問【2】 大金のぎっしり詰まった財布を拾いました。

 →即座にいただく

 基本は卑しい人間です。

 質問【3】 夕飯のメニューに好きなおかずと嫌いなおかずがあります。

 →もちろん両方残さず食べる

 そして、後で(以下略)になることが余りにも多い。

 質問【4】 親友と同じ人を好きになりました。

 →親友と恋人を共有して三角関係を楽しむ

 一度似たようなシチュになった。二ヶ月足らずで飽きる。

 質問【5】 みんながあなたの友達の悪口を言っています。

 →中立のフリをしてみんなの噂だけ聞く

 他者対他者の構図の節度は守っている…つもり。はず。と、思う。
 
 質問【6】 どうしても負けたくないライバルがいます。

 →相手の弱点を徹底的に調べる

 そりゃ、自己を含めたポテンシャルチェックするでしょう。

 質問【7】 母親と恋人と自分。一人しか助からないとすれば?

 →全員で諦める

 「無力な自分を噛み締める」「時が過ぎるのを茫然と見つめる」と書くとparsley的。

 質問【8】 あなたの恋人が浮気をしているようです。

 →自分も浮気する

 ハムラビ法典か韓非子か。むしろゲーム理論?

 質問【9】 「腹黒」という言葉から連想するものは?

 →俺のこと?

 質問【10】 あなたは自分が腹黒いと思いますか?

 →思う

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 で、結果は…。

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自己陶酔をきわめたい

 bunkamuraの、『レオノール・フィニー展』を、30℃超の中観賞しに行って参りました。普段はひとりで観るところ、今回は『村崎式子日記β』様ご同伴。緊張するなぁおい。

 フィニーを単独で展示するのは、日本では20年ぶりだそうな。さしものparsleyも20年前に彼女のことを知るべくもなく、今回が初ナマフィニーである。ドラゴニア(澁澤龍彦世界)の散策者としては、1100円で拝めた巡りあわせを感謝すべきところだろう。個人蔵の作品が多かったことだし。

 澁澤は彼女を「変身の画家」と呼んでリスペクトした。特にエロスに頑なにまで忠実な姿勢、もっと言えば一貫した「母権制的」な世界観に、錬金術の寓意(まさにマニエリズム)を「画家の宿命のメカニズムが、無意識の領域を探索して、「母たち」の国を偶然に発見したのだ」、と表現している。
 『幻想の画廊から』「卵・仮面・スフィンクス」より引用

 しかし、今回の展示はそれとはちょっとテーマがずれているような気がした。どちらかといえば、私parsleyの側に針が振れている。一言にすると、自己陶酔
 ちと浅はかな観方かもしれないが、まあつらつらと、覚書程度に。

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灯消えども、名は残り。

 ある知人によれば、parsleyが女性を褒める最高の表現は「モディリアニの描くような」という言葉だそうな。
 いきなり俗なはじまりで申し訳ないが、確かに彼が描く女=愛妻ジャンヌは、ずっと前から美のアーキタイプというべき輪郭を、与えてくれてきた気がする。

 『FIGARO japon』の前号で、フランス映画特集をしていた。これが久しぶりの「当たり」で、浮き立つようにページをパラパラめくっていると、今夏以降の公開作品のページのカットに目が留まった。
 夜、街灯の下で、赤いショールをした両腕を翼のように広げて微笑む女と、帽子を手にやり見つめる男。
 それが、7月9日より公開される『モディリアニ』の一シーンだった。
 晩年の彼を描いた映画といえば、『モンパルナスの灯』が直ぐに挙がる。ジェラール・フィリップとアヌーク・エーメの美しさゆえに、芸術家の壮絶さと病苦と貧困の悲劇が胸に詰まる。
 この名作を超えるのは至難と言わざるを得ないが、あえて同じ題材で勝負してきたミック・ディヴィス監督らスタッフの意気込みを買いたい。それに、アヌークとはまた別の、現代的な色合いを帯びたエルダ・ジルベルスタインのジャンヌも、決して悪くない。

 こんな話を持ち出したのは、勿論「ジャンヌ・エビュテルヌの肖像」が325万6000ポンドで落札されたから。

 モディリアニの悲劇の絵が6.5億円で落札=クリスティーズ競売

 とてつもない高値でやりとりされるようになったのは、彼らのストーリーと無関係ではない。クリスティーズの評価額が上回った分は、「悲劇」を買ったのだというふうにも取れる。この記事のように書かれると、少し切ない。
 それだけではない、ということを確認するためにも、来月はシャンテ・シネに足を運ぼう、と決意している。

ブロガーはメディア論を殺すのか?

 もっと正確に言うと、「ブロガーのミスリードがメディア論を殺す」。昨今のメディアを扱うblogを見ていると、そう思わずにはいられない。
 
 現在、「論」の前線を担っている『ガ島通信』様は、残念ながら初志を忘れてしまっているようだ。「ジャーナリズム」を双方向なものにシフトチェンジする術を探すべく、新聞社を退社なさった、というのが私の認識だったのだが、もしかしてそこも釣りだったのかしら、と疑いたくなるくらい、本質からはズレたエントリーを乱打している。
 そもそも、私には「実名/匿名」とメディア論との絡みがよく分からない。
 もっと言えば、新聞・テレビの体たらくはモラルの問題ではなく、システムの問題だと思う。そのシステムとしての「参加型ジャーナリズム」なり、ツールとしてのブログなりを俎上にするなら理解できる。が、ツールを利用する人間の悪意は、「メディア崩壊の現場」と何ら関わりがない。悪意のある人間は新聞だろうがテレビだろうが、ブログだろうが何だって利用することに変わりがないということだけしか分からない。
 百歩譲って、そのことを語るにしても、nikkei.bpの方ではなくlivedoorにエントリーを立てるべきだった。

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スロウなチェーンをメロウに語る

 ひとつ前のエントリーの「新・不幸の手紙」ことMusical Batonですが、無事全部回ったようで、ほっとしています。
 皆様ありがとうございました。

 さて。回し廻された雑感をいくつか記しておきたい。
 というのも、ざっと読み返してみて、「自分の音楽観や遍歴の一部分を切り取ることしか出来てねぇな」と思わざるをえなかったから。
 設問中、3つまでが「現在」に関することだというのとも無関係ではないのだろうが、parsleyの人格形成にかなり影響を与えたPIZZICATO FIVEには一行も触れていないし、YMOの痕跡は、テイ・トウワの名前を出したことで勘のいい方に気づいて貰えれば、という脆弱な印に過ぎない。
 他にもクライズラー&カンパニーを軸にラヴェルやドビュッシー、サティにまで伸ばせる羽は畳んだままだったし、アシッド・ジャズにハマった「若気の至り」は封印を解かずじまいに終わった。
 4番目の設問で、それらを取り上げればよかったじゃん、という向きもあるだろうが、この試みが他者の視線との繋がりという面があることに、少なくとも私は無関心ではいられなかった。つまり、「紹介者」としての顔で、閲覧して頂いている方々と対峙していた。
 自分が大事にしている曲を取り上げるにしても、メガヒットでも時代を作ったわけでもない曲を、あえて挙げることになったのはそのためだ。
 と、言っても、これを観て「よーし給料入ったらこのCD探すぞ!」って方はほとんどいないと思う(笑)。『好むと好まざるとにかかわらず』様がおっしゃる通り、他人の音楽の趣味なんて知ったこっちゃねぇよ、という向きもあるだろう。私などは、あちこちの該当エントリーを観て、ただただ己の無知を恥じることになった‥。

 もっとも、このBatonの面白さは、「他者とのつながり」に尽きるので、5番目の設問以外、実はどうでもよかったりするのかもしれない。

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Life is not "Music"but "Sound"

 最近、Musical Batonが、オンライン上でもの凄い勢いで増殖しているのは知っていたが、こんなところにも回ってきましたよ。回して頂いたのは『村崎式子日記β』様。多謝。

 と設問に入る前に、私ことparsleyは音楽に関して極めて節操がないということを明言しておこう。良く言えば食わず嫌いがないとも言えるけど。
 いずれにせよ、自分の気分と曲調を天秤にかけて選択する程度のライトな感覚で聴いているのは間違いない。
 そんな人間に、楽曲を語る資格があるのかどうかなのだが、大抵の曲に関して、その意義とか魅力とかを好き嫌いは別にして説明出来る自信があったりする。自慢するようなことではないか(笑)。

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