いい歳こいて

 『ファイヤーエムブレム 蒼炎の軌跡』をプレイ中。現在17章、中盤の底といった感じなので、ちょっと込み入っています。

 そうそう。我が家、実は「ゲーム機御殿」でもあるのです。
 PS2は当然として、「マイクロソフトの壮大な見切り発車」X-BOXに、「ポケモンと心中宣言」ニンテンドー64、そして「セガ幻の夢」ドリームキャストまで所有してます。
 でも、ゲーマーというわけでもないのです。
 何せ、一機につき、2・3本しかソフト持っていないので。しかも大半が未クリア…。
 
 GAME CUBEも『スーパーマリオ・サンシャイン』『ゼルダの伝説 風のタクト』を買ったはいいが、どちらも一日で挫折している有様だったので、折角のカワイイBODYを眠らせたままホコリを被っていた。

 それを久しぶりに引っ張り出してきて、休日にまとめて山賊どもをブチ倒す日々を送っているという次第。
 というわけで、今の章ヤマですんで、コレにて失礼、ごきげんよう。

仄暗い、台所の隅で

 毎度恒例の『村上モトクラシ』の大調査
 だけど‥今回は設問の選択肢が「村上春樹」ではないような気がしてならない。
 そんなこと言ったならば、そもそも企画自体がハルキ的じゃないともいえるし、そんな企画に乗っかるのもparsley的ではないよなぁ、と思う。ま、逸脱もまた楽し、ということで。

 1. あなたのご家族も村上さんの小説の読者ですか?

 →「姉妹がファン」

 まずは「ファン」という言葉にひっかかりを覚える。「読んで、フレーズを抽出し、印象を胸にしまう」というのが、彼のいう読書だと、勝手に思い込んでいるので。かと言って「読者」というのも違うし。「好む」、という動詞を使うのが、一番しっくりくる。
 「誰もわかってくれない」は、一見ハルキ的のようだが、作品の素晴らしさを力説してわかってもらえないというのと、そもそもわかってもらう努力をしないのではかなりの距離がある。後者の場合、「わかってもらおうとは思わない」と問うべきだ。
 そんなわけで、設問は「比較的当てはまる」以上でも以下でもない。彼女ならば、読むだろうし、どちらかといえば好んでもいるのだろうが、推測に過ぎない。

 それにしても。「祖父母の時代から一族みんな村上好き」に26日5時現在で6名もいらっしゃるのですが、ホントですかぁ?

 2. 村上作品を普段読む場所は?

 →「台所で」

 誰にとってもどれか一つを選ぶのは難しい設問なのではないか? 私の場合、全てのシチュエーションで、本を読んだ経験がある。バーで読んでいた本が村上春樹でも、何もおかしくない。
 まあ確かに、青山通り沿いや、代々木上原周辺に行くと、彼を意識はする。あとは、ベタだけれど図書館。
 そんな中、「台所」を選んだのは、その時点で一票も入っていなかったから(笑)。
 とはいえ、お湯を沸かしながら、ひんやりとした床の感触を抱きつつ、洗い場にもたれかかってページをめくっていく、というのは、私の一番好きな本の読み方でもある。それがまた、自分と村上春樹に相応しい付き合い方のような気がしている。

月日は百代の過客にして

 拡大・伸縮を繰り返すweb界は、ちょっと目を離すと既に別の位相に移っていて、自分だけが置いてけぼり食らうハメになる。
 前回「一晩寝かせて考える」と書いた事象は、ほとんど『R30』様の「メディアビジネスのバリューチェーン(その4)」で触れられてしまった。うぅ、ちょっと萎えたのは否定できない…。
 そんなわけで、「結果」「過程」「トータル」に関しては、細く長く考えていきたい。その結果発表会を開けるかどうか、予定は未定、というところで。

「えっ!?」と思ったいくつかのこと

 まずは、『ガ島』様に前のエントリーを追記の形で触れて頂いたこと。
 「えっ!?」というか滝汗ものなのだが、付け加えると、『ガ島』様の役割は片っ端からエクスキューズすることなのでは、と思っている。それが議論なり論考なりを巻き起こし、そこを取っ掛かりに限定的でもネット上でのコンセンサスが生まれればいい。
 
 ああ。失礼に失礼を重ねて申し訳ないのですが、SMの観点から言えば、もう手遅れなんじゃないかと思います(笑)。

 とはいえ、議論する前提が違うとただのパイの投げ合いなわけで。
 例えば、『札幌から  ニュースの現場で考えること』様が上梓されている「ガ島通信さんへの手紙」。そこで書かれている一語一語がとても重くて襟を正すが、「えっ!?」というフレーズもあった。
 それは「結果が全て」というくだり。ここは私の認識とは真逆だった。
 今は過程も結果も含めたトータルのパッケージで評価される時代なんじゃないでしょうか?
 とはいえ、自分の考えが完全にまとまっているとは言えない。一晩寝かせて考えをまとめたいと思います。

 サマーワの報道に関するあれこれは、お二方の目線が全然違っていて、議論が成り立たない可能性が高いっぽいような気がするのだが、今後もこの流れから目を離さずにいようと思う。

カギは「パーソナル」

 『ガ島通信』様が、自己評価と周囲の視線とのギャップに挟まれて、なんだかイジけて…もとい、落ち込んでいらっしゃるみたい。
 いきなり不躾で失礼なはじまりにしたのは理由がある。氏の記事の最大のアドバンテージは、「放っておけない何か」を無意識に醸し出していること、だと思うのだ。「絡まれ系」キャラといえば『R30』様だが、その方面では最早ダントツで『ガ島』様なのではないだろうか?
 とにかく、ソフィア・コッポラ風に言えば「パーソナルな」文章は、誰でも書けるわけではなく、また研鑽を積んで書けるようになるわけでもなく、ただ書き手の天与のものに依存している。その才に『ガ島』様は恵まれている。単純に羨望するよ私は。
 彼の記事を読みに来る多数のコメントを残さずtbも張らないサイレントな読者は、別に切れ味鋭い告発や、鮮やかな未来予想図を期待しているのではないんじゃないかなぁ、と思う。多分、彼自身が七転八倒・悪戦苦闘しているのを見に来ているのでは?
 
 同じような雰囲気を感じるライターさんといえば、宇都宮徹壱氏が思いつく。
 彼のサッカーの試合の記事は印象論に終始していて「そんなのオレでも書けるよ」と毒づきたくもなるのだが、その印象に至るまでの自身の行動や心象風景までもを晒せるところが非凡なのだ。

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ハルキとの出会い

 『村上モトクラシ』第二回調査に謹んでお答えして。
 通俗的? まあ、乗りかかった船ですから。

 1・あなたが初めて村上さんの作品を読んだのは何歳のときですか?

 →「13-15」
 正確には13歳。『羊をめぐる冒険』

 2・初めて読んだときの第一印象はどんな感じだったでしょうか?

 →「よくわからないけどなんとなく好き」
 まあ、13歳の感想としてはそんなもんだろうが、実はよく憶えていない。
 ただ、胸にすっと落ちたことは間違いないのだろうと思う。

大陸幻想異聞

 今日は田中芳樹『夜行曲~薬師寺涼子の怪奇事件簿』を読み飛ばした。
 私parsleyにのって、彼は「とりあえず出版されたなら読む」最初の作家。かれこれ15年以上の付き合いになる。
 しかし、90年代後半から、現実世界と作品世界との境界線がどんどんあいまいになっていくのに、危うさを感じるのを押さえられない。主な活動拠点だった徳間書店の経営が傾いて、日の目の見ない「中国もの」を次々に紹介・出版していく壮大な試み(シリーズ名を失念した)が頓挫してしまったことが、微妙に影を落としているのではないか、と邪推したくなるほどだ。

 そんなわけで、彼は中国大陸への傾倒あるいは偏愛の気がある作家(初期のペンネームが「李家豊」というところからも瞭然で、ここまでくると微笑を誘われる)。それも、結果として比較対象的に日本を「下げる」という手法を用いて、大陸文化を持ち上げることが多々ある。
 だが、これは何も彼一人の傾向ではなく、ある世代以上の方々に共通するものなのではないかと思う。
 よくよく考えてみると、70~80年代というのは日本列島が大陸に一番接近していた時期だったのだろう。72年の国交回復、78年の平和友好条約という政治の流れを受け、中華風味を、こぞって取り入れようとしたフシがある(もっとも、これは日本に限った空気ではなかったのかもとも思うが)。
 その申し子がNHKの『シルクロード』であり、映画『敦煌』であるのではないか。少年マンガの世界でも『ドラゴンボール』や『らんま1/2』が下敷きにチャイナを置いた。『キン肉マン』の一キャラクターを主人公に据えた『闘将!拉麺男』など、成立していたこと自体が奇跡に感じる。そういえば、鳥山明も高橋留美子も田中芳樹と同世代。ゆでたまごはやや下だが、吸収してきたものに差はないのではないか。 

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素質・環境・運命

 『バッド・エデュケーション』(2004年・西)

 採点(五段階):★★★

 誤解を恐れずに書けば、この映画単体で、感心することは少なかった。
 これまでのアルモドバル監督作品、『オール・アバウト・マイ・マザー』『トーク・トゥ・ハー』ほど、登場人物の心象が掘り下げれていないように思える。ストーリーテーリングに意を用いすぎて、ストーリーの表面をなぞっているに止まっている印象を受けた。色使い、特に緋色の素晴らしさには目を見張ったけれど。
 
 が、私parsleyの心象とクロスした部分を開帳しようとするならば、様々な要因が絡み合って、この時期にこの映画を観たという事実が、後々重量感を持ちえる作品ではあるのかもしれない。何か歯切れが悪いな。

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はじめの一歩

 『カナロコ』が、今日より一部ニュース記事のコメント・トラックバックを開放をはじめる。紆余曲折はあったが、ここまで扱ぎつけたのも編集部の方々のご尽力の賜物だろう。

 コメント、トラックバック開放について(カナロコ編集部ブログ)

 4月15日午前8時の段階で対象エントリーは、以下の通り。

 ☆断水は17日午前に復旧へ/小田原☆
 ☆水源地の間伐材を本格活用へ/横浜市☆
 ☆市民アイデアの「まち普請」に最高500万円助成/横浜市☆
 ☆市民の手で地酒完成/秦野☆
 ☆ジャズの日豪交流始まる/川崎☆

 この中では小田原の断水のエントリーがどのように成長していくのかが気になる。
 個人的には…。か、絡めない…。秦野の地酒美味しそう、というくらいしか感想ないし…。

 ほんとうは、「事件簿」からも対象エントリーを選んでほしいところだが、荒らし炎上しやすそうだし、毎日新聞の「ネット時代のジャーナリズムとは何か」で松澤雄一デジタルメディア局長おっしゃる「少年犯罪で少年の名前が寄せられたりする可能性がある。民事訴訟も一方の当事者からしか書き込まれないかもしれず、選挙も公選法違反の恐れがある」という懸念もある。慎重になって当然。
 いずれは人海戦術を採ってでも開放するメディアが現れるかもしれないが…。多分、「参加型ジャーナリズム」は、性善説と性悪説のせめぎ合い続ける宿命なんだと思う。
 それにしても、「荒らし」「炎上」という言葉、大衆紙で使われるまでになったのですね。

 そんなわけで、当blogは今後も引き続き、『カナロコ』の試みを注視し、絡めるところは絡んでみようと思っている。