うつくしいことばつかい

 最近、文章にしろ話し言葉にしろ、自分の使っている言葉が気になっている。
 よくも悪くも、独特のリズムを刻んでいるように思うが、どうも三十二分音符分だけ遅れているような錯覚に陥ることがしばしばあるのだ。
 他者との比較、ではなく、脳裏にある事象と表現とのギャップがあるということだから、parsley自身のボキャブラリーや文章構成能力に帰する問題なのだろうけれど。

 私に関しては結論が出てしまった(笑)。他の皆さんは、このあたりどうなんだろう?
 というのも、ライブドアPJニュースの『「ブログ時評」という論理破たん』()と、そこで批判された団藤保晴氏がアップした『ブログ時評』にて「ライブドアPJへ:自ら出発点の欠陥を正すのが先だ」という即応エントリーを一読して、満腔の敵意だけは、十二分に感じられるものの、一体何が言いたいんだかさっぱり分からなかったから。
 私の読解力がないせいか、とも思ったが、finalvent様も日記の方で「分かんねー」と書かれていたので、大いに勇気付けられた。単純に、文章構成に難ありなエントリーと捉えちゃっていいんだよね。
 団藤氏の方も、小田氏のレベルに合せた文を書いた…わけでもなさそうだ。氏のエントリーを読むとき、主眼がどこにあるのか読み解くのに苦労する。なんだか読者がいることを念頭に置いていないようにも感じるし。

“うつくしいことばつかい” の続きを読む

大相撲三月場所を振り返る

 幕内優勝 朝青龍
 
 敢闘賞  玉乃島
 技能賞  海 鵬  安 馬

 毎回千秋楽後に書いている気がするが、語るところはほとんどない。13日目の朝青龍・栃東戦だけに言及しておしまいにしてもいいんじゃないか、とさえ思う。
 その栃東。あの一戦を見て感じたのは、この力士は「点」で勝負するタイプなんだな、ということ。スポーツ用語に忠実であれば「記録より記憶」という表現になろうが、要は己の集中力を15日ではなく1日単位で捉えている。多くの力士が場所ごとの目標に忠実な取り口をしている(だから千代大海はあんなに引く)にもかかわらず。この人の「一番一番」という発言は信用してもいい。彼には「あなたは大関に足る力士だ」と言ってあげたい。
 カロヤンこと琴欧州は、見事に壁にぶつかった。まぁ、今場所の三役は自力で上がったというよりも上位陣の自滅により引き上げられた感が強かったので、まだ時期尚早だったということなのだろう。もっと取り口と日本語覚えなきゃね(笑)。
 あとは、安馬、露鵬、黒海といったparsleyが応援しているところが好調だった。安馬は場所前から三賞を目標にしていたから、技能賞取れてよかったね、と。ただ、軽量だけに上位陣との対戦は厳しそう。魁皇あたりにどう立ち向かうかが、来場所の楽しみになる。
 最後に白鵬。今場所は雑な取組が多かった。横綱を見ていても分かるように、大事なのは番付を上げることじゃなく、進化のスピード。少年老い易く、学なり難し、ですよ。
 

弛緩する月曜日

 この週末。どうも気分が下降気流に乗っていたようで、今日まで尾を引いている。
 いや、この表現は正確じゃない。
 文字通り「心ここにあらず」。
 自転車20km強回したし、高松宮記念も当てたんだけどな。気分は窓越しに見える景色のごとしなのは、どうしてなのか。
 まぁ、答えは知っているんですけれどね。

 たぶん、彼も、ふっと気が緩んだ瞬間にホームから足が離れたんだろう。

ミサイル着弾を遠くに眺め

 『ガ島通信』様の3月24日付エントリー「大人になったホリエモン」のコメント欄がなんだかボヤっぽい。
 六本木・台場戦争に関しては、立場は心情消極的堀江支持といったあたりに分類されるだろうが、正直どうなってもいいと思っているので、特に語る言葉を持たない。ここで気になったのは、寄せられているコメントで「新聞記者」という肩書きに拘っている方がいらっしゃること。
 『ガ島』様は某地方新聞の文化部の記者さん(まだ過去形じゃないんですよね?)で、エントリーに関連する事柄で記者クラブの恩恵を得る位置にはいらっしゃらない、と思うのだが。視点が私のような外野の人間と変らないことを嘆くには当たらないだろう。
 ひとたびWeb上に乗り出したエントリーは等価値で、そのクオリティのみで評価されるべきだとpasleyは思っているが、どんなにあがいても実生活の延長にWebがある以上、簡単にはいかんね。

 blogの双方向性というけれど、書き手読み手の両者がそのことを意識しておかないと、「議論」は成り立たたず、ただの文句の言い合いに終わってしまう。「火事と喧嘩がblogの華」とも思うけれどさ。なんだかハナからコミュニケーションを閉ざして自分の主張を弾頭に込めて打ち合っているような気もする。
 石を投げ込んで波紋が広がるまでの時間的距離を倦むのなら、「じゃあチャットでやれよ」という話になるだろう。会話のキャッチボールを楽しむ感覚とblogでのコメント・tbのやり取りはまた別のものだ。
 でも、上記のようなミサイルの打ち合いは違うよなぁ、という思いも拭えない。これでは『ブログ時評』様の姿勢に一理あることを認めざるを得ないじゃないか。

“ミサイル着弾を遠くに眺め” の続きを読む

最高にアホで最悪にお下劣

 前回、「民俗学を絡めて書く」なんて筆を滑らしてしまった。昨日からずっと考える奥行きと幅の前に途方に暮れている。出すぎたマネを後悔。
 いや、parsleyが三年に一度くらいの周期で、そっち方面の本を読み漁るのとリンクしているので、書くつもりは満々。「民俗学」といっても柳田國男・折口信夫・池田弥三郎ラインと周辺から離れることはないので、あんまり突っ込まないでね、というレベルではあるが、鋭意構想中につきしばらく待たれい。

 さて、唐突ですが、皆さんは毎日お風呂に入ってますでしょうか。
 私は、面倒くさいなぁと思いつつも、湯船を張らないと気が済まないクチ。面倒くさいので、髪や身体の洗い方はかなりおざなりになりがちだが。
 実は、そんな話はどうでもよくて、本日も40℃のお湯に浸かりながらぼーっとしている時に、ふと疑問に思った事案がある。

“最高にアホで最悪にお下劣” の続きを読む

S. F. ZONE Ⅰ

 SFとは、「サイエンス・フィクション」でも「ステレオ・フューチャー」でもなく、「SEX FREE」の略。今週一杯は、インモラルにモラルを語ってみるつもりだ。
 スレスレのDVDソフトを売り歩くようになって半年近くになる。そろそろ、世間様にも関心が高いご様子の「うわき」「ふりん」に、真正面から対峙するにはいい頃合だろう。
 勿論形而上の話ですよ。
 そう。他の案件と比して、このことにはちょっと真面目になってもいいかな、とparsleyは思っている。

 話は遡るが、3月4日の参議院予算委員会で、山谷えり子議員が「ジェンダーフリー」問題に関連して、行き過ぎた性教育に関する質問を敢行された。
 小泉首相がポプラ社の家庭科教材を見て「これはひどい」と唸った場面は、ニュースでも放映された。読売新聞は3月13日の編集手帳で取り上げた。そして、今や日刊ゲンダイでも取り上げられるようになった。
 まぁ、どの報道も、何も言っていないに等しいのだけれど。4月より文科省が実体調査を行うらしいが、少年非行への世論調査の扱い(こちらを参照)を見ていると、マトモな分析はおろか、まっさらな情報が届くかどうかも疑ってしまう。

 それはさておき。子供の立場で考えれば、SEXのやり方を手取り足取り教えるなんて、それこそ余計なお世話というヤツだと思う。
 だいたい、中学生になれば国語でえっちぃ題材は沢山扱うだろうに。parsleyご幼少のみぎりには、百人一首の句の意味を知ってドキドキしたものだ(笑)。
 前にも書いたけれど、適切な時に適切な事を知り、適切に行動できるでしょ人間なら。勿論、HIVをはじめとする問題に対するアナウンスは重要だから、保健で性教育を全くやるなというのは極端だが、少なくとも「カーマストラ」は不必要だろう。

“S. F. ZONE Ⅰ” の続きを読む

俺たちのまんが道①

 『添え物なら添え物らしく』×『一人サークル仏壇王国』

 というわけで、今回はコラボレーションでお送りします。
 一人3000円を使い、ファミレスで全部のマンガを読みまくる。その感想を言い合い怒鳴りあい殴り合い…はしませんが、まぁ、そういう企画です。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
ノー・コントロール  マーガレットコミックス Maria (著)

パセリ(以下パ):これはまた、ステレオタイプですなぁ。
シイタケ(以下シ):最近の若い娘っ子はこういうマンガを読んでるのか。即チューなんで、もうびっくり。
パ:うーん。でもparsleyが読みたかったのは、こーいうステレオタイプじゃなかったんだけど。まあ、二つ目の『フォー・ザ・ロンリー』は悪い話じゃないな、と。ドリアード(木霊)ととかを想起させて。ケルト神話が下地にあるのかな。
シ:特にな~んにも思わなかったけど、このキラキラ感が少女マンガだ。チューする時に点描やスクリーントーン舞っている(笑)。

恋弔い マーガレットコミックス 楠 桂 (著)

パ:こっちのステレオタイプが読みたかったんです(笑)。楠桂、上げて落とすの上手いね。
シ:そういうの描いてもう20年くらいになるんだよね。この人シリーズものより短編の方がいい。
パ:①では「チュー」にこだわっていたけど、標題の『恋弔い』だと前提が(自主規制)なんだけど。
シ:…ま、いんじゃないの。昔からその辺は結構(自主規制)なマンガ多かったし。未だ健在、って感じでいいんじゃない?

“俺たちのまんが道①” の続きを読む

ドライフルーツ依存症

 
 最近、ドライフルーツのマンゴーにハマっている。
 いや、「ハマっている」なんて生易しいものではなく、毎日一回口にしないと不安になる。
 これも立派な依存症。
 ただ、マンゴーに限らず、ドライフルーツは昔から好きだった。多分普通の果物より、こちらの方が好きだと思う。

 ギュっと濃縮され、水分が完全に抜け切っているところに、有機物ではない何かに、フェチズムを感じているんだろう。
 「変化(へんげ)」というファクターもあることだし。

 今はマンゴーばかり食べているけれど、ラフランスなんかもおいしそう。
 専門の通販サイトを見つつ、浮気をしようか思案しながら、一片を頬張る、自堕落な三連休最後の日。

 And that’s all?
 

プリミティブな疑問

 しばしば「客観」不信を表明し続けているparsleyです。

 3月18日付の産経抄に関して、『愛と妄想の日々』様よりTB頂いた。
 渋谷築地戦争とか、六本木お台場戦争とかで、新聞報道の客観性がはたから見ても揺らぎに揺らいでいるのだけれど、もう建前で糊塗する余裕すらも失われている、ということなのだろうか。

 玉石混交さまざまな情報の真偽を確認し、伝えるべき事柄を掘り起こす。それを読みやすい形に編集し提供するプロ集団が必要だと。思いは今も変わらない。新聞を殺せばその集団も消える。それはあり得ない。

 あり得ない! 『二人はプリキュア』ですか(笑)。
 それはさておき、筆者の挙げた情報の「確認」「収集」「編集」の全て、もはや個々人でやってしまえる時代なんだよな、と逆に思ってしまった。
 このblogだって、ニュースやらスポーツやら本やら映画やらエロやらなんやらの情報を再収集・再配信することに、parsleyの主観をまぶしつつやっている、と思っている。ゴミならゴミなりに。添え物は添え物らしく(笑)。
 
 一部の限られた者だけしか発信できなかった時代ならば、司る人間や組織が必要だった。だが、今や仕事のクオリティが問われている。この根源的なところに対する姿勢が、記事から読み取ることは出来ない。 
 そもそも「アマ・プロ」という線引き自体が主観的。「カネを貰っている/貰っていない」とか、「組織/非組織」というのならば、まだ分かるが。
 
 いずれにせよ、「インターネットが新聞とテレビを殺す」んじゃなくてこのままでは「勝手に自滅する」に過ぎないんじゃないですか、と言いたい。 
 まぁ、当事者に情緒的ではない記事を書け、というのは酷だろうが、そもそもそういうお仕事なわけで、プロというのならばその辺をわきまえて頂きたいなぁ、と思った。

 あ、ここから先はヒトリゴトです。

“プリミティブな疑問” の続きを読む

春はユウウツ

 世間的には「五月病」が毎年流行するわけだが、葉畝離少納言ことparsleyは二ヶ月前進行でやってきます。
 なんというか、「心機一転」を強要されているようで、でもそう簡単に変われるもんでもないし、と思ってみたりで、知らず知らずのうちにダウナースパイラルに陥っていることがままある。
 毎年三月は体調優れないというのがあるだけれど。
 
 そんなわけで、個人的にはこの時期に不安定になるのは慣れっこで、どこかで「揺らぎ」を楽しんでいるふしもあるくらいだから、心配はご無用ですので、よろしくお願いしますです。

 って、実生活と関わりのあるひとでここ見てる人、数えるくらいしかいない…(笑)。