とくべつなとし

 2005年は、長い間、特別な年だった。
 PIZZICATO FIVEに『マジック・カーペット・ライド』という曲がある。
 実は、歌詞に「2000光年を~」というくだりがあるのだが、最近までここを「2005年を~」と聞き違えていたのですね(笑)。
 しかし、誤解だとわかっていても、やはりその座は変わらなかった。

 きみとぼくは 不思議だけど むかしから 友達だよね
 2005年を 愛しあってる そんなふうに 感じたりしない?
 そしてふたり いつの間にか 年をとってしまうけど 
 いつまでもふたり 遊んで暮らせるならね

 魔法みたい 目が醒めると きみがいる 花のような香り
 2005年を ペルシャ絨毯で もう一度 ひとっ飛びしましょ
 そしてふたり いつの間にか 年をとってしまうけど
 いつまでもふたり 遊んで暮らせるならね

 そしていつか ぼくたちにも 子供が生まれるだろう
 でも いつまでもふたり 遊んで暮らせるなら
 同じベッドで 抱きあって 死ねるならね

 この曲を聴いていた当時と今では、見える風景は違うけれど、この曲の世界観と、自分が大事にしているものは変わらない。それをこれから、2015年、2025年と持ち続けていけるかどうかが、これからの私の、長い長い宿題ということになりそうだ。

 そんなこんなで、この辺境のしがないblogを覗いてくれた皆さんにとって、2005年がよい年になりますように。

2004見逃した映画 TOP5

 ニック・ホーンビィ原作『ハイ・フィデリティ』には、なんでもランキングしたがるレコード屋の店員が登場する(映画ではジャック・ブラックが怪演した)が、彼に倣って私もやってみようじゃないの。題して、

 「2004 見逃した映画 TOP5」

 というのも、前回のエントリーに書いた理由で今年はあまり映画館に足を運んでいないのですよ。基本的に私parsleyはDVDを買ったり借りたりして観ることはしないから、今後ここで挙げる作品を目にする機会に恵まれる可能性は高くない。断腸の思いで、泣く泣く見逃したのだと、理解して頂きたい。
  

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日本総ライトノベル化計画

 今年は、とにかくバイオリズムが低下していて、本も全然読んでいないし、映画も数えるほどしか観ていない。読む気にも観る気にもならなかった、というところに、アイディンティティ・クライシスを感じたほどだった。
 幸い、今では長文を読み続けることができるようにはなった。12月は10冊以上読了したし。これなら映画館から出た瞬間に、ストーリーの大半を忘れてしまうなんてことも、多分ないだろう。

 久しぶりに角川スニーカー文庫を何年ぶりかに手を出したのは、そんな個人的な事情もさることながら、プロデューサーレベルで、ライトノベル刊行の動きがあることを耳にしたのも、要因の一つになるだろう。酒の席でのものだし、実現性の高さは疑わしいのだけれど。
 『失踪HOLIDAY』を選んだのは、乙一氏には悪いが、羽住都女史がイラスト描いているから。
 彼女のことは、「ザ・スニーカー」の読者投稿時代から知っている。しばらく見ないうちに、地に足が着いた色使いをするようになったにせよ、根っこの部分の筆致は変わらない。ご自分の成長曲線を描くことにも成功したようだな、と偉そうに頷いてみたくなった。
 で、肝心の文字の方は…とても綺麗な文を書くひとだな、というのが第一印象。話の展開にも違和感がない。

 しかし、この「違和感がない」ところに、私はひっかかりを憶える。
 ライトノベルには、「魔法」や「近未来」や「悪霊」が必要なのではない。「現実から跳躍した何か」が求められている、と考えるのは頭固すぎなのか。
 とにかく、サラっと書いた文をあとでハッとして読み返すような「違和感」を、『失踪HOLIDAY』からは感じることができなかったことは確かだ。

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Bad Communication

 以前のエントリーで、制作と製造と営業の温度差について、グチったことがあったが、今日それが最悪の形で現出した。
 来月発売のコンビニ向けDVDが、取次サイドからNGを食らったのだ。
 今回、盤の編集を、マスターがある製造サイドに振ったのだが、「本番なし・おもっちゃなし・カラミなし」という約束事が、いつの間にか「カゲキでなければ」という風に伝わってしまい、サンプルを見ると、ばりばりハメているシーンが入ってたりしていた。
 「こりゃまずいよな~」とは営業サイドの誰もが思ったのだが、企画が持ち上がってから発売まで、二ヶ月ちょっとしかないという強行軍だったため、もう盤は刷りはじめてしまっていた。そして、今日発注したプレスが納品する手筈になっていたのだった。
 かわいそうなこの子たちの身の振り方を決めるのに、朝から皆で奔走するハメになった。
 結局、盤を編集し直して、発売を延期するところで落ち着いた。納品された盤は、別の雑誌の付録として落ち着きそうだ。
 後に残ったのは、徒労感。「誌面を印刷する前でまだよかった」と誰かが言っていたが、本当にその通り。損失が7ケタに乗らないでよかった。はあ。
 

新しくて古いミギヒダリ

 「ユリイカ」を立ち読みしなくなってもう何年も経つから、最近の学界のトレンドが何か、とんと疎くなっている。個人的には、抽象論は個々が自然に裡に持つものであって、誰彼に「解説」してもらう必要がなくなるくらいまでのステージに、社会が到達したのだと、楽観的に考えている。
 その上で、教育や学界に身を置く方々が、聴衆を納得させる言葉を持たなくなったこともまた事実だと思う。そのことが、彼らの地盤沈下と、「社長」の肩書きを持つ人が書いた本が刊行され続けることに代表されるような「実学」への傾倒へと繋がっているのではないだろうか。

 そんなことを思いながら、『地球村の事件簿』様経由で『ised@glocom』の議事録を飛ばし読みさせて頂いた。
 私からは印象しか語れないのだが、「研究者」の皆さんは、未だに「ウヨ/サヨ」のどちらかにカテゴライズするのがお好きなようで、ちょっとびっくりした。もっとびっくりしたのは、久々にご尊顔を拝見した東浩紀氏が”膨張”していたことなのだが、まあそれは置こう。

 それにしても、ミギヒダリ、というのは、そんなに信頼の置ける定規足りうるのか?
 私にはそうは思えない。こいつは思い切り主観的な価値観だから、人によって見える風景が変わるようにミギヒダリの判定も変わってくる。「愛国」=「ミギ」という図式は、実は印象で決め付けられているものに過ぎない。国を憂えるヒダリだって、存在し得るはずだ。
 「自分が保守派ぶる」のは、彼の価値観を語っているだけで、ただのファッション(流行)だと歌田明弘氏は書かれているが、それは皆が「ミギヒダリ」の軸がぶれているのを隠すカモフラージュにしか見えないのだが、どうだろう?
   

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業務連絡

 空きっ腹に石狩鍋は、思いのほかダメージ大きかったっす。
 ご迷惑をおかけした皆さん、ごめんなさい。そしてありがとうございます。

 明日(というか今日)会社に行けるのだろうか…。

「サンタさんはおったがや」

 今は阪神タイガースのローテーションピッチャーにして、桜庭和志のパートタイム・セコンド(笑)である下柳剛が、まだ日本ハムファイターズの中継ぎエースだった頃。彼は毎年、契約の席でゴネるのだが、その年もゴネにゴネていた。
 確か三回目(当時こんなに交渉する選手は稀)の交渉だったと記憶しているが、その日がたまたまクリスマスイブで、ついに球団の譲歩を勝ち取り、希望額に近い年俸を得ることが出来た。
 「サンタさんはおったがや~」
 これは、その時の記者会見の席でのセリフ。この時以来、試合以上にストーブリーグの彼の動向を固唾を呑んで見守るのが常だった。
 のだが、去年(やはりゴネて)複数年契約してしまい、更には代理人での交渉まで球団に認めさせてしまった。彼にとってはそりゃ妥当な決断だけれど、あの札束が飛び交う殺伐とした場を、なぜかコメディタッチで表現できる稀有な才能が封印されることを残念に思う気持ちを、私は捨てきれないでいる。
 
 それで、昨日はクリスマスイブだったわけなのだが、社の方でフロア移転があったこともあり、てんやわんやで疲労困憊した一日になった。ホント、性夜…もとい、聖夜どころじゃありませんよ!
 と、フテ寝したのだが、朝起きてみると特製三次元靴下が何やら膨らんでいる。
 何と、parsleyがずーっと欲しかった「LEGO」のF1フェラーリピットセット&シューマッハ・バリチェロ表彰台セットが入っているではないか!!

 友達と公園で遊ぶよりも、家で一人LEGOの街の建設に夢中になるような子供だった私にとって、これが出た時は狂喜したのですよ。…フェラーリが好きだったのはジャン・アレジが在籍していた頃なのだが、それはまあいいとしよう。
 写真では分かりにくいかもしれないが、シューマッハとバリチェロはヘルメットばかりか、つまらない質問を受けた際に右頬だけを吊り上げる様や、常に下がった眉まで再現しているのだ!

 そんなわけで、parsleyにもサンタさんはいました。サンタさんありがとう!

 

センチなヤローはダメですか?

 坊主もAV売りも走る師走。更新が滞っていることには、平にご容赦。

 私parsleyは、笑っちゃうくらいセンチメンタルな人間だと、自分では思っている。他人からは全くそう見られてはいないけれど。
 なにせ、『ペイネ 愛の世界旅行』の予告編を観ただけで、号泣するくらいなのだから。アニメつながりでは、『トレジャープラネット』でも、エンドロールが終わって子供がきゃっきゃ騒ぐのを尻目に、一人ではらはらと涙流していた。

 昨日、久しぶりに高校時代の友人と飲む機会があり、最近観た映画の話になった。こちらは先月「何年かぶりに一回も劇場に行かない月」になってしまった(!)ので、ふんふんと聞き役に回らざるを得なかったのだが。
 その彼が「『僕の彼女を紹介します』『いま、会いにゆきます』で泣いた」という話をしたので、内心少し意外だった。彼は何をするにも、やや距離を置いて半身で立つような人間だったからだ。
 私も、自分のセンチな一面を認めることができたのは、ここ数年のことに過ぎない。高校生の頃は、そんな感情永久に封印してしまいたい、と考えていた。物語を物語として峻別できるのが大人だと思い込んでいた。何より、クールじゃない。
 そんな自分が、斜めな立ち位置を動かさずに涙腺を解禁することができるようになったのは、マイケル・ウィンターボトムの『ひかりのまち』を観てからなのだが、語り出すと止まらなさそうなので別に機会に譲ることにする。
 彼にも、何かきっかけがあったに違いない。今度訊いてみようと思う。
 

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プチ同性愛感覚 下

 前回に引き続き、『an-an』12月15日号の「女が好きな女」特集から。え、なぜここまでこだわるかって? そりゃ、例えばこーいうことをのたまうひとに自分たちもまた厳しい観察の視線に晒されていることを知らしめるためさ(嘘)。

 さて、同誌には「読者が選ぶ部門別ランキング」が掲載されている。こういう企画はまあ、定番中の定番といったところ。その中でも以下の二項目が面白いので取り上げてみたい。

 「自分が男なら愛人にしたい」

 1 米倉涼子
 2 上原多香子
 3 叶 美香
 4 釈由美子
 5 石田ゆり子

 「自分が男なら彼女にしたい」

 1 竹内結子
 2 矢田亜希子
 3 白石美帆
 4 伊藤美咲
 5 国仲涼子

 この結果だけを見ると、「愛人」には「自立した女性」を選び、「彼女」には母性を求めている、というようにまとめられる、と思う。が、これはあくまで「自分が男になった時のことを想像して」の答え。視線まで、オトコのそれになってのものではない。要は、エロティックな部分が何もないのですね。
 そもそもオトコっていう生き物は「愛人」と「彼女」を峻別したりなんかしない。強いて言えば、既婚女性が好きな場合、「彼女」よりも「愛人」という言葉を選ぶだろうが、所詮は表現の問題に過ぎない。だから、週刊誌ではこれらを全てひっくるめて「SEXしたい女ランキング」という設問になるわけだ。そこで上位に挙がるタレントは、多分「女が嫌う女」になるのだろうけれど(笑)。
 読者の選んだ理由をかいつまんで見ると、「さっぱりとしていて秘密を共有できそう」(米倉)や「落ち込んだときに励ましてくれそう」(竹内)とか、自分がそうされたいことじゃないの、と突っ込みを入れたい。彼女たちは、オトコと秘密を共有したり励まされたりしても、決して満足しないだろうと確信する。

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プチ同性愛感覚 上

 12月18日のエントリーの流れで、「なぜオンナは同性に好かたがるのか?」を考えてみようと思う。ま、別に考えたところで、なーんのためにもならんだろうが(笑)。

 『an-an』12月15日号の「女が好かれる女」特集に、興味深いアンケート結果が掲載されていた。
 「結局、男と女どちらに好かれたいですか?」という質問なのだが、

 両方:76%
  女 :18%
  男 : 6%

 というシェアになっている。正直、これが本音で答えたものか疑わしいのだけれど、「男性だけに好かれたい」女性は少数派なのは間違いなさそうだ。
 これと全く同じ質問をオトコに向けたとすれば、女>両方>>>男になると思われる。基本的に「価値の共有」というものを、オトコは(オンナほど)他人に求めたりしない、というところになるだろうか。これは別に「友達を大切にしない」ということではなく、男女間では「友達」の定義が違うから比較のしようがないのだ(このことは、別の機会に思索してみたい)。

 しかし、この『an-an』特集は、オトコが読まないだろうと油断した内容としか思えない。
 特に「お疲れ様」と思ったのは、「28のセオリーでオンナ人気UP」という記事。
 5人の”女にモテる女たち”が同性から好かれるための条件を指南する、という内容なのだが、その顔ぶれがなんとも…。

 青柳裕美子(脚本家)
 大西ユカリ(民謡歌手)
 槇村さとる(漫画家)
 香山リカ(精神科医)
 友近(芸人)

 あの、これって「モテる女たち」じゃなくて、女のヒトの憧れる職業に就いている女性、というだけなんじゃないですか?
 それはさておき。セオリーとやらには、「聞き上手である」「挨拶がていねい」「場の空気が読める」といった無難で納得のいく(対男性でも通用する)ものが多く、中には「鞄が小さめ」という目から鱗のような意見もあった。が、首を傾げるものもいくつかあったのでちょっとここで突っ込みを入れてみたい。

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