『不寛容の本質』を読んだ

 最近、日本社会を評する上で「不寛容」という言葉が踊る機会が増えている。そんな中で刊行されたのが、西田洋介先生の本書。

 著者は、主に社会通念や制度において、現代社会に「昭和の面影」が残されており、それが現代社会の実態と乖離しているのが、若者世代と年長世代の乖離の大きな要因であると着目。とりわけ低成長世代を経験した世代が、昭和という時代を「安定の象徴」として羨望していると分析する。この「安定」とは例えばマイホームやマイカーといったものを差している。Parsleyのような40を超えた世代にとっても、各種ローンを組んで大きな買い物をするのが事実上不可能だというひとは多いから、「安定」というものが遠い存在であるということには頷ける。一方でかつての『小悪魔ageha』のように、「今さら不況だからどうとか言われてもよくわからない」 という人も多いはずなので、若者世代が明示的に昭和を「羨望している」のかどうかは正直分からない。

 第二章では各種統計を引用して、この10年間で平均給与が上がっておらず、生活意識が「苦しい」と答える人が目立ち、世帯数が増加し子育て家庭が減っていることが着目されている。その上で、税収がバブル期の水準であるにもかかわらず、豊かさを感じないことに「日本型システムの限界」を見ている。
 さらに、第四章では規制緩和を主張する起業家のような「イノベーター」と、生活水準の改善を求める「生活者」が対立構造にあるとしており、第六章では各教育機関が予算削減により喘ぐ現状が記されている(この章を入れたことに、著者の「らしさ」が感じられる)。

 前述のように、若年層が昭和時代を羨ましがっているかどうかは、果たして本当にそうなのか。30~40代にかけてはそのような人の存在も多くなるだろうが、それ以降に誕生した「不況しか知らない世代」が「バブル」と言ってピンと来るのか、ヒアリングなどで補強が必要なように思われる。
 また一方で、第四章で語られた「イノベーター」と「生活者」の対立というのが、ほんとうにあるのか。これも今更長期雇用が望めなくなっているのは明白だし、「家族経営」的な日本型企業のあり方が崩れている以上、何らかのイノベーションによる雇用創出は欠かせないし、その先頭に立つ「イノベーター」の存在はむしろ「生活者」にとっては仕事のあり方の選択肢を増やす存在と捉えることも出来るのではないだろうか。

 とはいえ、著者が目的とする「社会に対する認識の更新」と、「不寛容の本質を再考するきっかけ」として、本書が果たす役割は大きいように思える。とりわけ、「年長世代」で若い層の考え方が理解できないというひとには、昭和末期~平成生まれの世代の「認識」を把握し、その社会環境の違いについて思いを致してほしいな、と思わされた。

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