『Real Sound』紅白記事炎上事件に思うこと

 あけましておめでとうございます。…といっても、私自身は1日から稼働していたので、がっつり休んだ感はないのだけれど。まぁインフラ関係とか飲食チェーンとかサービス産業とかと同様、メディアでお仕事をする以上は仕方ないね。
 そんなわけで、年末年始はNHKの『タイムスクープハンター』と『歴史にドキリ』くらいしか見ておらず、『あまちゃん』の話題で持ちきりだった『紅白歌合戦』すらちゃんと観れなかった。話題に乗れないで歯噛みしていたところ、『サイゾー』系の音楽メディア『Real Sound』に掲載された記事が炎上・削除という事案があった。

 【お知らせ】1月1日掲載の紅白に関する記事について – Real Sound|リアルサウンド

 ちなみに、未だにGoogle先生のキャッシュが残っているあたり、ネットの残酷さが鮮明になる。

 記事の内容については特に感想はない。何より『紅白』も『あまちゃん』も語れるほどちゃんと視聴していないし、「あなたはそう感じたんだね」という情報しかないように思えるからだ。逆にいえば、これだけ内容がないものに対していろいろ語るなんて、(私を含めて)もの好きだなぁ、といえるかもしれない。

 それよりも、記事を削除してお詫びを掲載するということは、メディアとしての覚悟や責任の処し方としては拙すぎるだろう、と強く感じざるをえなかった。
 今回の記事は、いちライターの私見が記されているにすぎず、「誤報」ではない。にもかかわらず、批判が集まったから消します、というカジュアルな方針のサイトだと示してしまったわけだ。個人的には、編集者って書き手を「守る」のが最低限の役割だと考えているのだけど。そういうサイトで、忌憚のないタブーなしの「レビュー」なんて不安だし怖いしとても書けない。
 というわけで、クオリティーに疑念のある記事を掲載したことよりも、その後の対応の方を問題視すべき事案。『Real Sound』に限らず、たまに新聞社のサイトやポータルサイトでも記事がしれっと削除されることもあって、そういうことが続くとネットのメディア全体における信頼を損ねているのではないか、と思う。私自身も他人事ではないから気をつけます。

 一方で、媒体の名前で全てのコンテンツを同一視するような見方はリテラシーに不足するのではないか、ということも同時に感じた。
 『Real Sound』はこれまでも「?」という内容の記事や連載が載ることがあったけれど、中には他の音楽メディアとは違った視点を提供するようなものも少なくない。それを今回の一件で全て切ってしまうのは惜しい。例えば朝日新聞だって全部「左翼」な内容の記事ばかりでないわけだし、メディアのカラーよりも個別の記事や書き手、あるいは編集者ごとに取捨選択や評価することが大事なのでは?
 だいたい、今や各サイトのトップからよりもソーシャルメディア経由で読む記事の方が多く、記事単体とメディアが必ずしも紐付いていないことも多いわけだし。「質」をメディアの名前で判断するというのは、ぶっちゃけ情報弱者の方法で時代にそぐわなくなっていると思う。
 逆にいうと、コンテンツのクオリティーや方向性でしかメディアや編集の存在意義を示せないということだと、かなり脆弱であるから別の付加価値を探す必要があるなぁ、とも強い危機感を個人的には覚えています。
 
 そんなこんなで、いろいろ書いてきたけれど。私自身も『ガジェット通信』に多少なりとも関わっている身として、『ナタリー』の大山卓也氏がこんなことをツイート(参照)していることにはちょっと「イラッ☆」とした。い、いまにみてろよっ!!

 今年も拙ブログをよろしくお願い申し上げます。

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